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 魔城の第四階層まで進むと、周囲に魔物の気配がないことを確認して、大きめの部屋で休憩を取る。まだ体力には余裕があるが、あまり根を詰めすぎれば、精神に負担が掛かる。休めるときに休んでおこう。


 星崎は部屋の中央で腰を下ろしているが、完全に気を抜いているわけじゃなくて、いつでも動けるように警戒心をめぐらせていた。


 俺は部屋の片隅で立ったまま休む。もちろん、いつ戦闘になってもいいように頭のなかのスイッチは切り替えられるようにしておく。


「安心しました」


 ついさっきまで部屋の中央で星崎と話していた朝美は、こっちに近づいてきて声をかけてくる。


「安心したって、なにかあったのかアサミン?」

 

 まだアサミン呼びには抵抗があるのか、薄目になって見てくる。でもかまうことなく、朝美は話を続けてきた。


「マナカさまが、あなたの様子が変なんじゃないかって、気にかけていましたので」


 なるほど、そういうことか。


 予定日よりも早く『色褪せし魔城』が出現したことを知ったときはショックだったが、別に落ち込んでいたわけじゃない。だけど星崎には気苦労をかけてしまった。


「あぁいうとき、どうやってはげませばいいのかわからないって、マナカさまからしつこく相談されましたよ」


 朝美は億劫そうに肩をすくめてみせる。


「もしかして、星崎がウチに来たのって……」


「えぇ。一緒にゲームをするでもなんでもいいから口実をつくって、そばにいてあげるようにと助言させてもらいました。それだけで、はげまされることってありますからね」


 星崎がウチを来訪してきたのは、朝美からの助言があったからか。


「光城さんの家を訪れたことで、マナカさまのソワソワがおさまったみたいで何よりです」


「ごめんね、心配かけちゃって。でも俺なら大丈夫だよ」


「知ってますよ。マナカさまが『ピンピンしていたわ』って、うれしそうに報告してきましたから」


 やれやれと朝美は首を振ってくる。苦労かけちゃったみたい。


 星崎よりも年下なのに、アサミンってなんだかお姉さんのような役回りをやっているね。


「……もうマナカさまから聞いたんですよね? マナカさまが、冒険者をやっている理由については?」


「あぁ、小さい頃に読んだ本のことや、冒険者にしか見ることのできない憧れの景色を一緒に見ようって、朝美と約束したこともな」


「そうですか……」


 気まずそうというよりは、照れくさそうに顔をそむけてくる。子供の頃に交わした約束を引っ張り出されて、面映ゆいのだろう。


「光城さんは、マナカさまから昔話を聞いても、下らないとか思ったりしないんですね」


「何かに憧れて、一生懸命なのは素晴らしいことだ。子供のときの夢をずっと持ち続けるのは、すごいことだと思うぜ」


 それを実現させるのは大変で、実現しようと努力しているのなら尊敬する。


 そういう何かにひたむきなのは、きらいじゃない。


「わたしは、マナカさまほどすごくはありませんけどね。冒険者として覚醒できたときは安心しましたけど、マナカさまに比べたら平凡ですし。そばにいるために、いつだって努力を惜しむわけにはいきません」


「俺からすれば、朝美も十分すごいと思うぞ。なんたって、あの星崎についていけてるんだからな」


「ついてくだけで、やっとですけどね」


 朝美は視線をうつむけながら、ボソッと呟いてくる。


 どうやら自己評価が低いようだ。冒険者としては掛け値なしに優秀だが、隣にいるのが星崎なので、自分のことが平凡に思えてしまうんだろう。


「でも、わたしは小さい頃にマナカさまと約束しましたから」


 朝美は顔をあげて正面を向くと、張りのある声で言ってきた。


「天才であるからこそマナカさまは孤独で、これまでたくさんの人がマナカさまのそばにいられずに離れていった。だからわたしだけは、何があってもそばにいようって決めたんです。マナカさまの隣に立って、肩を並べられる存在でありたいって。一緒に冒険者にしか見られない、憧れの景色を見ようって」


 朝美にとって星崎は友人であり、かけがえのない仲間だ。星崎にとって、朝美がなくてはならない存在であるのと同じように。


「それはもう、愛だよね、アサミン」


「……言っておきますが、あなたの好きな百合漫画みたいなことはありませんから、妙な妄想はしないでくださいね。それと、アサミンって呼ぶのもやめてください」


 えぇ~、そうなの? 二人が百合百合してくれれば、目の保養になるのにぃ。


 朝美はほのかに頬を染めて、こっちに向き直ってくる。


「あなたにも、マナカさまのそばにいられる人であってほしいです」


 まばたきほどの短い時間だったけど、朝美は一瞬だけクスッと笑う。


 自分以外にも、星崎にとって仲間と呼べる存在がいてほしい。そう願っているんだ。


「そろそろ他の冒険者たちが踏み込めていない階層になりますね。ここからは、気を引き締めていきましょう」


 浮かべていた笑みを消すと、朝美は生真面目な面持ちになって注意を呼びかけてくる。


『色褪せし魔城』に入った冒険者たちは、第五階層ないし、第六階層あたりで行方不明になっていることが多い。シャディラスの出現する可能性が高くなるってことだ。


 ここからは、一気に危険度がはねあがる。


 朝美の忠告に頷くと、休めていた肉体に戦意の火を灯す。


 気づいたら俺は、ゲーム世界の序盤で死ぬモブになっていた。なんでこんな目にあっているのかわからなくて、怒りのぶつけどころも見つけられずに、この身に降りかかった理不尽さを呪いもした。


 光城涼介として転生したのは、巻き込まれたことではある。


 けれど、この運命に決着をつけなくちゃいけない。


 そのときは、もうすぐそこまできている。





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