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作者: 大淀かをり

「お前は高三にもなって、いまだに彼女もいないのか。」

 東京の大学に進学した兄が、この盆は地元に戻ってきていた。私の隣でカラカラと下駄の音をアスファルトに響かせる。

「そういう兄さんはいまだに一回生じゃないか。」

「うるさい。俺はいろんな大学でいろんなことを幅広く学び、何が自分に一番合った学問なのか、またそのために適した大学を確かめているんだ。」

 兄は県内トップの私立高校を特待生で卒業した後、理科一類に入学したが、一年も経たずに別の国立大学に移っていた。その年の暮れには再び退学し、今度は別の私学に入学していた。

「そういうお前は志望校を決めたのか。」

「もちろんだ。中学の時から志望校も学科も変わっていない。」

 こんな会話は何度もしているはずだが、今回も兄は得心がいかない様子だった。

「いろいろ試してみて、ようやく自分の好きなこと、やりたいことがわかると思うんだがなあ。」

 お前は本質的に何にも興味がないんだよ、という言葉が私の喉を駆け上がる。シェイクスピアを読んだこともないにもかかわらず、英文学を学ぶとある日突然決めたのは私だ。大学というところでは他に何を学べるのか、よくわかっていない。調べようという積りもない。つまり、世の中に数多ある学問の中で、私が一番やりたいことが本当に英文学なのかどうかは、客観的な判断のしようがなかった。兄の言うことはもっともだから反論が浮かばない。代わりに口先を内側からノックするのは人格攻撃だ。罵倒を口にしては負けに違いないので、私は黙り込むしかなかった。

「金魚がいるじゃないか。懐かしい。」

 兄は神社に着くなり金魚すくいの出店を見つけた。

 店のおやじから最中を二つ受け取ると、兄は「お前もやれよ」と言って一方を私に渡した。

 兄はすぐに最中を水に浸し、次々と金魚を掬っていった。あまりに雑なので椀から逃げ出す金魚も少なくなかったが、気にも留めていないように見えた。

 水面に視線を戻すと、ある一匹が私の目に留まった。他の者より一回り大きく、淡い赤の魚だ。私が最中を水面に近づけると他の仲間たちは忙しく動く一方、その魚は悠々と泳ぎつづけていた。それでも最中が水面をくぐり体に近づくと、あと一歩というところで体を僅かに横に避け逃れた。私はその一匹をなんとしても捕らえたいと思った。私の心に焦りが芽生えたころ、視線を感じて兄に目をやった。兄の最中はぼろぼろに溶けている一方、椀のなかで鮮やかな赤がひらひらとなびいていた。

 私は負けを確信したが、最後の一すくいと心を決め、目の前の淡い魚に視線を戻した。


 どちらの金魚もほとんど同じ大きさであった。勝負がつかないのも悪い気分ではなかった。


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