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 ゲームでボスを撃破したので、ボス部屋にあるセーブポイントを開放してから、大量にもらった経験値を使ってキャラのレベルをあげておく。


 一段落つくと、星崎はコントローラーを床に置いて、心を落ち着けるように吐息をもらした。きっとまだ、興奮が冷めないんだ。


 星崎は両膝を胸のなかに抱え込むような姿勢になると、亜麻色の長い髪を垂らして、首をかしげながら、こっちに大きな瞳を向けてくる。


「そういえばまだ聞いていなかったけど、光城くんはどうして冒険者になったの?」


 どうして冒険者をやっているのかと、理由を問われる。


 その質問にどう答えるべきか、一瞬だけ迷った。


「単純に生活のためだな。たまたま冒険者になれる素質があったから、やっているだけだ」


 気づいたらゲーム世界のモブになっていて、そいつが冒険者をやっていたからってのが本当の理由だけど……こんなことを説明しても、信じてもらうのは難しいだろう。


「あとはまぁ、死なないために強くなりたいからだな」


「どういうことよ、それ?」


 疑問を投げかけてくる星崎に、曖昧な笑みを返しておく。


 これに関しては本当だ。俺はゲームシナリオどおりに死にたくない。強くなって、死の運命を変えるつもりだ。そのために冒険者をやっている。


「けど、そうね。確かに強ければ、どんなに絶望的な状況になっても、生き延びる可能性は高まるわ」


 周囲から天才だなんて呼ばれている星崎は、強くなればそれだけ死を遠ざけられることを理解している。


 このまま順調に強くなっていって、冒険者として登りつめていけば、きっとどんな絶望的な状況を前にしても、星崎は突破できるようになっていくだろう。


「そういう星崎はどうなんだ? どうして冒険者に?」


 俺が『ラスメモ』をやりこんでいたら、星崎のバックグラウンドを事前に知ることができていただろう。そしたらもっと有利に事を運んで、星崎の好感度を今以上にあげることができていたかもしれない。


 そっちのほうが、絶対にいいはずだ。


 いいはずだけど、今は『ラスメモ』をやりこんでいなくて、よかったと思っている。


 星崎が冒険者をやっている理由を、星崎本人の口から聞いて知ることができるんだから。


「……それ、言いたくないわ」


 星崎は頬を桜色に染めたまま、ジーッとこっちを見てきて解答を拒否してくる。


 えぇ~、うそぉ。ここにきてそんなのあり?


「俺は話したのに、ケチンボだな。まぁ話したくないなら、無理に聞き出そうとは思わないけど」


「うっ……」


 星崎はうなり声をこぼすと、気まずそうに視線を泳がせて、ため息をついた。自分だけ話さないのは公平じゃないと思ったんだろう。そういうところは律儀だよね。


 星崎は顔をあげると、ディスプレイを見ながら唇を動かす。


「……本よ」


「本?」


「えぇ。小さい頃にね、冒険者の人が自分の経験談を書いた本を読んだのよ。そこには現実とはまるで違う世界、ダンジョンのなかを駆けめぐって、命を賭して魔物に立ち向かっていく光景が書きつづられていたわ」


 おそらく、冒険者としての体験を語った本なんだろう。


「もちろん、漫画やアニメの主人公みたいに格好いいところばかりじゃなくて、泥臭かったり、みっともなかったりするシーンだってあった。生き残るために死に物狂いで、読んでいて辛い気持ちになるところもね。だけど、確かにそこには本物の冒険が書かれていたのよ」


 その本について語る星崎は活き活きとしていて、唇が笑みをつくっていた。星崎にとって、その本との出会いは掛け替えのないものだったんだ。


「命がけで戦って苦難を乗り切った先には、冒険者にしか見ることのできない憧れの景色が待っている。その本には、そう書かれていたわ。わたしが冒険者になったのは、胸を打つその景色を見てみたいからよ。幼い頃に思い描いた憧れを、実現したいから」


 かつて尊いものだと感じた気持ちを信じて、星崎はそれを追いかけている。


 光城涼介がなんとなく冒険者になったのとは、えらい違いだ。


「子供っぽい理由だって思っているんでしょ? いいわよ、べつに。自覚しているもの」


 星崎は唇をとがらせてこっちを一瞥してくると、プイッと顔をそむけてくる。


 どうやら俺がニヤニヤしちゃっていたせいで、ヘソを曲げてしまったみたいだ。


 でも笑っていたのは、馬鹿にしていたからじゃない。


「立派な目標だと思うぞ。何かに一生懸命なのは、素晴らしいことだ」


「そ、そう?」


「あぁ」


 俺が頷くと、星崎はうつむきがちだった顔をあげて、照れくさそうに見つめ返してくる。


「俺も死にゲーをやりまくって、最高難易度まであげた全ボスを倒すまでがんばったことがあるからな。星崎の気持ちはわかるぜ」


「…………」


 あれ? なんか急に熱が冷めてしまったように星崎が白けた表情になっちゃったけど? どうしてそんな顔しちゃうの?


「少しでも、あなたの言葉に心を動かされそうになった自分を恥じるわ」


 星崎は長いため息をつきながら、残念そうに眉尻を下げてくる。


 とってもひどいことを言われちゃったよ。


 ていうか俺、もしかしていま好感度を大幅にあげるチャンスをドブに捨てちゃったのかな?


 星崎は長いまつ毛を伏せて目を細めてくると、組んでいる両膝のなかに顔を埋めるようにして語りかけてくる。


「だけど、どんなに憧れを抱いても、実現するためにはそれに見合った能力が必要なのよ。残酷だけどね。幸運なことに、わたしは小さい頃から将来の目標が定まっていて、人並み以上になんでもできなくちゃいけないって意識が芽生えていたから、早い時期から努力することを覚えたわ。運動や勉強も周りにいる人たちよりもできるようになりたくて、自分の能力を伸ばしていった」


 どうやら星崎は意識が高い系の子供だったようだ。なんだかそれ、すっごく想像がつくな。そのおかげもあって、早い時期から自分を高めるようになったんだろう。


「最初はわたしと張り合おうとする同年代の子もいたけど、そのうちわたしと争うことは無意味だと悟ったんでしょうね。みんな諦めていった。どうせ競ってもわたしには勝てないって、気づいてしまうのよ。なぜそういう思考にいたるのか理解できなかったけど、周りにいる子供たちよりも、わたしのほうが優れていることは理解できたわ」


 星崎は切なそうに声色を落として、心の奥のほうに仕舞っていた過去を打ち明けてくる。誰も自分にはついてこられないんだって、星崎自身は知りたくなかったはずだ。


 星崎は生まれ持っての能力が高い。その能力をあげることにも妥協がなかった。飛び抜けて優秀だからこそ孤独で、そばにいられる人間がほとんどいなかった。友人じゃなくても、ライバルでもいいから、そういう相手が見つかればよかったんだけど、残念ながら星崎は出会えなかったんだな。


 周りの子たちからすれば、優秀な星崎マナカは敬遠したい相手だったに違いない。


「あの本にも書いてあったわよ。冒険者に憧れても、素質がなくて諦めていく人たちや、冒険者になれたとしても、能力不足で引退したり、命を落とす人たちが山ほどいるって」


 実力がなければ、続けることはできない。それが現実だ。


「だから能力のない人間が身の丈にあわない望みを持つことは、まちがっているわ。分相応に生きること。それが本人のためよ」


 悲しそうに視線を伏せながら、星崎は痛みを堪えるような顔をしていた。


 その述懐を聞いて、ピンとくる。


 出会ったばかりの頃、星崎は俺に能力不足だから冒険者を辞めるように告げてきた。


 侮辱されたような気分になって腹が立ったけど、いま思い返せばあれは俺の身を案じていたんだ。命を落とす前に、危険なことはやめるべきだって、星崎は忠告していた。


 不器用にもほどがあるな。ボッチが故に、コミュ力の低さがうかがえる。


 星崎の考えは正しい。身の丈にあわない望みを抱いても、その大半が報われはしない。それはもともと俺がいた現実世界でも、このゲーム世界でも同じだ。


 ……けれど。


「たとえ身を滅ぼすことになったとしても、理想に届かなかったとしても、求めた望みに向かって突っ走れたなら、そいつは幸せなんだと思うぜ。他人が勝手にどうこう決めつけていいことじゃない」


 後悔することになったとしても、憧れを目指すことができたのなら、きっと幸せなはずだ。


 そういった連中は、べつに正しさを求めているわけじゃないからな。


 俺の反論を耳にすると、星崎は険のある視線を向けてくる。


「どうやら光城くんとは意見があわないようね。はじめて剣を交えたときから、それは気づいていたけど」 


 フンッと星崎は鼻を鳴らす。


 これに関しては、お互い平行線みたいだ。パーティを組んでいる仲間だからって、なんでもかんでもわかりあえるわけじゃない。





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