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召喚聖女様の唐揚げ

作者: ヲンダ

 一年前に異世界から召喚された聖女様が私たちに唐揚げを振る舞ってくれるという。

 唐揚げとは聖女様の世界にある美味しい食べ物で、聖女様の好物でもあるらしい。

 円卓についているのは聖女様と同じ十五歳の、お世話を担当する第三王子アルバート殿下と側近である宰相の息子、騎士団団長の息子、大神官の孫と第三王子の婚約者である公爵令嬢リリーナ様と彼女の友人であるただの伯爵家の娘の私だ。

一人だけ場違いな感じもするがリリーナ様とは親戚にあたるので幼い頃から仲良くしていた。いつも一緒にいるので私も呼ばれたらしい。

 男性たちが浮かれているのは傍目で見てもよく分かる。リリーナ様は冷静に見えても実は浮かれているのは私には分かる。

 というのも聖女様から異世界の食べ物はとても美味しいことをみんな色々と聞いていたからだ。


 召喚された当初、聖女様は混乱して誰も寄せ付けない状態だった。お世話担当の殿下の婚約者で同じ年頃の女性ということでリリーナ様が呼ばれた。

 聖女様は少しずつ落ち着きを取り戻し、この世界のことを少しずつ受け入れ始めた。

 ただ最後まで慣れないのは食事だった。

 この世界の料理は焼くか煮るしかない。肉に脂分が多いので、まず最初に茹でて脂を落としてから煮たり焼いたりする。味は塩、胡椒、砂糖、香草、薬草。

 聖女様は唐揚げをはじめとする揚げ物がお好きだったので、この世界の料理は物足りなかったらしい。

 そこで聖女様は「なければ作ればいいじゃない」と言い出し、料理人たちを巻き込んで聖女様監修の 唐揚げ作りが始まった。肉や衣は何とかなったが油がない。サラダ油と言われても作り方は分からない。料理人たちは困ったが揚げ物という食文化がないのだからしょうがない。

 家畜の脂肪を溶かしてそれで揚げるという試行錯誤の結果、聖女様が合格点を出した唐揚げができた。

 一番初めにお世話になっている方々にごちそうしたい、ということでこのメンバーが呼ばれたらしい。

 私としては苦労したのは彼女の身の回りを実際に世話をしていた侍女や唐揚げを作った料理人たちだと思うのだが、身分の関係でその人たちを一番最初に労うことができないのは体裁の問題のだろう、やっぱり。

 聖女様が唐揚げを盛った皿を運んでくる。私たちはみんな皿の上の茶色い物体にくぎ付けだ。「目が口ほどに物を言う」とはこのことなのだろう。

 でもこの中で一番唐揚げを楽しみにしてたのは私。絶対に私。なぜなら私は前世で唐揚げを含む揚げ物が大好きだったのだから。

 

 私が前世を思い出したのは二年前に初めて招待された家の肉料理を食べた時だった。脂の落とし方が少し甘かったのか、いつも家で食べる料理やリリーナ様にお呼ばれしたときの料理よりくどい肉料理だった。それがきっかけで前世の記憶が蘇ったのだ。

 食い意地が張っているにも程があるだろう。

 記憶がよみがえると揚げ物が食べたくなった。この世界に揚げ物がないので余計食べたくなった。ないものねだりというやつだ。

 勉強の合間に家にある書物を調べたが、油を手に入れるための植物がよく分らなかった。図書館へ行って調べようと思った時に聖女様が召喚され調べ物どころではなくなったのだ。でも、この世界の女神様は私を見放してはいなかった。聖女様も揚げ物好きだったのだから。


 テーブルの中央に置かれた唐揚げを聖女様がまず一人二つずつ取り分けてくれる。

 私の前の唐揚げをじっくり眺める。茶色い塊。夢にまで見た揚げ物。

 聖女様の「どうぞ、召し上がれ」の声に「いただきます」とみんなで食べ始める。

 一口食べた聖女様はご機嫌だった。


「これ、これよ、唐揚げ。こういうのが食べたかったのよ」


 ご機嫌な聖女様と違い私や他の人たちは一口二口食べて手が止まる。しかし聖女様が自分で揚げた、手作り(らしい)唐揚げを食べないという選択肢はない。小さくかじりながら水で流し込むように食べる。浮かれていた男性たちはちょっと泣きそうになっている。リリーナ様は無表情で口にしている。


 楽しみにしていた私は一口食べて衝撃を受けていた。

 くどい、くどすぎるのだ。聖女様がご機嫌で食べているのだからこの唐揚げは異世界、私の前世の世界と同じ味のはずだ。でも今の私は美味しいと感じられない、そのことがショックだった。

 前世の記憶があっても私はもうこの世界の人間なのだ。もう前世の味覚を受け付けない。この世界と前世の世界、見た目は同じ人型でも消化器官などの中身は違っているのだろう。

 もう私は、揚げ物を食べられない。楽しめない。

 みんなやっと一つ食べ終わって二つ目を持て余しているが、ご機嫌な聖女様はそれに気づかない。 


「みんな、遠慮しないで食べてね」


 にこやかに声をかけてくださるが私は勇気を出して発言する。


「あ、あの聖女様……」


 私が声を上げた時殿下たちが『余計なことを言うな』と無言で圧をかけてくる。お世話係として聖女様の機嫌を損ねるわけにはいかないと思っているのだろう。しかしリリーナ様にこれ以上食べさせるわけにいかない。公式な食事会ならまだしも私的な場だ。


「この唐揚げという食べ物は私たちには早すぎると思います」

「早い? 早いってどういうこと?」


 不思議そうな聖女様に私は話を続ける。


「私たちがいつも食べている物に揚げ物は含まれておりません。油というものを口にしないのです。肉の脂肪分だけで足りているのです。このような揚げ物は私たちには早いのです」


 言葉を選んでにごして発言する。はっきりと『くどくて体が受け付けない』『この世界の人には合わない』と言っても理解してもらえると思うが、はっきり言ったら殿下たちの反応が怖い。聖女様の優しさを踏みにじったなどと、私が責められかねない。


「ああ、そうか。そうよね。食べ慣れない物を食べるとお腹がびっくりしちゃうもんね。少しずつ慣らしていかなきゃ。赤ちゃんの離乳食みたいなもん?」


 ありがたいことに聖女様はすぐに納得してくださった。

 でも慣らすといっても体の仕組みが違うと、消化できない物を消化できるようになるには何世代もかかるのではと思ったが、今は先のことはどうでもいい。

 助かった。聖女様の機嫌を損ねなかった。私の命は助かったのだ。殿下たちは明らかにほっとしている。聖女様の機嫌を損ねたくないんだったら『食べなくて済んだ。助かった』って表情に出すのは好ましくないのに。

 

 帰宅後お腹の具合が悪くなり夕食を食べられなくなって、お父様やお母様やお兄様を心配させてしまった。

 薬を飲んで早く寝た私は夢を見た。

 前世で誕生日などの特別な日に食べに行ったお店の、特上天重を食べながら泣いている夢だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] これは言い出しづらいやつですね^^; 身近過ぎて気が付きませんでしたが、確かに勇気が必要ですね!
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