1:ジミー登場
ご愛読ありがとうございます。この作品は私の処女作です。2016年11月に書き終わりました。その3年後、
2019年末に、コロナ禍(COVID-19)が始まりました。それを予知していた訳ではありませんが、展開が似ています。同じ時期に、PCのOSがWindows10に変わりました。その時の混乱も作品に取り込んであります。
それまで小説の創作など全く興味のなかった機械屋のオヤジ(私)が書きたくなったのは、自分でも不思議です。「霊的な能力があったのかな?」 なんちゃって(笑)。
双葉鈴はインテリアデザイナーである。デザインの仕事はパソコンを使って在宅でもできるので鈴には好都合だ。この体制になってもう三年目、仕事は順調にこなしている。あさっての納期に間に合わせるため、今日中にデザインのメドをつけなけばならない。 今回はパソコンのグラフィックツールをイラストギヤという最新のものに変えたため使い勝手が違い、いつもよりちょっと時間がかかってしまった。それでもなんとかデザインを書き終えた。あとちょっと修正をするだけ。
「よーし、明日には完成!」そう小さくつぶやくと、鈴はコーヒーを入れた。仕事にメドがつくと鈴は決まってお気に入りの曲、SAKURAを聞く。きれいなメロディに心が洗われるようで、疲れも清流に流されてゆく。
「ん、なにっ?」パソコンモニターの右隅に小さくて黒いシミのような物が写っている。デザイン作業ミスったかなぁ……消さないと……しかしなぜかイラストギヤの消しゴムツール機能では消えない……なんで消えないの? ……じゃあ塗りつぶしちゃえ。画面と同色で塗りつぶしたらシミは見えなくなった。このソフトウェアには慣れてないから、使い方にまだ問題ありか――ソフト自体のバグ(不具合)の可能性もあるし――今日はこれまで。鈴はずっと仕事の追い込みで夜遅くまで根を詰めていたので、今日は早く床に就くことにした。
翌朝デザインの仕上げにかかった。昨日の作業ファイルをオープン。最後の修正を入れてファイルを保存。オッケー、これで完了。とりあえずディスクにも焼いておこう。コピーエラーが出るとまずいので、焼いたディスクを試しに別のパソコンに読みこんで開いてみた。
「オッケー、正常」鈴は納得してディスクを取り出した。
さて、今日からは同じフロアの会議室のレイアウトだったわね、まずフロア図を見ないと……鈴は新たな図を作り始めた。
「あれえっ……?」なぜかパソコンのモニターに昨日とは別の場所にシミが出た。しかもシミの輪郭が昨日よりはっきりしている。
「えーっ、また出てる……?」さっきは無かったのに。……もしかしてウィルスかパソコンの不良かしら? 鈴はとりあえずシミを消すことを試みた。しかし完全には消えない。そもそも消しゴムツール機能で消えないのがおかしい。
鈴は状況を整理してみた。今日の作業を開始した時シミは出ていなかった。ということはデータファイルが壊れているわけじゃない。ところがしばらくしたらシミが復活した。しかもシミの位置が昨日と違う。どうも分からない。卓に聞いてみるか…… 鈴は友人の卓に聞いてみることにした。
「パソコンが変なんだけどさぁ、原因分かる?」卓に昨日から今日にかけての現象を思い出しながら説明した。
「うーん、考えられない現象だね。イラストギヤはオレも仕事で結構使うけど、そういう現象は出たことないね。モニターのドット抜けという故障で変なシミみたいのが出る可能性もあるけど、その場合は必ず同じところに出るはずだ。位置が変わるってのがどうも解せない、やっぱウィルスくさいかな?」卓はウイルスと思っているようだ。
「ウィルス対策はメジャーなセキュリティソフトが入っているし、アップデートも完全にやってるわ」
「分かった、今度行って見てやるよ」
「ありがとう、頼むね」
ウィルスだったとしたら鈴にはこれ以上打つ手がない。鈴はあらためてモニターに目をやった。「ん、ん……?」またさっきと位置が違う。しかもシミの輪郭がハッキリしてきてハエトリグモみたい。「動いてる……確かに」さっきから私は何もしていないし、このパソコンソフトに絵が勝手に動く機能ってないはず。
もうちょっといじってみよう。鈴はいろいろ試してみた。が、なぜか前のように同じ色で塗りつぶして消そうとしても完全には消えなくなった。しかし別の図形を置いて隠すことはできる。だが、しばらくするとシミが抜け出すように、モジモジとはみ出てくることが分かった。
うーん、まあ一種のゲームみたいな物ね……要するに布団を掛けられるのをいがるのね。なんだか生きてるみたい……。
パソコンの印刷には特に影響ないし、シミは追いかけなければ画面の端の方でおとなしくしている。特に仕事の邪魔にはならない。好奇心旺盛な鈴は、ちょっと面白くなってきた。このまま居てくれてもいいか…… 鈴は仕事の合間に、ちょこちょこ動かして遊ぶのが習慣になってきた。隠しても隠しても出てくる。
切りがないのね……でも繰り返すとだんだん抜け出てくるのが遅くなってくるみたい。疲れたの……? なんか辛そう……やっと這い出てくるって感じ……ちょっとかわいそうかな。
「わかったわ、辛いのね、お疲れさま。今日は終わり。おやすみ……」
今日はお昼から卓が来てくれる事になっている。それまでちょっと新しい仕事のアイデアを練ろうとパソコンを起動した。
「おはよう、今日もいるね。あらーっ、ジミー、今日はきれいじゃない」鈴はシミをもじって(ジミー)と呼ぶことにしていた。モニターにはモザイク状のカラフルなジミーがいた。
そういえば昨日、ジミーに色々なカラーを被せて遊んだ。そのカラーが全部重なって乗っている。あなた記憶いいね……鈴は不思議ではあるが、ジミーが存在していることになぜか違和感はなかった。それはそれでいいやと。
「おはよう。いや、こんにちはだな」昼になって卓がやってきた。
「どれどれ、どうなってるのさ? 」卓はモニター上のジミーを確認した。
「おー、これかっ? それでどう動くの? 」
とりあえずファイルを見ようと、卓がパソコンを操作した。するとジミーはすっと消えてしまった。
「消えちゃったぞ……どうすると出てくるのさ?」
鈴は困った。ジミーは自分が出したものではない、勝手に出てくるのだ。
「なにもしないのにいつのまにかいるの……」
「了解、きっと新種のウィルスだな」卓はウィルス検出ソフトを使って、パソコンをスキャンした。
「何もないね……この検出ソフトが一番強力なはずだよ、これで見つからないとはね……念のため、もう一種類別の検出ソフトを使ってみようか」卓はソフトを変えて再スキャンをしたが、なにも検出されない。
「うーん、全く新たな発想のウィルスとしか考えられない……しかしさっき俺は確かに見た。……鈴、これ結構すごい事かもしれない。俺も興味あるけど、何も見つからないんじゃ調べようがないね」
卓はソフトウェア研究所に勤める超一流のプログラマーである。その彼がお手上げというジミーの正体は何だろう?
「もうひとつ不思議なのは、俺がパソコンに触ってから、鈴が何をしてもジミーが出てこない事だ……」卓もクビをひねっている。
「はっきり言えるのは、これはソフトウェアのバグ(不具合)でもないということ。ちょっと寒気がするが、もし俺が帰ってその後ジミーが出てきたら……分かる? ジミーが鈴と俺を識別したってこと。それは人工知能でないとありえない。そんなこと、考えられないけど、また出たら連絡ちょうだい」納得できない顔で卓は帰った。
鈴は卓の言葉で少し怖くなった。ジミーが鈴を再認識できるのだろうか。パソコンを再起動する時、ボタンを押す指にいつもよりちょっと力が入った。
「ジミー、…………いない……」
やっぱり一時的な現象だったのかしら、少しパソコンを操作したがジミーは出てこない。
鈴は、ジミーにまた出てきてほしかった。
「ジミー出てきてよぉ……」
ずーっとモニターをにらんで、どこかにジミーがいないか、捜した。システムフォルダ、データフォルダ、全てのドライブ。
「やっぱりだめ。いない……」
たかだかモニター上のシミが何で恋しいの? なんかさみしい……鈴はちょっと沈んだ。
しばらく呆然とした後、「仕事するか……暇でもないんだし……」鈴は気を取り直して仕事の続きを始めることにした。
デザインをひとしきり進めた時、「あっ、ジミーっ!」ジミーがいた。モニターの端の方に。鈴はうれしくて思わずモニターを撫でてしまった。
「お願い、もうずっといて……邪魔にしないから」
鈴はもう卓には連絡をしなかった――ジミーを消されてしまうような気がしたからだ。
もう何でもいいからジミーにいてほしい。鈴は強くそう願った。