美術
「陰影と、この質感が良いですね。もう少し影を濃くした方がいいと思います」
「…ありがとうございます」
いきなり先生に声をかけられて、めんくらったが、褒められたことを純粋に嬉しく思いつつ、アドバイスにお礼を言う。
リンゴとティッシュ箱と紙コップの鉛筆の静物画の、リンゴの部分を先生にアドバイスされた通りに手直ししていく。
暫くして、不意に隣の席が騒がしくなり、ちらりとそちらを見やった。視界に飛び込んできたソレに愕然とする。
ーーなにあの黒焦げリンゴ!?
うちは美術選択のクラスで、だからこそ、それなりに絵に自信のある人が集まっているはずだった。
実際、クラスのウザい男子は、大声で、「オレ、今までずっと、美術5だったんですよー」などとどうでもいいことを宣伝していた。
ーーそれなのに、あいつの絵はなんなの!?
例の、美術5の男子の後ろで、私の隣の席の男子のリンゴの絵が、幼稚園児が力任せに塗りつぶした様な状態になっている。
かろうじてリンゴの形は保っているものの、もの凄くゴツゴツとした、真っ黒、という出来だ。
どうやら、先ほどの騒めきも、互いの絵を見せ合った結果らしい。
「うわっ、ヤベェ」と頭を抱えてつぶやいている黒焦げリンゴの作者に対し、美術5の男子は、「いいじゃん。オレなんて、Hの鉛筆でニコちゃんマーク描かれたんだぜ?お前の方がまだマシだよ」と、フォローにもならないことを言って励ましている。
ーーあそこまで力一杯塗ってるんじゃ、修正は難しいだろうなぁ。というか、なにをすればあんな絵が描けるんだろ?
「おお、うまいですねぇ」
先生がリンゴ男子の横に来て絵を覗き込んだ。と、ねり消しをとりあげて、「でも、ここはこうした方がもっと良くなりますよ」と、黒焦げリンゴの上部を消し始めた。みるみるうちに、黒一色だったリンゴに艶が与えられ、少々形は微妙だし、色むらはあるが、綺麗な絵に早変わりした。
「なるほど」
男子達がうんうん頷く。
「はい、あとは自分で頑張ってくださいねー」
「ハイ」
立ち去っていく先生をながめながら、
ーーあの先生、あんな悲惨な絵でもほめるんだ…先生に褒められた!嬉しい!て思ってた数分前の自分が恥ずかしいよ。てか、声かけられたってことは、私の絵も下手な部類に入っているのでは…
そんなことを考え、微妙な気持ちになった。