イカセノミガカ
突き抜けるような青い空、その下に広がる仄かに色づきはじめた麦畑。その脇を通る赤茶けた線路の上を白い煙をもくもくと吐きながら列車が走っている。金色に輝く草花文が施された車体に並ぶ大きな楕円形の窓から見える車内では、様々な階層の人々が思い思いに過ごしていた。鏡を見ながら着替えをする男、談笑する若夫婦、窓辺の席で寛ぎながら新聞を読む老紳士の向かいでしきりに懐中時計を見ながら脚を上下に揺らしている神経質そうな男の隣の座席寝台の上で、背の高い若い女が、むくり、と起き上がり、銀鎖に繋がれた銀無垢の懐中時計を開いて、落ち着いた気品のある声で、
「……そろそろね、支度しなくちゃ、」
と、呟き、座席寝台から降りた。降りた拍子に白い木綿の上着を内側から押し上げる豊かな膨らみが僅かに、揺れた。
彼女は気の強そうな顔立ちをしていた。瞳の色は黒で、肩まで伸びる艶やか栗色の髪は緩くウェーブが掛かっている。梯子の近くに置いてあったゴツい羊毛のブーツを履くと、寝台の上から鉄板を紅白の紐で繋ぎ合わせた胸当と肩当を取って、鏡を見ながら順に着けていった。革製の手袋をぐっと、嵌め、四角く削られた魔結晶が嵌め込まれた銀の髪飾り、黒い口当てを付けると、枕元に置かれたポルナック(※注1)の中からホルスターを取り出して、ぐるり、と腰に巻いてから、銃身に金象嵌が施された魔晶銃(※注2)を取り出して、左右に一丁づつ差し込んだ。
彼女は鏡を見て身だしなみを確認したあと、
「……よし……。さぁて、あとはアイツを起こすだけだけど……」
と、呟いて向かいにある座席寝台に目を向けた。同時に、キィッ、という耳障りな音が響き、速度が緩やかに落ちていく。ゴウン、と、いう車体が大きく揺れて止まると、車掌がバタバタと慌ただしく走っていって、天井に埋め込まれた声送機(※注3)からアナウンスが流れた。
『ピン、ポン、パン、ポーン……』
跳ねるように軽快な澄んだ音色が響き、
『……フッリバ、フッリバです』
掠れた抑揚のない声が駅名を告げた。フッリバとは、エラローリア大陸南部に位置するフルビルタス王国エルシェ地方にある地方都市の名前だった。
「……やば、早く起こしにいかないとっ、」
慌てた様子でそう言うと、スカートを翻して向かいにある座席寝台の梯子を登っていく。寝台には、艶やかな長い黒髪の青年が腹涎を垂らしながら大の字で寝ていた。ヲサンク特有の猫に似た獣の耳が、ひくひく、と動く。体つきはガッシリとしていて、鍛え上げられた筋肉が両袖のないシャビス(※注4)の上に浮かび上がっていた。ズボンは履いておらず、下はパンツ一枚だった。
「……まったく、あれだけ揺れたってのに、なんで起きないのかしらね、」
彼女は、深いため息をつくと、
「……クロウ、起きなさい」
と、言いながら、青年を揺さぶり起こした。
「……ん、もう着いたのか、」
クロウと呼ばれた青年は、冷静さと活発な少年らしさが同居しているような声でそう言うと、気だるそうにむくりと起き上がって、くあぁ……っとあくびをして、ぐーっと、伸びをした。胸元を飾る安っぽい金色の首飾りが揺れ、ふさふさとした触り心地の良さそうな尻尾が、ピン、と、垂直に伸びる。顔立ちはやや強面で目つきは鋭く、瞳の色は金色だった。
「……おはよ、リーゼロッテ、」
「相変わらず、呑気ね」
リーゼロッテと呼ばれた若い女は、呆れ顔でそう言った。
「なんだよ。別にいいだろ?」
「それよりも、ほら、早く支度しなさい。……でないと、置いてくわよ?」
「はいはい、わかったよ。……んじゃ、礼拝してからな?」
「降りてからにしなさい」
「やだよ。起きたらすぐに礼拝するってのが、ゲセブ教徒(※注5)の決まりだろ?」
クロウが顔を顰めながらそう言うと、リーゼロッテは、
「時間がないのよッ⁉︎……じ、か、ん、がッ!……とにかく、降りてからにしなさいッ!」
と、捲し立てるように言ったあと、
「……いいわね?」
と、諭すように言った。ったく、うっせえなぁ……。その言葉にカチン、ときた。湧き上がる不満を心の内に、ぐっ、と押し込めずに、リーゼロッテに向かって、
「ったく、偉そうに」
と、吐き出す。それを聞いたリーゼロッテは、眉間に皺を寄せて怒りを露わにしながら、
「……なんですってぇッ⁉︎」
と、声を荒げた。その迫力に気圧されたクロウは、
「……わ、悪かったよ。そう、怒んなって、」
と、謝ると、脱ぎ捨ててあった黄土色のズボンを手に取って、寝転びながら器用に履いた。そして、
「よっ、」
と、言う掛け声と共に反動をつけて起き上がった。
「まったく、一言余計なのよ。……貴方って、」
リーゼロッテはそう言うと、梯子から降りた。
「はいはい、悪かったよ。反省してる」
クロウは、そう言いながら枕元に置かれた銀無垢の懐中時計をズボンのポケットに捩じ込んだ。
「そう思うなら早く支度なさい」
「わかったよ、」
クロウはそう言いながら寝台から降りると、革製の厳ついブーツを履いた。彼はリーゼロッテよりも背が低かった。鏡を見ながら長い髪を後で、ぐっと馬の尻尾のように纏め、紐で、キュッと縛ると、サイドテーブルの上に置かれた革製の肩当と胸当、それに脛当を取って鏡を見ながら順に着けていった。半球状に削られた魔結晶が埋め込まれた銀の腕輪を嵌め、ポルナックの中から小物入れと左右にホルダーの付いた革のベルトを取り出し、ぐるり、と腰に巻き、枕元に置かれた二振の剣を差し込むと、ハンガーに掛けてある黒い襟巻きを取って、しゅるりと首に巻いた。襟巻きは艶を消したような深い黒色をしていて、表面には光沢のある黒い絹糸で鳥の羽の意匠が刺繍されていた。
「……ほら、準備できたぜ?」
クロウは、革製の籠手をぐっと、嵌めながらそう言うと、襟巻きを上にずらして口元を隠した。口当ての代わりだった。
「前もって準備してくれると助かるんだけど……。まあ、いいわ。さ、行きましょう?……あ、切符は……、持ったわよね?」
「……ガキ扱いすんじゃねえよ」
クロウは、子供扱いされたことに不満そうに顔を顰めながらそう言うと、リーゼロッテと共に降車口に向かって歩いていった。
降車口にはずんぐりとした体型の車掌が立っていた。彼は、クロウを見るなり顔をむすっとさせながら、
「……観光のお客様ですか?それとも、下車のお客様ですか?」
と、聞いてきたので、クロウは、
「下車だよ、」
と、言って、ポケットからサッと、切符を取り出して、手渡した。車掌は切符を受け取ると、《フッリバ駅》と書かれた判子をポン、と押して、
「……どうぞ」
と、言ってクロウに返した。やはり、顔はむすっとしたままだった。ひどく無愛想な車掌だったが、クロウは、
「ありがとな、」
と、にこやかな笑みを浮かべながらそう言って、列車から駅のホームに降りた。
ホームは豪華な造りだった。鉄骨とガラスで造られた天井の真ん中からは金色のシャンデリアがぶら下がり、壁は山や森に住む動植物をモチーフにした彫刻で飾られ、床は色とりどりの石を使って作られたモザイク画で彩られていた。
「……文句の一つくらい言ったら?」
リーゼロッテがそう言った。
「あ?……何にだよ?」
クロウは、後ろを振り向きながらそう言った。
「さっきの車掌の態度に、よ」
「別に気にしちゃいねえよ。……この国じゃ、ヲサンクに対する差別が日常的に行われてんだ。いちいち気にしてたら気が滅入っちまうよ」
「でも、ちゃんと言った方がいいわよ?……相手をつけあがらせるだけなんだから」
「だぁかぁらぁ、別に気にしちゃいねえっての……。つーか、この前も同じこと言わなかったか?」
「何よ、人が心配してあげたのに」
リーゼロッテが口を尖らせると、クロウは、
「……へっ、所謂、貴族の義務ってやつかい?」
と、嫌味ったらしくそう言って、鼻で笑った。
「あらぁ、随分と棘のある言い方じゃないの?……もしかして、喧嘩、売ってるのかしら?」
リーゼロッテが、恐ろしいほどに満面の笑みを浮かべながらそう言うと、クロウは軽く笑いながら、
「はは、悪りぃ、悪りぃ。あんまり、うるさかったもんでよ。つい、な?」
と、言った。
「……口の利き方に気をつけた方がいいわよ?」
「へへっ、その台詞、そっくりそのまま返してやるよっ、」
「なんでよ?」
リーゼロッテは、首を傾げながらそう言った。
「……だって、お前、伯爵令嬢なんだろ?」
「……元よ、元。……今は、単なる平民よ」
リーゼロッテはそう言うと、うんざり、といったような表情を浮かべた。
「でも、高貴な生まれには変わんねえんだ。……少なくとも俺なんかよりは敵は多いと思うぜ?」
「そうかしら?」
「そうだよ」
「まあ、忠告として受け取っておくわ」
リーゼロッテは、少し顔を顰めながらそう言った。「……それよりも、礼拝はしなくていいのかしら?」
「おっと、そうだった、」
クロウはそう言うと、他の乗客の邪魔にならないように隅に移動し、ポルナックからゲセブ教の教典である神言書を取り出した。
「あっ、じゃあ、私も、」
「なんだよ。やってねえのかよ」
「……悪かったわね」
「まあ、別にいいけどよ、」
そう言うと、クロウは目を閉じて神言書を額に当てながら小さな声で、
「……全知全能の我らが偉大なる神アメノヌス・ヌ・ミルよ。その尊き御言葉で我らを導いてくださらんことを……」
と、祈りの言葉を唱えた。そして、神言書を開いて最初に目にした言葉を小さな声で読み上げた。
「酔う楼閣近く 銀胃盗んで 注意無事
魚食う座 抱胃鳴る追う 夢を魅多根
隣刃を尾逸れる ヒトゥー讃美歌 蟹荷物」
クロウは、読み終えると、
「……えっと、この解釈は、」
と、小さな声で呟きながら神言書の巻末にある注釈表を捲っていった。「――おっ、あった。……えっと、災難が降りかかるでしょう。後ろに注意。……うぇ、マジかよ……、」
そう言うと、クロウは残念そうに肩を落とした。
「終わった?」
「……終わったよ、」
クロウが、そう言いながら神言書をポルナックの中に仕舞うと、リーゼロッテが、
「じゃあ、行きましょうか」
と、言った。その後、二人は壁に貼られた色とりどりの広告の前を通って、大理石の階段を降り、駅舎の中に入っていった。駅舎の中も贅を凝らした豪華な造りだった。天井の漆喰を盛り上げて造られた四角い枠の中には、フッリバ市近郊にあるサヨウル峠での敵討ち伝説を主題にした絵が色鮮やかな筆致で描かれていた。枠と枠の間には、ホームと同じ金色のシャンデリアがぶら下がっていた。
「……にしても、あんまし人がいねえんだな、」
クロウは、辺りを見回しながらそう呟いた。駅の構内は閑散としていた。
「そりゃ、そうよ。咎人病の蔓延で旅行者の数が減ったんだから」
「そうか?この前、行ったコルサイは賑わってたけどな?」
「あそこは特別よ。なにしろ、エラローリア法王国行きの船はあそこからしか出てないんだから」
「まあ、確かにそうだけどさ、」
クロウがそう言うと、
「あー、やっと来たぁッ!」
と、おっとりとした声が聞こえてきた。見ると、一組の男女が立っていた。
「もう、来ないかと思ってたよぉ、」
生成色の口当てをした若い女が、弾むような悪戯っぽい声でそう言った。瞳の色は灰色がかった茶色で、淡い金色の髪は短めに切り揃えられていた。彼女は、シャビスの上から大きめのだぼっとした服を羽織り、股下ギリギリの際どい丈のズボンを履いていた。靴は上質な龍の鱗と牛革を使って作られた高級品だった。
「まったくだよ。待ちくたびれたんだからな、」
その隣に立つ黒い口当てをした青年が、真っ直ぐな凛とした声でそう言った。身長はリーゼロッテよりも少し低く、クロウよりも高かった。瞳の色は青で、燃えるような赤い髪は絹のようにサラサラとした光沢を帯びていた。彼は、上等そうな白い服の上から黒い添毛織の上着を羽織り、黒い長ズボンを履いていた。靴は鎧蜥蜴の腹皮を使用した最高級品だった。腰の右側に黒塗りの鞘に納められた長剣を差し、右胸に魔結晶が嵌め込まれた銀製のブローチを付け、両肩の繊細な金象嵌が施された鉄製の肩当てには目の覚めるような鮮やかな添毛織の赤マントが取り付けられていた。
「遅れてごめんなさいね。二人とも」
リーゼロッテがそう言いながら軽く頭を下げると、赤髪の青は優しい声で、
「いや、リーゼロッテは悪くないよ」
と、囁くように言うと、続けて、
「……ところで、クロウ。僕達に何か言うことがあるんじゃないかな?」
と、言った。クロウは首を傾げながら、
「……何をだよ?」
と、言った。
「何をって、今回、遅れたことについてに決まっているじゃないか」
「……ちょっと、待てよ、イヅナ。まるで、俺が悪りぃみてえじゃねえかよ」
クロウが不満そうな顔をしながらそう言うと、リーゼロッテは、ため息混じりに、
「……みたいじゃなくて、出発の日に寝坊した貴方が悪いのよ」
と言った。その言葉にクロウは、反論できず、ぐっと、黙り込んでしまった。
「そうだよね。ボク達に迷惑、掛けたんだからさ、謝罪の一言くらい欲しいよねぇ……、」
金髪の若い女がそう言うと、リーゼロッテが、
「フェリの言う通りよ。……貴方のために切符を手配するの、大変だったんだからね?」
と、言った。クロウは顔を顰めて頭をガシガシと掻きながら、
「あー、もうッ!……わかったよ。謝るよ。謝りゃいいんだろッ⁉︎」
と、言ったあと、
「……悪かったな、」
と、言って、軽く頭を下げた。
「ほら、これでいいだろ?」
「……誠意が感じられないけど、まあ、いいわ。許してあげる」
リーゼロッテがそう言うと、イヅナと呼ばれた青年が軽く笑いながら、
「まあ、クロウらしいといえば、らしいけどね、」と、言って、フェリと呼ばれた金髪の女も軽く頷きながら、
「だね、」
と、言った。
「ったく、馬鹿にしやがって……」
そう呟くクロウの頭をフェリは、
「拗ねない、拗ねない」
と、言いながらわしわしと撫でた。クロウの背筋にゾワワっと、虫唾が走った。
「……わわっ、こらッ!さわんじゃねえよッ!」
クロウは、フェリの手を振り払いながらそう言った。
「えー、いいじゃん。別にさ、」
「良くねえッ!……俺は、他人に耳や尻尾を触られんのが大嫌いなんだよッ!」
クロウがそう言うと、フェリは、にんまりと笑いながら、
「じゃーあ、沢山触ってあげるから苦手を克服しよっか?うん、そうしよう」
と、言った。
「はぁッ⁉︎……なんでそうなんだよ、」
「細かいことは気にしない、気にしない。……そーれ、うーりゃりゃー、」
フェリはそう言うと、クロウの頭を撫で回し始めた。
「うわ、ちょ、や、やめろよッ!……ふわぁぁッ‼︎」
「おっ、そんな声をあげるってことは気持ちいいってことだよね?……ほらほら、うりうり、」
「ンなことねえって……、あ、や、やめろよッ⁉︎……いひぁ、や、やめ……」
クロウがフェリに揉みくちゃにされているのを横目に見ながらリーゼロッテは軽くため息をついたあと、手を叩きながら、
「はいはい、二人ともそれくらいにしておきなさい」
と、言った。
「はぁーい、」
そう言ってフェリが手を離すと、解放されたクロウは、髪を手で梳かしながら口をへの字に曲げて、
「……ったく、」
と、呟くと、
「……んじゃ、そろそろ拝言所(※注6)に行こうぜ?……イヅナ。案内、頼むわ、」
と、言った。
「ああ、それなんだけどさ、先にちょっときて欲しい場所があるんだ」
「……なんだよ、それ?」
クロウが首を傾げながらそう言うと、イヅナはため息混じりに、
「……ねぇ、クロウ。僕達がこの街に来た理由はわかるよね?」
と、言った。
「あ?……なんでって、そりゃぁ、俺らは卯下の猟犬の任務で、この街に来たに決まってんだろ?」
卯下の猟犬とは、今から三年前に爆発的な勢いで世界中へと広まった咎人病と呼ばれる奇病の脅威から人々を守るために組織されたエラローリア法王直属の組織のことである。
咎人病とは人の心に感染する特殊な病で、感染すると《異端の力》と呼ばれる人智を超えた力の発現と激しい犯罪衝動を引き起こし、咎人病の蔓延以降、世界各地で感染者による犯罪が急増していった。各国政府は、時に軍を投入してまで感染者の捕縛に当たったが、異端の力の前ではまったく歯が立たず、各国は次々と咎人病に屈していき、やがて、感染者はフェンゲと呼ばれ、恐れられていった。
そんな中、エラローリア法王国国家元首にしてゲセブ教エラローリア派最高指導者の法王グレイシア一五〇世は、咎人病の脅威と戦うために聖都ゲセブリアと法王を守護する役割を担っていた教義警備隊の一部を再編し、卯下の猟犬を創設。以降、世界各地に点在するゲセブ教エラローリア派の教区を拠点にフェンゲの治療、討伐が行われるようになっていった。
四人はフルビルタス王国内での布教活動を統括する第二教区に所属する卯下の猟犬で、今回はフェンゲ絡みの事件の捜査とフェンゲの治療又は、討伐のため、東部にある城下町フッリバにやってきていた。
「……って、ことはッ――」
クロウは、ハッと、何かに気がついた表情を浮かべた。「何か手がかりでも掴んだのか?」
「ああ、今朝方、咎人病対策課のラモン刑事から連絡があったんだ。なんでも、フェンゲに繋がる手がかりを見つけたらしいんだ」
「……で、その証拠って、一体なんなんだよ?」
「それが、僕も知らないんだよ」
「……は?なんだよ、それ……、」
クロウが首を傾げながらそう言うと、イヅナは、
「……仕方がないだろ?クロウ達と合流してから来てくれって言われたんだからさ、」
と、言った。
「……別に私達を待たなくても、先に見ていてくれてもいいのに……」
リーゼロッテは、不思議そうな表情をしながらそう言った。「……今回のフェンゲは、それほど、強いのかしら?」
「……んー、でもさ、それをラモンさんが知ってるって、おかしくない?」
フェリがそう言うと、クロウは、
「フェンゲについて証拠を掴んだって、言ってるんだから、別に可笑しかねえだろ?」
と、言った。
「……まあ、たしかに、」
フェリがそう言うと、イヅナは
「……ラモン刑事は、現場で待っているらしいからね、早く行こうか?」
「そうだな」
クロウ達は目的地に向かうために駅のすぐ目の前にあるヒズ(※注7)の停留所に向かった。停留所には何人か並んでいて、クロウ達が列に並ぶと同時に奥の方から一台のヒズが近づいてきた。
「あれに乗るのか?」
クロウがそう言うと、イヅナは、
「そうだよ」
と、言った。
ヒズが止まり、扉が開き、列が動き出す。入り口で車掌から整理券を受け取るとクロウ達は、窓際の四人用の座席に腰掛けた。扉が閉まると、天井に埋め込まれた声送機から、
『……出発します』
と、いう掠れた声が聞こえ、ヒズがゆっくりと動き出した。
繁華街をぐるりと回って、市街地を通ると、郊外にある肉料理で有名なレストランの角を左に曲がり、橋を渡った先にある青々とした葉をぎっしりと茂らせた街路樹の中をまっすぐ進んでいく。左手には、山。右手に立ち並ぶ真新しい家家の間からは、ニルス川の堤防が、ちょこんと、顔を出していた。《市役所まであと、四グルード》と書かれた看板を左に曲がり、緑豊かな森の中に入っていった辺りで、クロウが、
「なあ、イヅナ、」
と、言った。
「ん?……何だい?」
「いや、これから行く場所について詳しく聞きたいと思ってさ、……なんか、聞いてるんだろ?」
「ああ、えっとね――」
『……市役所、市役所前です……』
声送機から到着地を告げる声が流れ、ヒズが止まる。窓の外には、緑豊かな森の中に建つフッリバ市役所が見えた。
「次で降りるから、」
「……なら、早く説明してくれ」
「わかったよ。……これから行くのはフッリバ郊外にあるマルトロジーの一室だよ」
乗客を乗せると、扉が閉まり、
『では、出発します……』
と、いうアナウンスと共にヒズがゆっくりと動き出し、ぐるりと、回って、もと来た道を引き返していった。
「マルトロジーの?」
「うん、そう。……まあ、何の変哲もないただの部屋なんだけど、そこに重大な手掛かりがあるって話なんだ」
「ふーん、なるほどなぁ」
クロウは、頷きながらそう言うと、
「……で、その重大な手掛かりって一体、何なんだよ?」
と、首を傾げながらそう言った。
「あー、私も気になるわね。隠すくらいだからよほど見られたくないものなんでしょうけど」
リーゼロッテがそう言うと、イヅナが、
「さあ、僕も詳しくはわからないけど、フェンゲの正体に繋がる手掛かりらしいよ」
と、言った。
「正体、ねぇ……。てか、そもそも、今回のはどんな事件なんだっけか?」
クロウがそう言うと、リーゼロッテは呆れ顔で、
「あのねぇ……、出発する前にアルテメス教区長から聞いたでしょ?」
と、言った。
「そうだっけか?」
「そうよ。……今回、私達が調査するのは、最近、このフッリバで相次いで起きた二件の傷害事件よ。被害者はこの街の家具工場の従業員で、宴会の席で鏡から出てきた手に胸を刺されたって話らしいわよ。……まあ、幸いにも傷が浅くて大した怪我じゃなかったみたいだけど、」
「鏡から出てきた手に刺された、ねぇ……。いかにもフェンゲが関係していますって、カンジだな、」
クロウがそう言うと、イヅナは、
「うん、そうだよね。これが爆弾やナイフが出てきたって話なら転送系の魔道具か、転送魔法の応用が考えられるけど、手が出てきた、と、なると、ね、」
と、言った。
「そうよね。転送魔法で生物を送る事は出来ないから、そんな芸当が出来るのはフェンゲか、或いはフェンゲの仕業に見せかけた仕掛けかのどちらかよね」
リーゼロッテがそう言うと、イヅナは軽く頷きながら、
「うん、王立警邏隊もフェンゲよりも何かしらの仕掛けがあると踏んで、捜査をしたみたいだけど……。まあ、結果は僕らにお鉢が回ってきたってわけだから仕掛けなんてなかったんだろうね」
と、言った。
「その鏡の実物は見たのか?」
「うん。一応、……まあ、でも、何処にでもありそうなデザインの鏡だったし、仕掛けとかもなかったけどね、」
イヅナはそう言うと、軽く笑った。
その後、ヒズは並木道を抜け、住宅地に差し掛かると十字路を左に曲がり、坂道をぐいん、ぐいん、と、登っていった。道の両脇には、濃い緑色の茶畑、その奥には白亜のマルトロジー(※注8)が見えている。坂道を登り切ると、ヒズはマルトロジーの前で止まった。
『フッリバ西マルトロジー、フッリバ西マルトロジーです……』
アナウンスが流れる。
クロウ達は立ち上がると、何人かの乗客に混じってヒズを降りた。辺りを見渡す。閑静な住宅街といった雰囲気で、左に真新しい白亜のマルトロジーが、右側には住宅街とその奥に鬱蒼とした森が広がっていた。
「件の部屋は、二号棟の四階の四一五号室だよ。……さ、案内するから着いてきて」
クロウ達は、イヅナの案内でフッリバ西マルトロジー二号棟の四階にある四一五号室に向かっていった。魔灯の明かりに照らされた廊下の真ん中にある階段を四階まで登っていく。ふと、廊下に出ると、一番奥の四一五号室の前に王立警邏隊の隊服を着た背の高い男が立っているのが見えた。男と目が合う。
「やあ、イヅナさん」
男は右手を軽くあげながらそう言うと、クロウ達の方に向かって走ってきた。無精髭の目立つボサボサ頭の中年男性で、覇気はなく、掴みどころのなさそうな雰囲気だった。
「……誰だよ、アイツ、」
クロウがイヅナの脇を肘で小突きながらそう言った。
「ああ、あの人が咎人病絡みの事件を担当している咎人病対策課のラモン刑事だよ」
「どーも、初めまして。ラモンです。……えっと、あなた達がクロウさんとリーゼロッテさん?」
ラモンは、軽く笑いながらそう言った。
「ああ、よろしくな」
クロウがそう言うと、リーゼロッテは、
「……ちょっと、目上の人に対してそんな言い方はないでしょ?……」
と、言いながらクロウの脇を肘で小突いた。それを見たラモンは、軽く笑いながら、
「ああ、別に気にしちゃいませんよ。どうも堅苦しいのは苦手でしてね。……まあ、あなた達は警邏隊員じゃありませんし、タメ口で構いませんよ」
と、言った。
「はあ……、まあ、ラモンさんが良いならそれで良いですけど……、」
「んで、早速だけどさ。犯人……、フェンゲの正体に繋がるような証拠を見つけたって話だけど?」
クロウがそう言うと、ラモンは軽く笑いながら、
「ええ、あの部屋の中にありますよ」
と、言って四一五号室を指差した。
「……あの、証拠って、一体、なんなんですか?」
リーゼロッテがそう言うと、ラモンは、
「……まあ、言葉で説明するより実物を見た方が早いでしょう。……さっ、行きましょう」
と、言って四一五号室に向かっていった。
「僕らも行こうか?」
「そうだな」
クロウは手のひらに拳を打ち付けると、
「よっし、……そんじゃ、さっさと、フェンゲの正体を掴んで、早えとこ終わらせちまおうぜッ」
と、言ってラモンの後を追って四一五号室に向かっていった。
ギイッと、軋む音と共に扉が開く。間取りは一般的なマルトロジーと同じで、玄関を入ってすぐ左側にトイレと洗面所、それに浴室があり、右側に寝室、奥は台所兼食堂で、そのさらに奥にベランダに面した日当たりの良い部屋があった。マルトロジー自体が小高い丘の上にあるため、ベランダからはフッリバ市内を一望出来た。
「うっはぁ、いい眺めだな」
窓越しに外を見ながらクロウがそう言うと、フェリが口を尖らせながら、
「……遊びにきたんじゃないんだけど?」
と、言った。
「わかってるって、」
クロウはそう言うと、辺りを見回した。部屋の中には、金色の枠に嵌った大きな鏡が一枚あるだけで、他には何もなかった。「……で、その証拠ってのは、一体、どれなんだよ?……まさか、この鏡って、いうんじゃねえよな?」
クロウが鏡に近づきながらそう言うと、ラモンは枠に手を当てながら、
「ええ、そうです。この鏡が証拠なんです」
と、言った。
「は?……いや、この鏡が証拠って……、どういう――」
クロウがそう言いかけると、リーゼロッテは鏡を指差しながら、
「あれ?……その鏡、ラモンさんの姿が映ってないんですけど、」
と、言った。確かにリーゼロッテの言う通り、ラモンの姿が映ってなかった。
「おっ、本当だ」
クロウはそう言うと、鏡を調べ始めた。
「……なるほど、ただの鏡ってわけじゃないってわけだね、」
イヅナはそう言うと、じっと鏡を見つめた。
「……でもよ、それ以外には特におかしなとこはねえぞ?……俺達の姿は普通に映ってるしよ、」
そう言って鏡を覗き込む。ごくありふれた明るい室内の情景と、そこに佇むクロウ達の姿が映っている以外、特に変わった所は無いように見えた。
「……これさ、ただの鏡なんじゃねぇのか?」
クロウは、そう言いながらイヅナ達の方を向いた。ふと、リーゼロッテが青ざめた顔をしながら、
「――クロウ、後ろッ!」
と、叫んだ。
「……後ろ?」
そう言って振り返ろうとした瞬間、鏡から腕が伸び、クロウの体を掴んだ。
「――おわッ⁉︎」
クロウがそう叫びながら剣の柄に手を伸ばすと耳元で、
「?かてっるきをれお……」
と、自分の声が聞こえてきた。
「――え?」
鏡の中からもう一人の自分が弧を描くように、ぬるり、と抜け出て、前に躍り出る。
「な……、お、俺、俺が……⁉︎」
クロウが、突然の出来事に驚いていると、彼は軽く笑いながら、
「……はは、そんなに驚くなよ、俺、」
と、言ったあと、腕をスッと、上げ、
「……じゃあ、な、」
と、言ってクロウの胸元を軽く押した。ぐらり、とバランスが崩れ、
「――うわっ!」
と、いう叫び声をあげなから鏡の中へ落ちていった所でクロウの意識は途切れ、気がつくと、いつのまにか夕方になっていた。辺りは薄暗く、天井や壁が窓から差し込む夕陽に照らされ黄金色に輝いていた。
クロウはむくりと起き上がり頭を掻きながら、
「……てしがえこのれお、てきてでがてらかかな、でれそ、てみをみがかういてっだこうょし、かした、とっえ……」
と、言って、自分の声がおかしい事に気が付いた。
「⁉︎ッぞいしかお、がえこ、かんな。……てま、とっょち、やい……」
クロウは困惑した表情を浮かべながらそう言うと、リーゼロッテ達のことを思い出し、ハッとした表情を浮かべながら、
「!ッわらツイア……!ッだうそ――」
と、言って、バッと、辺りを見回した。
ふと、ラモンが証拠だといって見せた鏡が無くなっており、代わりにリーゼロッテが倒れていた。クロウは、彼女の側に駆け寄ると、
「?かぶうょじいだ、いお、お……」
と、言いながら体を軽く揺さぶった。
「、ん……」
リーゼロッテはむくりと起き上がると、まだ覚醒しきっていないぼんやりとした表情で、
「、したわ……?れあ……」
と、言いながら辺りを見回し、クロウと目が合うと、急に表情を険しくさせ、
「!ッでいなこ――」
と、声を張り上げると同時に魔晶銃を素早く引き抜き、銃口をクロウに向けた。
(……脅し……、じゃねえな。引き金に指が掛かってら。……一体何がどうなってやがんだ?魔晶銃は、引き金を引いてから発射されるまでに多少の遅延がある。……とはいえ、この距離だ。……避けるにしても近すぎる。とりあえず、説得するしかねぇな……)
「――ロゼーリ、いお、お……」
こちらをジッと、見つめるリーゼロッテに向かってクロウがそう言いかけると、彼女は、
「!ッよわつう!ッいさるう――」
と、声を張り上げた。そして、自分の言葉がおかしい事に気がつくと、口に手を当て、
「⁉︎ッてっなくしかお、がばとこ、かにな、どけるあもれそ、やい……」
と、言った。一瞬、隙ができる。クロウはその隙に素早くリーゼロッテの魔晶銃を掴むと、ずいっと、体を近づけて、
「!ッてっけつちお――」
と、声を張り上げた。
クロウの声にリーゼロッテは、一瞬、ビクッと、体を震わせたが、すぐに、
「⁈ッはこうょし」
と、声を張り上げた。
「、てっこうょし……」
「!ッいさなしだをこうょしてっだのもんほがたなあ」
リーゼロッテがそう言うと、クロウはため息をつきながら、
「?かいいでれこ、よらほ……」
と、言って、懐からエラローリア法王国発行の身分証兼旅券を取り出して、リーゼロッテに見せた。
「?ねのなのもんほにうとんほ……」
リーゼロッテがそう言うと、クロウは、
「、てっえましをれそ、くやは、さらかだ。よだんもんほ、ああ……」
と、言った。
「、わたっかわ……」
リーゼロッテはそう言うと、魔晶銃を下ろした。
「……てっがやけむうゅじりなきい、くたっ……」
クロウは、そう言って不満そうに顔を顰めた。「?ぜだボツうもおのきてそこれそらたっなてんなにちうしうど、よどけるかわわのんてしんらんこ」
「、……よわたっかるわ、わ」
リーゼロッテは、魔晶銃をホルスターに差し込みながらそう言った。「?……どけだいたみかなのつしうご五一四?らしかのなこどわここ、でろこと」
「なうろだことてっいかせのかなのみがか、とっえがんからかうょきうょじのきとんあ、ぁま……」
「?わちたナヅイ……」
「よぇねらし……」
クロウがそう言うと、リーゼロッテは、
「うそ……」
と、言ったあと、顔をわずかに顰めながらクロウに向かって、
「?らしかとこてったっだゲンェフがんさンモラ、りぱっや、ぇね……」
と、聞いた。
「よぇねんかわ、なぁさ」
クロウはそう答えると、
「なしぇねれしもかるきでうゅりうごとちたナヅイ?ぜうよみてっいにょじんごいは、ずえありと」
と、言った。
「、しだけわいながたかしもていにここ、ねうそ」
リーゼロッテは、そう言うと軽く笑った。「?らしかのるかわわょしば、でれそ」
「などけだぇてみるあにくかちきえとだしなはのスメテルア、もで、……ぇねんかわ、やい」
「?ねうときて、かういてっずらわかいあ」
リーゼロッテがそう言うと、クロウは不満そうに顔を顰めながら、
「ぞくいくやは。……えせっう」
と、言った。
その後、クロウ達は部屋を出ると、薄暗い廊下を歩いていった。部屋の間取りや扉、廊下の向きなどありとあらゆるものが反転していた。階段を降りて歩道に出る。すでに夜の帳が下りようとしており、辺りは薄い青色の闇に沈んでいた。
「、なのうねてっわかわちいのうよいた……」
クロウは、沈みゆく太陽を見つめながらそう呟いた。
「、もりよれそ……。わいならぎかわとるてしんてんは、ぶんぜがぶんぜ。のもだいかせたしだりくつがゲンェフ、もてっいといかせのかなのみがか、あま」
リーゼロッテは、そう言うと辺りを見回した。
「ねわいなしがいはけのとひ」
「?ぜんてっしは、わズヒ、もで……」
クロウは、向こう側から走ってきたヒズを指差しながらそう言った。しかし、よく見ると運転席に人の姿はなかった。ヒズは、クロウ達の目の前にある停留所で停まった。扉が開く。リーゼロッテは中を覗き見ながら、
「ねわいないてっのもれだ……」
と、言った。車内に乗客の姿は無く、がらん、としていた。
「?かのええこ、よだんな」
「?ね、とっょち、あま……」
リーゼロッテは、そう言った。扉が閉まると、ヒズは坂の上にに向かって走っていった。
「?ぜうこいくやは、っさ……」
クロウはそう言うと、リーゼロッテと共に駅前に向かって歩き始めた。坂道を下って、十字路を左に曲がって並木道をまっすぐ進んでいく。道の右側には住宅が建ち並び、左側には鬱蒼とした森と山があった。市役所の近くまで来たところで、リーゼロッテが辺りを見回しながら、
「ねわいないもれだ、りぱっや……」
と、言った。辺りは、すでに暗くなりはじめていた。
「なもかのぇねいてんなとひ、らたしかしも。……ぇねいやちいつ、つとひりかあもえいのど、にのんてきてっなくらく。……なだ」
クロウはポルナックから携帯用の魔灯を取り出しながら、周辺の民家を顎の先で指し示した。側面についたハンドルを数回、回してボタンを押す。ぼんやりとした頼りない明かりが、パッと、点いた。「、……かシマわりよいな、ぁま」
「、よでいなわいとこなんへ、だや……」
リーゼロッテがそう言うと、クロウは、
「、よだ、しなはのらたしかしも……」
と、言った。
その後、クロウ達は、並木道を真っ直ぐ進んでいき、橋を渡った先にある肉料理店の角を左に曲がって大通りに出ると、手にした魔灯の明かりを頼りに真っ暗で静かな通りを真っ直ぐ進んでいった。道の両脇には家や商店が建ち並んでいたが、明かりの点いている建物は一軒もなかった。ふと、後ろでリーゼロッテが、
「、っあ……」
と、いう声を上げた。
「?よだんな」
クロウがそう言いながら振り向くと、リーゼロッテは、
「、れあ、えね……」
と、こちらに向かって走ってきたヒズを指差した。先程とは違い、人が乗っていた。
「にのたっかなてっの、わきっさ。なんてっのがとひ……」
ヒズが停留所で停まり、扉が開く。クロウ達が中を覗くと、いつの間にか車内は無人になっていて、明かりだけが煌々と灯っていた。
「、ぇねいもれだ……?れあ……」
クロウが不思議そうな顔をしながらそう呟くと、同時に扉が閉まる。ふと、ガラス越しに車内を見ると、先程は誰も座っていなかったはずの席に若い男が座っていた。「?だんがやてっなおど、いたっい……」
クロウが顔を顰めながらそう言うと、リーゼロッテは、
「?らしかのいな、わかといせくそうほ……。わだいかせなしかお、ねとんほ」
と、言った。彼女の言葉を聞いたクロウは、腕組みをしながらしばらく考えたあと、リーゼロッテに向かって、
「、のてっだだむけだるえがんかにめじま、だんないかせたっくつのゲンェフ……?ろだぇねんもなン」
と、言った。ふと、遠くで、ガラン、ゴロン、と、鐘が鳴った。
「?ねか……」
「?にうゅきでんな」
リーゼロッテがそう言うと同時に、周辺の家や商店に明かりが灯り、大通りに何人かの人と、自動馬車が何の前触れもなく突然、現れた。「……んぜつと、にな?え……」
「なだぇてみんいげがねかのきっさ、ぱっや……」
クロウはそう言うと、ポケットから懐中時計を取り出して蓋を親指で器用に開けた。時計の針は午後七時三〇分を指していた。「、ならかるてっなにんかじなぱんはとうゅち、どけ……」
「、ねのもるなでじくろかじごらなうつふ。ねよおそ」
「、……もとれそ、かのるあがみいにんかじ」
クロウがそう呟くと、リーゼロッテは、
「?らたみていき、らな」
と、言った。
「……なだうそにかした」
クロウは、そう言うと辺りを見回した。ふと、向こう側から男が歩いてくるのが見えた。「かるみていきにツイア、ゃじんそ……」
「、ねうそ」
リーゼロッテがそう言うと、クロウは男に近づき、
「?かいい、とっょち、あな……」
と、声を掛けた。しかし、男はクロウの問いに答えることなく、そのまま通り過ぎていこうとした。「……よかしむ、くたっ……」クロウは、ため息混じりにそう呟いたあと、男の肩に手を掛けながら、
「、よらかぇねせらとわんかじ……!ッよれくてせかきしなはしこす!ッあな」
と、言った。すると、男の首が百八十度、ぐるりと回り、クロウをじっと、見つめた。「、っわう」
驚いたクロウが慌てて手を離すと、男は体が正面、首が後ろを向いたまま襲い掛かってきた。
「!ッそく」
クロウはお咄嗟に男を突き飛ばした。男は、ぐらり、とバランスを崩して、そのまま地面に向かって倒れ――、
――ガシャーン、と、ガラスが割れるような音と共に木っ端微塵に砕け散った。
「⁉︎っな」
「?よのたしにな、たなあ。ウロク、とっょち、っえ……」
「……よぇねんかわかだんながになてっだれお、やい」
そう言った、次の瞬間。周囲にいた人々が一斉にクロウ達の方に顔を向けた。
「、……とっょち、えね」
リーゼロッテが体をすり寄せながら言うと、クロウは、
「、……なよぇベヤ、……ああ」
と、言って、腰につけた小物入れに手を突っ込みながら一歩づつ後退りしていき、
「!ッぞんげに……」
と、言うと同時に小物入れの中から取り出した玉を地面に投げつけた。パンッ、と弾けて、もうもうと煙が立ち込める。
「⁈ッゃき――!ッウロク、とっょち……」
クロウは、そう言うリーゼロッテの手を握ると、ダッ!と駆け出した。
「!ッよいさないいてっるはらなるはをくまんえ、とっょち――」
リーゼロッテがクロウの手を振り解きながらそう言うと、クロウは笑いながら、
「、ぃりわぃりわ、はは」
と、言って、前から襲ってきた男に飛び蹴りを放った。男は地面に倒れると、先程と同じように粉々に砕け散った。
「?けわいなべこはをとこにんびんおしこすうも、とっょち……」
リーゼロッテがそう言うと、クロウは、
「!ッよらかだんないたじうゅきんき?ろだぇねがたかし」
と、言った。「?ぞんげにくやは、さ……」
「ッるてっかわ」
その後、クロウ達は大通りをひたすら走っていった。しかし、どれだけ走っても撒くことは出来ず、むしろ、追っ手の数が増えていた。
「、のてっえけつし、くたっ……」
クロウは後ろをチラリ、と見ながらそう言った。
「⁈ッよのるすうど、とっょち……」
「――だぇねかしうかたた、ゃちっよにいあば、ぁま、……てっるすおど」
ふと、肌にピリッとした刺激が走った。
(……っと、この感覚は……ッ)
クロウはリーゼロッテの腕を掴むと、ぐいんッ!と、自分の方に引き寄せた。
「!ッええ、っよち……」
突然の事に驚き、悲鳴をあげるが、クロウは構わずそのままリーゼロッテを抱き上げると、
「?よろてっまだ。ならかむかたし……」
と、言って、地面を勢いよく蹴り上げて高く跳躍した。それと同時にビリビリと空気が震え、轟音と共に追っ手が宙を舞う。
「、がにな……?え?え……」
「、だナヅイ……」
クロウがそう言うと、土埃の向こうから刀を振りかぶったイヅナが姿を表し、勢いよく振り下ろした。
「⁉︎ッよのるすきげうこをちたしたわでんな!ッとっょち……」
「!ッかるし」
クロウがそう言うと、イヅナは、
「!ッぁぁぁぁやで……」
と、勇ましい声で叫び、体を回転させながら力強い剣撃を放った。
「!ッよだんてっだんないたっい、くたっ……」
クロウは体を捻り、剣撃を躱しながら着地すると、抱きかかえていたリーゼロッテをそっと、降ろして、ズボンの小物入れから投擲用のナイフを取り出した。
「、わむのたをくふいか、でとあ、テッロゼーリ……」
目の前に着地したイヅナを睨みつけながらクロウに向かって、リーゼロッテが慌てながら、
「⁉︎ッよのなりもつるやにな!ッとっょち、ち……」
と、言うと、クロウは、
「!ッよだんめとてくづらかち、……ぁさらかだんてっまちレキがんゃちっぼのこ……?ろだぇねがたかし」
と、返しながら腕を交互にしならせ、イヅナ目掛けてナイフを投げた。
――キン、という甲高い金属音が二回、響く。
イヅナは、素早く剣を振るってナイフを叩き落とすと、地面を強く蹴って、一気に間合いを詰め、クロウの懐に斬り込んできた。
「、かりむ、ぱっや、……っち」
そう呟き、剣の柄に手を伸ばそうとすると、どこからか飛んできた光る紐がクロウの手に巻き付いた。「⁉︎ッかもひいざじのリェフ……」
慌てて振りほどこうと手をばたつかせながら後退る。その拍子に段差に足を取られ、バランスを崩してしまった。
「⁈――ッまし」
「!ッウロク――」
リーゼロッテが叫ぶと同時にイヅナの刀が煌めき、彼女が魔晶銃を構えた時には、
「!ッぁぁぁぁやで……」
と、いう勇ましい声と共に後ろに大きく仰け反るように倒れるクロウ目掛けて剣が振り下ろされていた。
「!ッであ……」
地面に倒れたクロウの間抜けな声を聞くと、イヅナは、すーっと、刀を鞘に納めた。パチン、と小さな音が響く。
「――しにな、たなあ!ッナヅイ、とっょち……」
リーゼロッテがそう言いながらイヅナに詰め寄ると、イヅナは、
「、よるてきい。ぶょじいだ……」
と、言いながらクロウを指差した。見ると、クロウは無傷でだらしなく仰向けに倒れていた。
「?……でんな、れあ」
リーゼロッテがそう呟くと、クロウは、
「、のてっぇえこりよゃしつさんあのらいこそ、……てっがやきにしろこできんほ、くたっ……?ろだんたっかつをらかちのみか、せーど……」
と、言いながらむくり、と起き上がった。
神の力とは、卯下の猟犬に授けられる人智を超えた未知なる力であり、フェンゲの持つ異端の力に対抗し得る唯一の力でもある。
与えられる力には個体差があり、弱い力は制限なく使えるが、強い力になると使用者の体への負担が大きいため、一日の使用回数が制限されていた。
「?ね、てっにうよるなにつたぷっまにてたらたっだノモセニ……。だんたっらもてせわかつをらかちのみか、りおとのしっさお。ねらかたっあがいせうのかのノモセニたっくつのきてがちたみき」
「……のてっなうかつにとこなン、くたっ」
クロウはため息混じりにそう言った。
「?らしかのたっかわかになわうほのちたたなあ、でれそ……」
リーゼロッテがそう言うと、フェリはため息混じりに、
「、さしたっかなれいはにょじんごいは、にれそ。よだじんかてっいなんかわりぱっさかだんながにな、うも……。んぜっんぜ、んうう」
と、言った。
「?かのたっかなれいはにょじんごいは」
クロウがそう言うと、イヅナが、
「?なかいしだたがうほたっいてっいないてしいざんそがいたじゃしくゅし、もそもそ、やい、……たっかなれいはにゃしくゅしのちたしんごんではにくかいせ……」
と、言った。その言葉にクロウとリーゼロッテは、僅かに顔を顰めながら、
「?とこういうど……」「?よだとこういうど……」
と、声を揃えた。
「、さ、かういてったっかないてしいざんそがいたじゃしくゅしもそもそ、かういてっ。よたっだりむもれど、さどけたんたしめたとろいろい、りたしとうろいはにかなてっわをどま、りたみてっわまらからう、うおちい……。ねよだんたっかなかあがらびとくづつにゃしくゅしらきさのそ、さどけだんたれいはわにんじいなとうどいら、んう」
フェリがそう言うと、イヅナは、
「ねいなれしもかのないかせたっくつてしにぎはぎつをのもたみのゲンェフはいかせのこ、らたしかしも」
と、言った。その言葉にリーゼロッテは、
「、ねわいなもとこいならえがんかうそ、……にかした……」
と、呟きながら頷いた。
「?ぜうおまちでらかいかせなしかおのこ、とさっさもりよとこなんそ、っま」
クロウがそう言うと、フェリが、
「?てっやうど」
と、言った。
「、かっそ、っあ……」
「ねよのいならかわだまがかるでてっやうど。ねようそ……」
リーゼロッテがそう言うと、突然、大量の紙が空から降ってきた。クロウは目の前を舞う紙を一枚、掴むと、
「?ゃりこ、だんな……」
と、呟いた。紙には乱雑な字で
《シウサイグ地区パルム記念公園、ラッカス二四、二〇一号室》と、書かれていた。
「ねもかのなとこてっけいにここらたしかしも」
イヅナがそう言うと、クロウは、
「な、どけるあもいせうのかてっなわ、っま……」
と、言った。
「?らしかいなゃじんるあはちかるみてっい、もで……」
リーゼロッテがそう言うと、クロウ達は頷きながら、
「、なだ」
と、声を揃えてそう言った。
その後、クロウ達は紙に書かれていた住所に向かっていった。ラッカス二四とは、シウサイグ地区のパルム記念公園近くに建つリトロジー(※注9)のことだった。
「ねだいたみここ」
イヅナは、公園近くの十字路の左角に建つ、蔦でがんじがらめになった二階建てのリトロジーを見上げながらそう言った。
「?のるいてっあでここにうとんほ、えね。……どけるいてっいはがきんね、……のそ、とんぶいず……」
リーゼロッテは、うっ、と、顔を顰めながらそう言った。目の前の建物はかなり古く、屋根瓦は苔むし、ぴたりと閉じられた雨戸はぼろぼろで小さな穴から明かりが漏れ出ていた。雨戸の手前にあるベランダの手すりもひどいもので、剥げ落ちた白い塗料の下に見える鉄は、所々、赤く錆びていた。
「よだずはいないがちま、んう」
イヅナがそう言うと、クロウは、
「?ぜうこいこといやは、ゃじん……」
と、言って、イヅナ達と共にリトロジーの中に入っていった。
郵便受けのあるエントランスを通って魔灯に照らされた薄暗い廊下を進んでいく。中はマルトロジーのように綺麗ではなく、魔灯の出力も弱かったが、それでも他のリトロジーよりはしっかりとした造りだった。
「なだんてしとりかっしうこっけわかな、ぇへ……」
クロウは、ギシギシと音が鳴る廊下を歩きながらそう言った。
「?ょしでりおとたっい」
リーゼロッテはそう言った。
「なよいるかあにかした、ゃちしにかうろのージロトリ……。ああ」
「、ねのもすでらくっまてんなージロトリるいでんすのたなあ。ねようそにかした」
リーゼロッテがそう言うと、クロウは、
「、さ、どけぇれくぁま……?ぜだんていつ、もで?うろだうもお、と」
と、言った。
「いなゃじらくっまもつい?よがこど」
「……よらかだんぇえよにぇてみバカ、がくょりつゅし?ろだぇねがたかし」
ため息混じりにそう呟きながらイヅナの後について廊下の奥にある階段を登っていく。階段は廊下よりも少しだけ明るかった。「……ぁならかぇねかしぇれぐージロトルマ、ゃじスルギことなんそ、よどけだんなうつふがぇれくのこ、ゃちしとれお、っま」
「?らたっつうにージロトルマ、らな……」
フェリがそう言うと、イヅナは軽く笑いながら、
「よだりむらかいながんきょち」
と、言った。階段を登って二階に上がったクロウ達は、そのまま廊下を真っ直ぐに進んでいった。
「?らためや、のるめつあてんなチルクなんへ」
「よだわせおなきおお、えせっう」
クロウはそう言って、口をへの字型に歪めた。「、のてっだんなチルクのそわんさいざのれお、にれそ……」
「……どけいなえみはうそ」
リーゼロッテはため息混じりにそう言った。
「、さらかるげあてしか……?よないいらたっなにうよつひがねかおにのすこっひにージロトルマ、しも」
イヅナがそう言うと、クロウは、
「、よだや、ッケ……」
と、吐き捨てるようにそう言った。イヅナは軽く笑ったあと、
「、だいたみやへのこ、とるよにしいめ。よたいつ、さ」
と、言って、二一〇号室の前で立ち止まった。イヅナが扉を軽く叩くと、しばらく間を置いた後、扉がゆっくりと開いて、寝癖のついたもさっとした頭の男が顔を覗かせた。
「……んさらちど、とっえ……?ああ……」
ラモンは、ぼんやりとした目でクロウ達を交互に見つめると、しばらく間を置いてから、
「?かすで……んさなみの、んけうょりのかうぼ、……とっえ、ーあ」
と、頭を掻きながらそう言った。
「ンモラ、なくしろよ、……どけぇねゃじてめじは、ぁま。よだうそ……」
「?ねすまてっあにしたわのりとひうもとだすうよのそ、ーあ」
ラモンは軽く笑いながらそう言うと、頭をガシガシと掻いた。細雪のようなフケが、さらさら、ひらひら、と、舞う。
「⁈ッよかのんてっいはろふ、とんゃち……!ッぇねたき、っわ……」
「、……はは、んせまみすもおど、ぁやい」
ラモンは、へらへらと笑いながらそう言うと、
「、はは、……ねてしでてがにもうどはのいしるくったか、でんいいでかとちぐメタにつべ、とあ、ああ……いさだくてっいはにかな、ずえありと……。ねらかすでんなもしなばちた、っま」
と、言って、クロウ達を部屋の中に招き入れた。改装されているのか、中は思いのほか綺麗で壁紙などは随分と真新しいように思えた。間取りは一般的なリトロジーと同じで、玄関からベランダまで一直線に続く細い長い廊下の左側に台所と居間、寝室が、右側には風呂場と洗面所、それにトイレがあった。突き当たり、ベランダに続く窓の前を左に曲がり台所に入る。目の前のテーブルには洗濯物と食品の包み紙、空の容器などが乱雑に積まれていた。
「でんすましいうよをゃちお、まい。いさだくていでいろつくにうときて……」
ラモンが、隣の散らかった居間を指差しながらそう言うと、クロウは、
「、よしぇねたきもろこどいだにれそ……。……ぁなだやへぇねたっき」
と、素直な感想を口にした。
「よすでんもなんこ、いたいだ、ぇねわのてっしらぐりとひのことお、っま、はは」
ラモンはそう言いながら食器棚の中から、濃密な緑の地に浮かぶ円窓の中に赤、黄、青の三色で花鳥画が描かれた湯呑みを四つ取り出した。
「、てっぇねかどひでまここ、よどけだしらぐりとひもれお……」
クロウは、そう呟きながらソファの上に置かれたレーガスレイ(※注10)新聞を退け、ゆっくりと腰を下ろした。ふと、ソファの横、壁際にあるサイドチェストの上に置かれた鏡絵(※注11)が目に入る。鏡絵にはラモンと青年が映っていた。「、などけだシマけだいなくぽっりこほもでれそ、っま」
クロウがそう言うと、ラモンは軽く笑いながら、
「、ねらかたしでんせまりあ、うゆよてんなじうそ。ねらかすでらかたっかしがそいでさうそのゲンェフ、わつげかっいここ、あま……」
と、弁明を述べながら手に持った赤い丸盆をテーブルの上に置いた。盆の上には湯呑みが五つと、反転していない文字で《商人の財布》(※注12)と、書かれた菓子の袋が四つ置かれていた。菓子は豆に蜜柑の果汁などを加えたペーストを型に入れ、焼き固めて作ったもので、クロウ達もよく見かける一般的なものだった。
「すまいざごうとがりあ」
リーゼロッテがそう言うと、ラモンは、
「、はは、やいやい」
と、言って、へらり、と、笑った。
「?よだんるいにちっこがタンアでんな、かて……」
クロウがそう言うと、ラモンはへらへらと笑いながら、
「よすでまさりあのこらためついおをゲンェフでりとひ、やい、はは……」
と、言った。
「、んゃじイゴス、うこっけ、んーふ」
フェリがそう言うと、ラモンは照れくさそうに笑ったあと、
「?ねすでけわるいてっがたう、とだゃしくょりうょきのゲンェフをしたわわんさなみ、でれそ、とっえ……」
と、言った。その言葉にクロウ達の間に緊張が走った。
「?かすでんうもおうそ、でんな」
リーゼロッテが怪訝な顔をしながらそう言うと、ラモンは苦笑しながら、
「、よすでツヤてっ、んかのじいけ、……やい、はは……」
と、言った。
「、どほるな、ああ……」
リーゼロッテが納得した、といわんばかりに頷きながらそう言うと、ラモンは、
「よすでんならかだいざんそないたみんしんぶたっとしつうままのそりくっそでまくおきのしたわがノモセニのそ、にんた、われそ、がたしまりかわわいらぐとこるくてっやにいかせのらちこがちたたなあ、あま……。いなもでゲンェフ、しんせまりあゃじけわるいてしくょりうょきにゲンェフわしたわ、んろちも……。よすでんないせのノモセニのしたわ、あま、かすまいいとしたわのりとひうも、わのたっなにめはるくにいかせのちっこがちたたなあ……?ねとすまきおてしいかんべ、うおちい、あま」
と、言って、軽薄そうな、へらり、とした笑みを浮かべた。
「?ねよすでとこ、てったっあがどちおもにたなあ、りまつ、てっれそ……」
イヅナが鋭い視線をラモンに向けながらそう言うと、ラモンは視線をすっ、と、逸らしながら、
「、……はは、ねんせまみす、やい……。ねすで、うそ、あま、とっえ、ーあ……」
と、言って、満面の笑みを浮かべた。
「?らしかくぞんま……」
リーゼロッテがそう言うと、イヅナは、
「、ねあま……」
と、さっきと打って変わって、あっけらかんとした、軽い調子でそう言った。
「、のてっぇえはがえかりき、くたっ……」
「すましにとこくおてめや、……どけすでだろこといたしうゅきいつ、わとんほ……」
イヅナはラモンに向かってそう言うと、軽く笑った。「?ねいさだくていおてしわごくか、……でのすまきおてしくこうほわにうょちくうょき、だた……」
「、よすでぶうょじいだ。ねでんたしまいてしはごくか、あま。ええ、はは……」
「?かのんてめかつはいたうょしのゲンェフ。よどけたっいてっためついおをゲンェフ、きっさ、よでろこと……」
クロウが思い出したようにそう言うと、ラモンは軽く頷いた後、部屋の隅に置かれた戸棚から書類を取り出してテーブルの上に置いた。手にとってパラパラとページを捲る。そこには、ロミヒッツ・ニルシという男に関するあらゆる情報が癖のある文字で記されていた。
「?かのな、うそがツイコ……」
クロウがそう言うと、ラモンは、
「すでうそ、ええ」
と、言ったあと、続けて、「、ねてしでくかいせなんまうごるてしだくみをんにたもつい、あま……。すでことおるいてめとつにうょじうこじなおとりたふゃしいがひ。シルニ・ツッヒミロ、わえまな」
と、言った。
「?かすで、いありし……」
リーゼロッテがそう言うと、ラモンは、
「、ぁま、ええ」
と、言葉を濁しながら、盆から湯呑みを取って、口をつけた。「、よんせまきではとこいどひなんあ、ゃきなで。すでんるてっもお、うそ、てっるいにょしばなんぜんあにいたっぜはんぶじ。よすでんるいてしいがちんか、ねんぶた……。ねてしでとひるてっいらがなしらちりばい、てっだりかばかばわりわま、いしだたにいたっぜはんぶじ。ねてしでんまうごにとんほ、くかにと……」
ラモンがそう言うと、クロウは資料を捲りながら、
「?かのんてっかわわのぇてっょしばいのシルニ、ゲンェフ、……でんそ」
と、言った。
「よすでうょじバリッフ、ええ」
「?うょじバリッフ」
クロウが首を傾げながらそう言うと、フェリが、
「――そ。よだろしおるあにんしうゅちのバリッフ」
と、言いかけると、クロウは、
「、のてっるてっしぇれぐとこなン……」
と、フェリの言葉を遮った。
「?らしかたっかなゃじすはるいてっなにんかつゅじびつりし、はこそあ、もで」
リーゼロッテがそう言うと、ラモンは軽く笑いながら、
「よんせまきいはと、ままのつじんげ。ねらかすでいかせたっくつのことおなんまうご、あま」
と、言った後、続けて、
「?よすでいたみるてればよてっいてうこシルニ、いらえもりようょちゃし、ゃじばくょし、ねれか。すでんならかるいてれさなだあといてうこ、がれか。ねとすまいいとかうょじバリッフ、ぜなにみなち……」
と、言って、せせら笑った。
「?ぜうおまちしうょりちをゲンェフでんこりのとさっさ、らな、ゃしっよ」
クロウがそう言うと、ラモンは、
「、よすでいしかずむはのるすぱっとをれあ、ねらかたしまいてっましてべすがらびとにんぜいれそ、どけすでたっかおおもずかのりはみ……。よたしでびいけなうゅじんげうこっけ、がすでんたきてみにまるひ、ねすでしかし、ーあ……」
と、言った。
「?ろだんけいばれけかうゅしや、にうつふ」
クロウがそう言うと、フェリが呆れ顔で、
「、……てっいならなにレャシゃじんたしつめんぜてけかをうゅしやにタヘ、かななんそ……?よだんいならかわもずかなくかいせのきて、さもで」
と、言った。
「?よだんすうど、あゃじ……」
クロウがそう言うと、ラモンは軽く笑いながら、
「ねらかすまりあがちみけぬのつみひ。よすでぶょじいだ、もで、あま」
と、言った。それを聞いたクロウが、
「⁈ッかとんほ……」
と、言うと、ラモンは頷きながら、
「すでずはたっだたしまのらこほるつまをトロミ・ヌ・スヌケピモヨるあにんさラゥトッタ、うそうそ、ああ、……かしたわょしば、ええ」
と、言った。
「ねうろだょしばのけつてっうわてしとょしばしくか、にかした……。いなくすもとこるれもにとそ、らかいいばれいでんぐつをちかくがしんごんでやんかんし、しいならいちたわれだわんだふてんなたしまのらこほ、どほるな」
イヅナは、感心したようにそう言うと、顔を上げてラモンをジッと、見つめた。「?かすでんるいてっしをとこなんそがんさンモラでんな、もで……」
そう言うイヅナの目はラモンに対して何かしらの疑念を抱いているように見えた。
「、ねかすで、……のもまたのさうそ、っま」
ラモンはそう言って、軽く笑うと、
「、ねらかすでずはいいがうほたれぎまにみやるよにうよいならかつみ。すでょしばがょしば……?かうょしまきいこといやは、ゃじれそ」
と、言って、立ち上がった。
「ンモラ?ぜむのたいなんあ、あゃじ……。なよだうそにかした、ああ」
クロウがそう言うと、ラモンは、
「いさだくてせかま、ええ」
と、言って軽く頷いた。
その後、クロウ達はラモンの案内でフッリバ城の北東にあるタットゥラ山に向かっていった。リトロジーからタットゥラ山までは三〇分くらいの距離で、人の気配のしない静かな住宅街を抜けると、すぐ目の前に緑豊かなこんもりとした形の山が現れた。
「よすでんさラゥトッタ、がれあ」
ラモンは山を指差しながらそう言った。手前には橋が掛かっており、その奥、山の入り口辺りには、白い長方形の紙がぶら下がった縄を張った二本の石柱が立っていた。この石柱は聖域の入り口を示す目印で、クルエン教の宗教施設や習合神教が盛んだった頃のゲセブ教の宗教施設によく見られるものだった。石柱の奥には長い階段が山頂まで続いていた。「すまりあにうょちんさのまやはらこほ」
「ッよかえねゃじんあがんだいか、げう……」
クロウがそう言うと、リーゼロッテが、
「いなゃじいいいらくんだいかにつべ」
と、言った。
「?ぜだけだだんつにうときてをしいるあにんへらこそ、よもてっつっんだいか、れあ、よもで」
「、……ねたなあ、てっうときて……」
「よいなえみもになにがすさ、どけるあんしじはにめるよもクボ……。ねよだクンアロ、がすさ、えへ」
フェリが感心したように言うと、クロウは嬉しそうに顔を赤らめた。
「、……ぁなか、イツキはんだいかのあでさらくのこにがすさ……」
イヅナはそう呟くと、ラモンの方を見ながら、
「?かんせまりあはちみのつべ」
と、言った。
「よすまけいにうょちんさばけいてっぼのをれそ。ねてしまりあがかさなかやるゆにきわのんものこそ……。よすまりあがちみのうよんぱんうしっぶらなれそ、ああ」
ラモンは、石柱を指差しながらそう言った。
「?かすでんいないはかとりはみ……」
リーゼロッテがそう言うと、ラモンは軽く笑いながら、
「ねすまりあはいせうのかるい。すでいかせのこ、ねがすでこといたいいと、……んせまい、やい」
と、言った。
「?ろだいいゃしらちけ、でたい、あゃりい」
「、よのるすうどらたっなにとこないたみきっさ、よのるすうどらたっなにとこないたみきっさ……」
リーゼロッテがため息混じりにそう言うと、イヅナはクロウとリーゼロッテの顔を交互に見つめたあと、
「?ろだるきでらなりたふちたみき……?らためとしにえまるればよ、らな」
と、言った。
「わるみてっや、わいい……。どけいなしりのきりまんあ……」
リーゼロッテはそう言うと、クロウの方を向きながら、
「?よいさなせわあ、とんゃち……」
と、言った。クロウは不敵な笑みを浮かべながら、
「?よなんすマヘそこエマオ、っへ……」
と、言った。
「、……でとこ、てっりまき、あゃじ、しよ……」
イヅナはそう言うと、ラモンの方を向きながら、
「すましいがねおをいなんあ、ゃじれそ」
と、言った。ラモンは軽く頷くと、
「いさだくてきていつ、でんすましいなんあ、ゃじれそ……」
と、言って、クロウ達を物資運搬用の坂道へと案内した。橋を渡ると、石柱の脇に道があり、その奥に枝葉に隠れていてわかりにくくなってはいるが、坂道があるのが見えた。荷車や自動馬車が余裕で通れるだけの幅があり、よく見ると坂道の真横に住宅街へと続く道がタットゥラ山の脇を沿うように伸びていた。クロウ達は、石柱の陰に隠れながら坂道を覗き見た。
「、ねわいなえみもになてくらく……」
「?なかいなゃじんいないもれだらかだとこてっいながりかあ、どけ」
イヅナがそう言うと、クロウは、
「よらかぇねえりあてんなるすりはみにしなもりかあ、かなぇれく。なよだうそばれえがんかにうつふ、ぁま」
と、言うと、少し間を置いてから、
「?かぇねゃじんなとこてっぇねゃじょしばなうようゅじでまこそ、よはとこてっぇねいがりはみ、よもで……」
と、言った。
「なうもおうそもクボにかした。んう……」
クロウの言葉に頷きながらフェリがそう言うと、イヅナが、
「?なかいなゃじんいながうよつひくおをりはみにんゅじんた、……どけるれらえがんかもうそにかした」
と、言った。イヅナの言葉にリーゼロッテが、
「?とこてっいなゃじここ、あゃじ?え……」
と、返すと、イヅナは軽く笑いながら、
「よだんたっいでみい、てっいながうよつひるすびいけもらちど、ちみかさとんだいか、てくなゃじみいういうそ。ねんめご、ああ……」
と、言った。
「?なかいなゃじんるいにんへうゅしのらこほわりはみ、どけだんぶた……」
「なよだくらゃちっくららかるきでょしいたもてれらこてっぼのらかちっどがうほのそにかした。ぁなどほるな、ーあ……」
クロウは、頷きながらそう言うと続けて、
「、わるくてみうおちい、もで、ぁま……」
と、言って様子を伺うため、足音を殺しながら坂道に向かって歩いった。入り口から上を見上げる。道は緩やかな蛇行を描いて山頂へと続いていて、転落防止の白い柵が見えた。明かりの類は見当たらず、人の気配もないように感じた。
「、ぇねいもれだ……?ぜだいたみぶょじいだ、いーお……」
クロウが通らない声でそう言いながら手招きをすると、リーゼロッテ達が石柱の陰からクロウのいる方へとやってきた。
「?らしかのいないにうとんほ……」
「?かぇねゃじんえねいもれだ……。ならかぇねしがいはけのとひ、どけぇねんなはにてありまんあ、ゃじいかせのこ」
クロウはそう言うと、ポルナックの中から携帯用の魔灯を取り出した。「よれくてっもをついこ、かれだ、さらかぇねけいとぇねかとしにうよるえかたたもでついわテッロゼーリとれお、ぁま……」
クロウがそう言うと、ラモンが手を上げ、
「、でんすまきるあをうとんせがしたわ、あゃじ。たしまりかわ……」
と、言って、クロウの持っている魔灯に手を伸ばした。
「?かすでんいい……」
リーゼロッテがそう言うと、ラモンは軽く笑いながら、
「よすでぶょじいた、ねでんすまいらもてっもまにんさなみわにきとのちいがんま、はは」
と、言った。
「?なくしろよ、ゃじ……」
そう言ってラモンに魔灯を手渡すと、クロウはズボンの小物入れから投擲用のナイフを取り出した。
「?らしかのなぶょじいだでフイナなさいちなんそ」
ホルスターから魔晶銃を抜きながら、リーゼロッテがそう言うと、クロウは軽く笑いながら、
「、などけだうそぶょじいだもでけたるやてっくすをともしあらかうまちっちけだくにてっか、ゃりれおたにんめじわらつやのここ、っま……。よぇねいだんもばけつをょしうゅきできげちい」
と、言った。
「?ねいさだくてけつをきにともしあ、ああ。ねかうょしまきい、あゃじれそ……」
と、言って魔灯を持って坂道を上がっていき、クロウ達もそれに続いた。
先頭を歩くラモンと後方を歩くフェリの持つ魔灯に照らされているとはいえ、辺りは暗く、足元もジメジメとしていて滑りやすくなっていた。しばらく登っていくと古びた小屋が姿を現した。山の斜面にへばり付くようにして建っており、外壁はうっすらと緑色に染まっていた。小屋をぐるりと回って左に曲がると、今までよりも急な勾配の道が山頂に向かってまっすぐ伸びていた。
「なだうそけいくなもとごにな、ずえありと……」
「ねらかだたしまのらこほはちみけぬ、せにな。よいいがうほいなしんだゆ、だま、もで……」
「!ッてあっ――るてっかわ……」
イヅナに向かって話しながら歩いていたクロウは、先頭を歩いていたはずのラモンの背中にぶつかってしまった。「、……ンモラ、よだんてっまどちたにな、……てて……」
鼻先を抑えながらクロウがそう言うと、坂と山頂のちょうど中間あたりで立ち止まっていたラモンが自分の口元に立てた人差し指を当て、後ろを振り向きながら、
「、すまいかれだにりわまのんでいは。にかずし……」
と、言った。見ると、祠の手前にある拝殿の周辺に何人かいるのが見えた。
「、……だとんほ」
イヅナがそう言うと、クロウは目を細めながら拝殿の方をジッ、と見つめ、すこし間を置いてから、
「、かことてっんに八、七、とっざ、ぁなだうそ、……はずか。なんかやてしうそぶ、ぱっや、ぇへう……」
と、言った。
「?になはきぶ」
フェリがそう言うと、クロウは、
「なだじんかてっえけじみもりよれそ、かいらくじなおとナヅイ、とっえがんからかつりひ、ぁなだうそ、わさがな……。ただぇてみんけ、はじんかたみ」
と、言った。
「、……ぁかんに八、七……」
リーゼロッテがそう呟きながら考えていると、クロウが、
「、よしだぇてみえねいていつがきはうこむ……?ぜうおまちけかうゅしきとさっさ、よもりよるえがんかとこいしかずむ」
と、言い、イヅナも頷きながら、
「ねよだうそにかした、んう」
と、言って、クロウの意見に賛同した。
「、もとりたふ、……ぇねよだきてんせうこ、ずらわかいあ」
フェリはため息混じりにそう言った。「、ねどけだんるすがきいやばりとってんばちいがれそ、あま、もで……」
「ねようそにかした、あま……」
リーゼロッテがそう言うと、イヅナは、
「?よくいで、のーせ……。ウロク、よくい、ゃじれそ……。よむのたをごいけのんさンモラつつしごんえはテッロゼーリとリェフ、らかるけかしにきさでウロクとくぼ、ゃじれそ。ねだりまき……」
と、言った。イヅナの言葉に頷きながら、クロウは腰に差した二振の剣を抜いた。
「「!ッ……のーせ――」」
二人は、声を重ね合わせると同時に地面を強く蹴って、勢いよく飛び出していった。クロウは跳ねるようにして最短距離を、イヅナは刀をいつでも抜けるようにしながら身をかがめて矢の如く敵の懐目掛けて駆けていく。拝殿前の敵が気がついた瞬間、クロウは、タンッ、と、地面を蹴って体を回転させながら飛びかかり、遠心力を利用して鋭く、力強い斬撃を放った。刃は敵の顔面、左上部から右肩口にかけて細かい欠片を撒き散らしながら抜けていき、抜けきると、勢いそのままにクロウの真横で剣を抜こうとしていた敵の顔面を貫いた。
(……まずは、二人っと――、)
地面に倒れた敵が砕け散ると同時に背中にゾワッ、と殺気を感じて素早く後ろを振り向くと、剣を振りかぶる敵の背後に刀を振り下ろしたイヅナの姿があった。敵の体がぐらり、と動いて、そのまま左肩から襷をかけたようにずれ落ちていった。
「ウロク、ねたっかなぶあ」
敵の体が砕ける音を背にしてイヅナがそう言うと、クロウは、
「、な、とがんあ、おお……」
と、言って、拝殿やその周りから、わらわらと、湧き出てきた敵を見ると、
「、なぇねゃじいあばるてしなはにきんの、とっ……」
と、言った。
「、ねだ」
イヅナがそう返すと、クロウ達は迫り来る敵に向かって斬りかかっていった。
「!ッァァあゃりそ――、っほ……」
舞い踊るように軽快なステップを踏み、時に宙返りをしたり、飛んだりしながら敵の攻撃を躱しつつ、隙を見つけて相手の懐に潜り込み、急所狙いの一撃を放つ――それが、クロウの戦い方だった。隙がなければ、二振の剣で相手の攻撃を受け止めた瞬間、顔に唾を吐きかけたり、蹴ったりして怯ませ、無理矢理作った。
(……くっそ、やっぱ、訓練と違ってキツイな、)
怯んだ敵の左胸に剣を突き刺しながら、クロウは心の中でそう呟いた。ふと、キィン、と、澄んだ音が聞こえた。見ると、イヅナが敵の攻撃を刀で受け止めていた。ギリィっと、金属が擦れ合う不快な音が響く。
イヅナの手が動き、
「!ッァァァャャで……」
と、いう勇ましい声と共に、カキィン、という甲高い音を響かせながら敵の剣を跳ね上げ、そのまま返す刀で左肩から右脇腹へと、まるで、チーズを切るようにすーっと、敵の体を斬り裂いていった。刀が脇腹から外に抜けた瞬間、敵の体はずれ落ちていき、粉々に砕け散った。
「!ッでいなしみそよ、とっょち……」
リーゼロッテがそう言いながら魔晶銃を撃つ。射出された光弾はクロウの頭上スレスレを通って背後にいた敵の頭を吹き飛ばした。
「!ッかぇねゃじえねぶあ!ッいお……」
クロウがそう言うと、リーゼロッテは、
「?よわるくがぎつ、りよれそ……。よのいるわがたなあるてしみそよ」
と、言った。見ると、拝殿からの奥から次々と敵が湧き出していた。
「!ッのてっるてっかわもてくなれわいとこなン……」
クロウはそう言って剣を構えると、イヅナ達と共に敵に斬りかかっていった。
クロウが跳ねるように撹乱しながら敵を斬り、イヅナが力任せの一太刀で敵を斬り裂き、リーゼロッテの魔晶銃が敵の頭を吹き飛ばし、フェリの自在紐が敵を切り裂いていく。一方的な蹂躙とも呼べる猛攻に敵はあっというまにその数を減らしていった。――そして、一時間後、イヅナが最後の一人を斬り伏せたところで戦いは終わった。
「?なかりわおでれこ、ぅふ……」
敵が砕け散る音を背にイヅナが刀を鞘に納めながらそう呟くと、クロウは頷きながら、
「、なだぇてみ……」
と、言った。辺りは、しん、と静まり返っていて、地面にはクロウ達が倒した者達の残骸が無数に散らばっていた。「?だんがやてっなうどはうゅちんれのいかせのこ、いたっい。……てんなうまちけだくにんたんか、よもてしに……」
クロウはそう言うと、しゃがんで破片を拾って仔細に観察した。切り口はガラス特有の光沢と質感を持っており、よく見ると、表面は鏡になっていた。
「?みがか……」
クロウの持つ破片を覗き込みながらリーゼロッテがそう言うと、ラモンが、
「よすでんるいてっがたしにれそもちたんにうゅじ。ねらかすでいかせのかなのみかが、あま……」
と、言った。
「?かすでんるなうこ、……もちたしたわ、あゃじ、っえ……」
リーゼロッテが不安そうな表情でそう言うと、ラモンは、へらり、とした軽薄そうな笑みを浮かべながら、
「、わちたしたわ。ねらかすでんにうゅじのいかせのとそ、せにな……。よんせまりなわああわちたしたわ、はは、やい」
と、言った。
「なたっかなもとんなにくと、どけたれおたにきとたれわそおにナヅイがれお、やいうそ」
「?なかいなゃじたかいいなんぶいず、……てったれわそお」
イヅナが満面の笑みを浮かべながらそう言うと、クロウは不満そうに顔を顰めながら、
「、よかぇねゃじとこのとんほ、よだんな」
と、言った。
「――りよれそ……。ねどけいい、あま……」
イヅナはそう言うと、ラモンを見つめた。研ぎ澄まされた刃のような冷たい眼差しだった。「?かすでんるいてっしをれそがんさンモラてしうど……」
「、なよだ……」
そう言ってクロウ達もラモンを見つめる。
「よすでんぜうぐるなんた、あやい、はは……」
ラモンは、含みを持った微笑みを浮かべながらそう言った。「、ねでんいたでくやはらかいかせのこもしたわ……?かうょしまきいくやは、もりよれそ……」
ラモンはそう言うと、拝殿の中に入っていった。
「?うもおうど、ぁな……」
クロウがそう言うと、リーゼロッテが、
「?らしかいなゃじんいなかしるみてっいていつ、しいなゃじけわるあがりかかてにかほ、どけだりむわのういてっろじんしにおなす、あま……」
と、言うとイヅナも頷きながら、
「ね、ど、れけだうそりあもいせうのかてっなわ、あま。ねうろだいいがうほのそ」
と、言い、その横でフェリも、
「?いなゃじんいいもてっいていつ、……さしだんいいばせらちけらたっだなわ、あま」
と、言って頷いた。
「?いだんなうどはみき、ウロク、でれそ」
イヅナがそう言うと、クロウはため息混じりに、
「、なよぇねかしくい、っま」
と、言って、イヅナ達と共にラモンの待つ拝殿に向かっていった。中には椅子が等間隔に並べられており、一番奥にある階段状の祭壇の上、金色の金具で装飾された白木の扉の前には、冥界の神オ・ヨモピケヌス・ヌ・ミロトの名を記したミルヌヌサと呼ばれる神の依代が安置されていた。
「、すでらちこ、はで……」
ラモンはそう言って、ミルヌヌサを退かして後ろにある扉を開けた。
扉から外に出ると、そこは、木塀で囲まれた空間で、丸い小石がびっしりと敷き詰められた空間の真ん中には、苔むした屋根の古びた祠が立っていた。ラモンの案内で祠の真下に行くと、いかにも隠し通路の入り口ですと言わんばかりの四角い穴があった。
「?かれこ……」
クロウは穴を見ながらそう言った。中は真っ暗で、狭い階段が下まで続いていた。
「すでうそ、ええ」
そう言いながらラモンは魔灯で足元を照らしながら階段を降りていった。「らかすまりべす。ねいさだくてけつをきにともしあ、ああ……」
続けてクロウ達も階段を降りていく。中は湿度が高く、ひんやりとしていた。幅は狭いままだった。しばらく進んでいくと階段が終わって細い通路に出た。幅が狭いのに加えて天井も低く、リーゼロッテは頭をぶつけないように僅かに腰をかがめながら歩いていた。
「?いいもてきしこす。んさンモラ、えね……」
フェリが辺りを見回しながらそう言った。
「?うょしでんな」
「、……てっ、なかのるいてしうどわんかんゅじのきうく、どけだんいならたあみがうこきうつ、さろうつのこ」
フェリがそう言うとラモンは、軽く笑いながら、
「よんせましうようつてんなきしうょじ、すでいかせのめそりかたっくつのゲンェフわここ、もで、あま……。ねんせまりかわわでまこそにがすさ……。ね、てさ」
と、言った。
クロウ達はそれからしばらくの間、歩き続けた。壁も床も天井も単調で変化がなく、気が狂いそうだった。叫びたくなる衝動を飲み込みながらさらに進んでいくと、長い階段が現れた。
「なんえこき、かんな、れあ……」
耳をひくりと動かしながらクロウがそう言うと、リーゼロッテが首を傾げながら、
「?どけいなえこきもにな……」
と、言った。
「、ならかだとおえせいちぇれぐぇねれとききわにらエマオ、っま……」
クロウはそう言うと、耳を澄ませた。階段の奥から微かに人の叫び声、それも、悲鳴ではなく喜びに湧く歓声のような声が聞こえてきていた。「なだぇてみるあがかになかうょじぎうょきにきさのこ……。なうろだんな……」
「?ねよだずはるてきにしんらんか、んぜうと、さらかだいらくるてればよてっいてうこ、せにな……。ねよだずはるいもゲンェフ、らな」
フェリがそう言うと、イヅナが軽く笑いながらフェリの言葉に付け足すように、
「、ね、どけだんなとこてっるえふがきてるくてっそお、んぶのそわとこてっるいがとひ、もで、あま」
と、言った。
「?ろだいいばえまちいたたをゲンェフにえまるなうそ、らな」
クロウはそう言うと、リーゼロッテの方を向いて、
「、とっえ、……なけたってんな……つやるせさつぜきのあ、らほ、テッロゼーリ……」
と、言った。思い出しながら話したたしどろもどろになり、結局、何を伝えたいのかわからなくなってしまった。その様子を見ながらリーゼロッテは、軽くため息をつくと、
「?らしかとこのんだうょしまのまいす……」
と、言った。それを聞いたクロウは、心の中に引っかかっていたモヤモヤが晴れて嬉しいのか、目を丸くさせると、弾むような声で、
「、れそれそ、ーお」
と、言った
「、どけだといなわらもてっくつをきすどいてるあわにうかつ、どけ……。よわるあてしわびんゅじうおちい」
リーゼロッテがそう言うと、クロウは屈託のない笑みを浮かべながら、
「、てっるてっかわ」
と、言った。
「、でんすでうそいましてっわおがいあしとるいてしたもたも?かうょしまきいくやは、さ……」
ラモンがそう言うと、クロウ達は軽く頷いて階段を登っていった。ゆっくりと石蓋を開けると、眩しい光と共に湧き上がる歓声が聞こえてきた。
「?だんてっやにな、どけだぇてみるてっわぎに、うこっけ……」
クロウは、そう言いながら辺りを見回した。彼らがいるのは列柱の並ぶ円形の大理石の回廊で、目の前には臙脂色の絨毯の敷かれた長い階段があり、横の壁には《観覧席》と、書かれた案内板が取り付けられていた。どうやら地下通路は競技場の内部に続いていたようだった。
「?なかいなゃじルウアクッナ(※注13)、りぱっや」
イヅナがそう言うと、クロウは首を傾げながら、
「?ろだぇねわかつかんなくぞんきでルウアクッナ、よもで……」
と、言った。
「?よもかルールのうゆこうほちのこ、でけだいならしがちたしたわ」
フェリがそう言うと、ラモンは首を振りながら、
「ねんせまりあがとこたいき、あさ……」
と、言ったあと、続けて、
「うょしまきいくやは、さ……。よすまりかわばけい、あま」
と、言って階段を登っていった。
「、……つやのンモラ、よかぇねゃじすかせとんぶいず、くたっ……」
クロウが顔を顰めながらそう言うと、フェリが軽く頷きながら、
「、ねよだ……」
と、言った。
「?らしかぶうょじいだてっいていつ……」
リーゼロッテが心配そうな表情を浮かべながらそう言うと、イヅナは軽く笑いながら、
「よいながうよしのんだんは……。ねらかいならかわかにながれそ、どけるかわわのるあがくわもおかにな。ねうろだうど……」
と、言った。
「ッくやは、っさ……?すでんたしうど、んさなみ……」
階段の先でラモンが手招きしながらそう言った。それを見ながらクロウは口をほんの僅かにへの字型に歪めると、
「、なだとこてっるかわゃきい、ろしにちっど、っま……」
と、言ってイヅナ達と共に階段を登っていった。
音が次第に大きくなっていく。キン、キン、と、金属同士がぶつかり合うような澄んだ音色が響き、カキン、という何かが弾け飛ぶような音がしたあと、どッと、歓声が沸き起こった。階段を登り切って通路に出ると、大勢の観客で埋め尽くされた円形競技場が姿を表した。天井には青空が描かれており、その真ん中からは巨大な魔灯がぶら下がっていて、辺りを煌々と照らしていた。
「、なだとひぇげっす……」
クロウは辺りを見回しながらそう言った瞬間、再び、どッと、歓声が沸き起こった。
「なだりがありもぇげっす、ッぇへう――」
クロウが顔を顰めながらそう言うと、ラモンが、
「ッいさだくてみをれあ、んさなみ……」
と、言って、競技場の真ん中を指差した。見ると、そこには上半身を曝け出したクロウと彼の傍に横たわる血まみれの男の姿があった。
「、……れあ、よだんな……」
クロウがそう言うと、イヅナは顔を顰めながら、
「ねうろだことてっウロクのりとひうもたっくつがゲンェフ……」
と、言うと、それを聞いたクロウは不快そうに顔を顰めながら、
「ッ……てっがやしとこなみゅしくあ、くたっ……」
と、呟いた。もう一人のクロウは、上半身は何も身につけておらず、鍛え上げられた筋肉を惜しげもなく晒していた。一方、下半身は太腿のあたりがざっくりと開いた黄金の鎧で覆われていた。股間には宝石が散りばめられた突起物が付いていて、脚には投擲用のナイフが差してあった。
「――にれそ。ねようそにかした……」
リーゼロッテはそう言って観客席のど真ん中、ちょうど、入場口の真上にある貴賓席に目を向けた。金の柱に純白の布が掛かった幕屋の中、太った男が胸と尻が露出している以外は黒い生地で覆われたピッチりとした服を着た女達を侍らしながら醜悪な笑みを浮かべていた。そのうち二人は、リーゼロッテとフェリに酷似していた。「!ッいていさ、とっんほ、……てんなるせらべはてせきをくふなんあにちたしたわ」
リーゼロッテが憤慨しながらそう言うと、フェリも頷きながら、
「!ッよだジンカてっいたりやてっぐなんぶ、つぱっい、とっんほ……」
と、言った。
「よすでシルニがれあ……」
ラモンがそう言うと、ニルシの前にグラスに入った飲み物が差し出され、それと同時に剣を提げた男がニルシの前で四つん這いになった。よく見ると、その顔はクロウ達の見知った顔だった。
「?……ねよ、ナヅイ、てっれあ……」
リーゼロッテがそう呟くと、フェリが黙って頷き、その横でクロウが、ぶふッ!と、吹き出した。もう一人のイヅナは、テカテカとした光沢のある黒い服を着ていた。布地の面積は少なく、胸と股間を覆う前掛け以外は素肌が露出していた。ニルシは、グラスに口をつけながらもう一人のイヅナの尻を撫で回していた。
イヅナは額に青筋を浮かばせながら、
「?かすまきでいがねおをいなんあでまこそあ、んさンモラ……。ねといなしじいたをゲンェフ、ずえありと……」
と、低い声でそう言った。
「たしまりかわ、わ……」
あまりの迫力にラモンが気圧されながらそう言うと、同時にニルシが立ち上がり、スッと、右手を上げ、
「……それでは、この偉大なる私に歯向かった愚かなる敗者に死を与えようッ!」
と、言った。
それに呼応するかのように歓声が、どッと、沸き起こり、もう一人のクロウが血まみれの男の頭を足で踏みつけ、手にした剣を振り上げた。
それを見たクロウは、ぎりッと音を立てて歯を食いしばると、通路の壁をよじ登って、真ん中に向かって勢いよく飛び出した。
「!ッウロク、とっょち……」
リーゼロッテがそう言うと、クロウは、
「!ッだんてっかるまたてせさてっかきすにノモセニ、うょじいれこ!ッぇせるう」
と、言って、壁や客の頭を踏み台にしながら降りていき、最前列の壁を乗り越えると同時にもう一人クロウの目掛けてナイフを投げた。
――チン、と、小さな音が響き、ナイフが地面に落ちる。
クロウは剣を抜き、地面を蹴って素早く間合いを詰めると、タンッ!と、踏み切って、跳躍しながらもう一人の自分に斬りかかった。体を回転させ、その反動で斬り裂こうと露出した肌、目掛けて剣を振るう。
「!ッぉぉぉう」
勇ましい声と共に繰り出された鋭い剣撃。だが、それはいとも簡単にもう一人の自分に受け止められてしまった。
「、れお、よだんなしおとみお、ぶんぇぜ、っへへ……」
そう言って、クロウを力任せに押し返すと、ナイフを素早く投げつけた。
――キンッ!澄んだ金属音が響く。
クロウは、ナイフを剣で弾くと、
「?ぜすえかままのそりくっそ、ばとこのそ!ッへへ……」
と、言いながら地面を勢いよく蹴ってもう一人の自分に向かって飛びかかっていった。
――ギィンッ!鈍い金属音が鳴り響く。
クロウの攻撃はいとも簡単に受け止められてしまった。
「――てっだしおとみおらかだ、はは……」
交差させた剣の向こうで、もう一人のクロウが薄い笑みを浮かべながらそう言う。次の瞬間――、
「!ッろだんてっい――」
と、いう言葉と共にクロウの顔目掛けて唾が吐かれた。
「!ッぇねたき、っぷわ……」
目を瞑りながら顔を顰めた瞬間、パンッ、と、足が払われてクロウの体が、ふわり、と宙に浮く。
「――っまし」
そのまま背中から地面に倒れると同時にもう一人のクロウが胸の辺りを足で踏みつけた。
「!ッはが」
「?ぜだんてっかつてじなおもつっい。……てっぇねたき、よだんな」
もう一人のクロウは薄い笑みを浮かべながらそう言うと、ゆっくりと剣を振り上げた。「、れお、なゃじんそ……」
そう言う声と共に勢いよく剣が振り下ろされる。
(……くそっ、ここまでかよ……)
クロウが覚悟を決めたその瞬間、
――ギィンッ!
と、いう鋭い音と共にもう一人のクロウの剣が弾き飛ばされた。
「……てっがやしまゃじ、ッチ……」
もう一人のクロウは舌打ちしながらそう言うと、素早く飛び退いた。
「?だんな、な……」
襟巻きで顔を拭い、体を起こしながらそう呟くクロウの前にリーゼロッテが降り立った。
「?よのるなにとこなんこらかむこっつにしなえがんか、くたっま……」
リーゼロッテがため息混じりに言うと、その横でイヅナとフェリが軽く頷いた。
「なたっかるわゃりそ、はは……」
クロウはそう言って、軽く笑った。
「、ゃりこ、なぃりわがぶ、はは……。か一いた四……」
もう一人のクロウが笑いながらそう言うと、クロウは、
「?ぜだ、まいらなんすんさうこ……」
と、言った。
「!ッねでんいたりなにノモンホはれお、……まさくにいあお」
そう言って、もう一人のクロウが指を口に咥えて、ピィッ!と、鳴らすと、貴賓席からイヅナ、フェリ、リーゼロッテが飛び降りてきて彼の背後に降り立った。「なだこいあお、でれこ、さ……」
もう一人のクロウがそう言うと、貴賓席から怒鳴り声が聞こえてきた。
「……おいッ、クロウッ!」
見るとニルシがこちらに向かって怒鳴り声を上げていた。「貴様ッ、俺の侍女達を戦いに駆り出しおってッ!もし、傷でもついたらどーするつもりなんだぁッ!」
「、……ぁなぇせっう、ーャギーャギ、くたっ」
もう一人のクロウが顔を顰めながらそう言うと、ニルシは顔を真っ赤にしながら、
「……なんだとッ⁉︎ヲサンク風情が俺に意見するつもりかッ⁉︎」
と、言った。それを聞いたもう一人のクロウは、ため息混じりに、
「?ろだいいでれそ、らかっやてしにりどけいわりたふなんお、ゃじん……。よたっかわ、くたっ、……あーぁは……」
と、言った。その僅かな隙をつき、クロウはもう一人の自分に斬りかかったが、見抜かれていたのか、攻撃はいとも簡単に受け止められてしまった。
「?よえらもてっがいわかいぜいせ、あま……。よらかたっなにのもぎつみのへいじじひひるいにこそあわりたふなんお、でとこ、てっ……」
もう一人のクロウがそう言ってせせら笑うと、リーゼロッテとフェリが声を揃えて、
「「‼︎ッよりわとこお」」
と、言った。
「よらかだんけつりあにシメ、ぁゃりすんまがをのっれらわさをだらか……。てっなういうそ、はは」
もう一人のクロウは、軽く笑いながらそう言うと、剣を構えた。「?ぜうよめじはとさっさ、ゃじん……」
そう言った瞬間、八人が一斉に動いた。
もう一人のクロウは、地面を蹴って高く跳躍すると、体を回転させながらクロウに斬りかかった。
「!ッあゃりぅそ……」
二振りの剣による力任せ、勢い任せの剣撃。クロウは剣を交差させながら受け止めつつ、後ろに下がっていった。
「⁈ッぁかてっいぱっいぇてでのぐせふ、はは」
「ッてっがやりのにしうょち、っそく……」
クロウは剣を払い退けて素早く飛び退くと、ズボンの小物入れから取り出した小さな玉を放り投げた。
「!ッよかるせさ……」
もう一人のクロウが、そう言いながらナイフを放った瞬間
――バァンッ!
と、激しい音を立てながら爆炎が上がった。
それを見ながらクロウは、悔しそうに顔を歪めながら舌打ちをした。
「なたっだんねんざ、へへ……」
もう一人のクロウがそう言うと、イヅナがもう一人の自分を斬り伏せながら、
「!ッえかつをらかちのみか!ッウロク……」
と、叫んだ。
「!ッだずはるてかばえかつをらかちのみか、らかだ!ッいないてしつうかしけだんめうょひわらツイコ……」
「などほるな……」
「!ッよかるせさ……!ッチ――」
もう一人のクロウがそう言いながら地面を蹴って、斬りかかる。
クロウは小さく、
「、っほ……」
と、いう掛け声と共に攻撃を避けながら地面を強く蹴って高く跳躍すると、もう一人の自分の影の中に、ぬるり、と、潜り込んだ。
「⁈ッにかなのげか、っな……」
『?ろだぇねゃじとこくろどおにつべ、よだんな』
クロウは狼狽えるもう一人の自分に向かってそう言うと、ぐっと、剣を握った。『、よろしごくか。だりわおでれこ、っさ……』
クロウはそう言うと、影の中から勢いよく飛び出して、もう一人のクロウの背中を下から上に斬り裂いた。
「!ッぐう……」
悲痛な叫び声が上がる。クロウは手を緩めることなく、もう一人の自分に向かって、
「!ッぁだメドト、……でれこ」
と、叫びながら容赦なく二振りの剣を同時に振り下ろした。
「!ッィギグ……」
醜い悲鳴が上がる。剣は下降の際に生じる力も加わり、骨を砕きながら左右の肩から背中にかけてを縦に斬り裂いた。
「、れお、なあゃじ……」
クロウが剣を抜きながらそう言うと、もう一人のクロウの体がぐらり、と倒れ、そのまま粉微塵に砕け散った。
ふと、辺りを見回すとイヅナ達も戦いを終えたようで、血まみれで倒れていた男の手当てをしていた。
「?かうそぶょじいだ……」
クロウがそう言って駆け寄ると、リーゼロッテは男に向かって手を翳しながら、
「、わるなかとんなばれすてあてでんいうょびわとあ。よぶょじいだ。んう……」
と、言った。
「、はらかちのみかのテッロゼーリ……。ねよだがすさ、ぱっや……」
フェリがそう言うと、イヅナが頷きながら
「ねよだじんか、てっらかちのみかにさま、てんならかちのゆち。んう」
と、言ったあと、隅の方に目を向けた。そこには自在紐でぐるぐる巻きにされたニルシの姿があった。顔はアザだらけで、服は着ておらず下着一枚だった。「?なか、けだるすじいたをゲンェフ、はとあ、で……」
「なだんもたっまかつりさっあとんぶいず……」
クロウがそう言うと、ニルシは、
「……離せッ!この痴れ者がッ!俺を誰だと思っているんだッ!」
と、怒鳴り散らした。
「かば、よかるしとこなン」
クロウがそう言うと、ニルシは、
「黙れッ!ヲサンク野郎ッ!」
と、怒鳴り散らした。
「、……ぁなだィジジぇせっう、とんほ、くたっ……」
クロウはため息混じりにそう言うと、腕輪を外してニルシの左胸に押し当てた。魔結晶が青白く光り、ブブブブ……と、いう音が鳴り響く。それと同時にニルシが、
「ギェェェヤァァァッ!」
と、人の声とは思えないような耳をつん裂く悲鳴を上げながら体を揺すりながら激しく抵抗し始めた。
「!ッえだつて!ッナヅイ、いお……!ッそく……」
クロウがそう言うと、イヅナは、
「!ッもてくなれわい――」
と、言いながらニルシの背後に回り込んで、羽交締めにした。
「!ッろしんねんか……」
クロウが、腕輪を近づけると、もがき苦しむニルシの口から、ヌメヌメとした握り拳大の醜悪な老夫の顔に六本の細長い足が生えた咎人病の病原体ワゥルが、出てきた。
「「ッたで……」」
二人が声を揃える。ワゥルはニルシの口から床に降り立ち、そのまま這っていった。
「――げに、らこ、あ……」
――パン。乾いた発砲音が響く。
同時にワゥルは、リーゼロッテの放った魔弾に貫かれ、
「がぎッ!」
と、いう小さな声を上げて砕け散った。クロウは深いため息をついたあと、
「?ぁなよれやてえがんかしこすうも、らなんめとしをルゥワ、くたっ……」
と、リーゼロッテに向かってそう言った。
「いなゃじいいにつべらかだんるいてきいわくか、よにな」
リーゼロッテはそう言うと、髪飾りを抜き取って、ワゥルの残骸の中に転がる赤い球に突き刺した。髪飾りに嵌め込まれた魔結晶が光り輝き、残骸は小さな光の粒子となって髪飾りに吸収された。
「うょりんかうゅしいか、いは」
リーゼロッテがそう言いながらハンカチで髪飾りを拭うと、どこからともなくラモンが現れて軽く笑いながら、
「ねすでがすさ、んさなみ、……はは、ぁやい」
と、言うと、ニルシの腕に手錠を掛けた。「、ですんでとごしのつさいけ、ちたしたわわきさらかっこ、ゃじれそ」
「すましいがねお、ええ」
イヅナはそう言うと、軽く頭を下げた。
「ならかえねかしかおもてしいかうほつい、だんたしうゅしいかをルゥワ……?ぜうよしつゅしっだことええは、ゃじんそ」
クロウがそう言うと、ドン、という音と共に建物全体が大きく揺れ始めた。
「、……ゃりこ、なェベヤ、とえねしつゅしっだくやは。ばれすをさわう、とっお――」
「?のるすつゅしっだてっやうど、さもで」
「……かおそ、っあ」
「?とこ、てっままのこ……、ちたしたわ、あゃじ……」
リーゼロッテがそう言うと、壁や天井が轟音を立てながら崩れ始めた。
「――げにくやは!ッべや」
クロウがそう言った瞬間、パァンッ、と、ガラスが砕け散る音が響き、地面が木端微塵に砕け散り、クロウ達はなす術もなく奈落の底へと吸い込まれ、気がつくと、先程と同じような部屋の中にいた。開け放たれた窓から風が入り込み、机の上に広げられた本やカーテンを揺らしていた。
「ここは……?」
クロウは辺りを見回しながらそう呟いた。
「……戻って、来れたの、か……?」
「でも、言葉が元に戻ってるから、戻って来れたって、ことじゃないかしら?」
リーゼロッテがそう言うと、フェリは嬉しそうに、
「うんうん、そうだよね」
と、頷いた。
「……ていうか、どこだよ、ここ……?」
クロウがそう言うと、ラモンが、
「ああ、ニルシの自宅、ですよ」
と、言った。
「……来たことあんのか?」
「ええ、以前、ね。……まあ、その時は私的な用事で来たんですが……」
ラモンはそう言うと、軽く笑った。「それより、早いとこ、帰りましょうか。……私もこの男の取り調べをしなきゃいけませんからね。とりあえず、自動馬車を手配してきますんで、この男を見張っておいてください」
「歩きじゃダメなのか?」
クロウがそう言うと、ラモンは苦笑し、肩をすくめながら、
「歩いても大丈夫な距離なんですがね。……まあ、手錠を掛けた男を連れて街を歩くのは、流石に、ね?」
と、言って、部屋から出ていった。
自動馬車が到着したのは、それから数分後の事だった。クロウ達を乗せた自動馬車は、どんよりと曇った鉛色の空の下、大通りを北に向かって走っていった。市内中心部に聳えるフッリバ城の脇を横切って橋を渡ると右奥に王立警邏隊の詰所が見えてきた。確かにラモンの言う通り、詰所はニルシの自宅から近い距離にあった。
詰所に到着すると、ニルシの身柄は待機していた王立警邏隊の隊員に引き渡された。ラモンはクロウ達の方を向き直り、
「……それじゃあ、私はこれで。ご協力、ありがとうございました」
と、言って、小さく敬礼をした。
「いえ、こちらこそご協力ありがとうございます」
イヅナはそう言って軽く頭を下げた。「……ただ、貴方に対する疑いが晴れた訳ではありませんので……、」
イヅナがそう言うと、ラモンは少し困ったような笑みを浮かべて頭を掻きながら、
「いや、参りましたね。……はは、」
と、言った。
「あちらの世界で改めて疑念が湧きました。とりあえず、貴方に対する疑念も含めて今回の件は教区長に報告させていただきますので、」
「ええ、どうぞ、どうぞ。イヅナさんのお好きなようにしてください、」
ラモンはそう言うと、軽く笑った。
「随分と余裕があんだな。下手すりゃ、逮捕されるかもしれねぇんだぜ?」
「……でしょうね。……でも、安心してください。私は捕まりませんから」
「大した自信じゃん」
フェリがそう言うと、ラモンは肩をすくめながら、
「……自信も何も私は何もしていませんから」
と、言った。
「なぁ、本当のことを話せよ?……楽になるぜ?」
クロウがそう言うと、ラモンは軽薄そうな笑みを浮かべながら、
「……はは、面白い人達だ。どうやら、あなた方はよっぽど私を犯人にしたいようだ」
と、言った。
「別にアンタを咎人病法違反で王立警邏隊に突き出してやってもいいんだぜ?」
クロウがそう言うと、ラモンは軽く笑いながら、
「はは、どうぞご自由に。……ですが、まあ、恥をかくだけだと思いますけど、ね?」
と、言った。
「……なんでだよ?」
「簡単です。私が犯人だと示す証拠がないからですよ」
ラモンはそう言うと軽く笑った。「私に対する疑念も所詮は、あなた方の推測でしかない。仮にクロウさん、あなたが私のことを咎人病法違反で告訴したとしても私が犯人であるという証拠がないんです。フェンゲも治療されれば、感染していた期間の記憶が消えますからね。……つまり、誰も動かない。隠蔽されるのがオチですよ。……まあ、私のミスした件はお咎めがあるでしょうが、それまでですよ」
と、言うと、目の前の通りを指差しながら、
「……ちなみに拝言所は、そこの通りを左に曲がればすぐですんで、」
と、言った。
「……帰れって、ことですか?」
リーゼロッテがそう言うと、ラモンは、
「ええ、そうです。これ以上話してもお互いにいい思いはしない。……それに、私は仕事上、あなた方とは良好な関係でいたいと思ってますからね。……それじゃ、お元気で、」
と、言って軽く笑うと、王立警邏隊の詰所の中に入っていった。
「チッ、ふざけやがって……ッ」
クロウは、ラモンの背中を見ながら吐き捨てるように言った。「……なあ、あれでいいのかよ?」
クロウがそう言うと、イヅナは悔しそうに顔を顰めながら、
「悔しいけど、彼の言う通りだよ。証拠がないからね……、」
と、言った。
「はぁーあ、なんだかモヤっとしたカンジだなぁ、」
フェリがそう言うと、リーゼロッテが軽く頷きながら、
「確かにそう、よね、」
と、言った。
「僕も同じさ。……話の流れからするとラモンが何らかの形でフェンゲに関わっていたと見て良いだろうね。……まあ、立証は難しいだろうけど」
イヅナは悔しそうにそう言った。「……ねえ、それよりもさ、拝言所に行く前に何か食べていかない?」
「んー、確かにそうね……、」
リーゼロッテはそう言うと、懐中時計を取り出して蓋を開けた。時計の針は一二時三〇分を指していた。「……ちょうど、お昼時だし、何か食べたいって、感じよね」
「あ、ならさ、鏡の中の世界を探索してる時に見つけたお店に行ってみない?」
フェリがそう言うと、イヅナが、
「そこって、実在してるお店なの?」
と、言った。
「……まあ、そこはわからないんだけど……、でも、さ、行ってみない?」
「……んじゃ、とにかく行ってみようぜ?……フェリ、案内、よろしくな?」
クロウがそう言うと、フェリは元気よく、
「まっかせてぇッ」
と、言った。
ふと、先程まで空を覆っていたどんよりとした鉛色の雲が、スーッと、晴れ、雲の切間から神々しい光が差し込みはじめた。
雲間から見える空は、声を失うほどに青く、美しく、そして、きらきらと輝いていた。〈第一話 終〉
【注釈】
※注1【ポルナック】
肩にかけるタイプの鞄。麻で出来ており非常に丈夫である。旅人用の三日から五日程度の衣服と生活必需品が入る大きさが主流である。
※注2【魔晶銃】
魔晶銃とは、魔結晶に電気を流した際に放出される光弾を弾として利用した武器である。
内部に魔結晶と蓄電器、それに摩擦起電機が内蔵されており、魔結晶には蓄電器から伸びた電極が取り付けられている。電極と蓄電器の間には放電を防ぐ絶縁体が取り付けられており、弾き金と呼ばれる突起を弾くことにより摩擦起電機で静電気を起こし、蓄電器に充填後に引き金を弾くことで魔結晶に電気が流れて光弾が放出され、スキアムクと鉛の合金で出来た板に反射して加速しながら銃口から発射される仕組みである。
当初は大型の物が主流であったが、やがて魔結晶の圧縮化が可能になったことにより小型化が急速に進んだ。
※注3【声送機】
転送魔法を利用した通信機器で、主に列車や都市部で使用されている。列車にあるのは旧式、都市部で使用されているのは新式である。
旧式は互換性がないため複数の相手と話す場合には相手ごとに送受信機を用意する必要がある。
一方、新式は交換所と呼ばれる場所に連絡し、通話先の番号を伝え、転送魔法を同期させることで通話を可能にする仕組みである。
※注4【シャビス】
伸縮性と弾力性のある龍の髭で編まれた服。グロム王国の特産品でもある。
非常に高価だが、鋼鉄製の鎧と同等の強度を持ち、かつ、麻の服と同程度の重さのため、素早い動きを必要とする者達が好んで着ている。長袖と半袖、袖の無い三つのタイプがある。
※5【ゲセブ教】
ゲセブ教とは、この世界最大の宗教で現在は、エラローリア派とグラスティー派という二つの宗派に別れている。前者であるエラローリア派は、クロウの祖国である宗教国家・エラローリア法王国を含む二つの国の国教に定められており、もう一方のグラスティー派は、ゲセブ教内部の腐敗を批判する形でアララギ・グラスティーが興した宗派で、正式名称はゲセブ教真正伝言師会といった。
どちらも同じゲセブ教であり、経典も同じだが、世間でゲセブ教といえば大抵は、エラローリア派の方を差している。
なお、エラローリア法王の敬称は、卯下、である。ウサギの下に座る尊い人の意。(法王の玉座には、ゲセブ教の象徴であるウサギの装飾が施された天蓋が付けられているため)
※注6【拝言所】
ゲセブ教エラローリア派の宗教施設。寺や神社に相当する。
※注7【ヒズ】
この世界で一般的な公共交通機関の一つで、地球でいう所のバスである。魔素機関で動く自動馬車(自動車)で、路面電車のように軌道を走行するタイプと一般の自動馬車と同じように道路を走る二つのタイプが存在しており、現在は、後者の方が主流である。
なお、ヒズという名称は、乗り合いを意味するヒィズディリスというアルストゥリア語が元となっている。
※注8【マルトロジー】
一般的な集合住宅。木骨レンガ造りの建物が多い。団地やマンションに相当する。
※注9【リトロジー】
低所得者向けの集合住宅。木造が多い。アパートに相当する。
※注10【レーガスレイ】
フィリア湖で定期的に開催されているレーガ(ボート)を使った公営賭博。各都市に窓口がある。
※注11【ミアウピルク】
原理としては、魔法の目の内部に薄く平滑にした魔結晶をセットし、レンズから入ってきた光を魔結晶上に記憶させ、その後、光が当たると黒くなる樹脂が塗布された紙に焼き付けるというもので、複製が可能である。しかし、新聞などのメディア媒体に載せる際は従来の印刷技法を持ちいらなければならず、木版か銅板に彫り込んでいく直刻法と、石灰石の板に描画していく平版のふた通りのやり方が存在している。
また、これとは別に龍の鱗を炉で加熱して作った透明な薄板の上に焼き付けたのち、それを裏返して感光剤を塗布した銅板に焼き付け、腐食させて版を作るやり方もあるが、より手間暇が掛かるため、現在は一部の高級出版物での使用に留まっている。
※注12【商人の財布】
豆のペーストに蜜柑の果汁などを加えたものを型に入れ、焼き固めて作ったギルス発祥の菓子。金貨がパンパンに詰まった革袋を象っており、縁起が良いということで来客時のお茶菓子として定着した。店によって味や形が異なる。
ちなみに菓子を出す際、通常は皿か紙の上に出して竹のナイフを添えるのが一般的な作法であるが、ラモンはズボラなので、袋のままナイフも添えずに出していた。
※注13【ナックアウル】
ナックアウルとは、エラローリア発祥の球技のことである。ナック(蹴る)アウル(球)という言葉が示す通り、なめし革を巻きつけた球を蹴り、得点を競う。試合時間は一時間三〇分で、一セット四五分の試合が合計二回行われる。