表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絵本の国の  作者: 新名
3/3

Chapter2 はじまりの色


「猫……?」


どピンクの猫、最初の印象はまさにそれ。猫といっても本物の猫ではなく、コスプレだ。薄いピンクと濃いピンクのしましま模様の服を着た人。耳と尻尾を付けた人。ステージ上の演説台の上に寝そべり、あくびしながらこちらを見ている。


……今、アリスと呼ばなかったか。


あの人?のコスプレといい、アリスといい、まるで不思議の国のアリスだ。確かチシャネコという名前だったはず。


何?アリス?私に向かって話してる……よね?


「チシャネコ」さんの視線の先には私しかいない。正確にいうと、動ける人は私しかいない。


「アリス、そんなに揺らすと壊れるよ」


のんびりとした口調で話すそのネコの言葉に、脳内処理が追いつかない。


「それともアリスは壊したいのかい?」


その言葉にパッと圭から手を離す。壊れるって、壊れるって圭がってことだよね!?

ドクドクと鼓動が早くなる。大丈夫、壊れていない。大丈夫。

落ち着かない私の鼓動を置き去りに、「チシャネコ」は再びあくびをした。


「あ、あの……あなたは?」


「チシャネコだよ」


「やっぱりチシャネコ……」


不思議の国のアリスそのままだ。やはりコスプレなのだろうか?いや、不審者?

チシャネコさんはこの状況を何とも思っていないのか、ただのんびりと私を眺める。


たとえ不審者だろうが何だろうが、この状況下でふざけている場合ではない。

こんな中でも冷静な彼は、何か知っているのではないだろうか。

コスプレだろうがなんでもいい。

そもそも私以外に動けるのは彼しかいないのだ、今のところ。

それは、質問できる貴重な存在だということでもある。


「あの、」


振り絞る声が震える、チシャネコさんはゆったりと尻尾をくねらせて、私の次の言葉を待っている。あんなにしなやかに動くなんて、あの尻尾はもしや本物ではないのか。


一歩前へ足を踏み出す。

こつん、なんていい音ではなく、頼りなげなぺたん、という音。それが体育館に反響して、余計不安になる。広い空間に、あまりにも小さな足音。壇上のピンクはそんな私の挙動を何も言わずに黙って見つめる。


「あの、どうして、」


ステージの下まで辿り着くと、そこからチシャネコさんを見上げる。


「どうしてみんな動かないのか、ご存じですか?」


尻すぼみになっていく、私の声。最初から大きいとは言えないその声が、更に小さくなっていく。でも、それでも不気味なくらいしっかりと響き渡る、私の音。


「気づいたらみんな……みんな止まってて……」


情けないくらい震えているのがわかる。

一段も二段も高い場所にいるチシャネコさんからは、どうしようもないほど情けなく見えているに違いない。

ゆっくりと動いていた彼のしましまの尻尾が、ピタリと動きを止めた。


「動かない、じゃなくて、動けないんだよ。誰かが時間を止めちゃったのさ」


ああ、やっぱり。

驚きよりも何よりも「なんだ、やっぱりそうか」と納得している自分がいる。現に、みんなは動かない。時計も、時を刻むことを放棄してしまっている。


だけど、


だけど、


「そ、そんなおかしなことを言わないでください!!そんなこと、出来るわけないじゃないですか!!」


誰かが、時間を止めた?

そんな馬鹿な話があるものだろうか。


「じゃあ、どうしてみんなは止まっているんだい?」


「それは……っ、それは……」


「信じられないのはわかるけれどね、アリス。真実を見失ってはいけないよ」


「真実って、言われても……」


私は何か大事なものを、見失っているのだろうか。


「思い出して。忘れてしまった真実を。覚えてしまった嘘を。答えはアリスの中にあるよ」


三日月を横倒しにしたような口で、にい、と笑う。

キラキラとした青い瞳は、空の色を連想させた。


「どういうことですか?」


音も立てず、しなやかにステージから飛び降りる。本当に猫みたいな人だ。


「大丈夫、アリスにならわかるはずさ」


パチン、という音がした。何かが割れるような音。どこか嗅いだことのあるような香りを残して、


「き、えた……」


チシャネコさんは、姿を消した。



忘れてしまった真実とは、

覚えてしまった嘘とは、

何のことだろう。


夢であってほしいな。これ全部。

これが全部夢で、本当は学校にもまだ着いてなくて。

急いで学校に向かって「変な夢みちゃったよ」なんてみんなに話して笑ってさ。

校長の話は長くてもいい。短い方がいいけれど、もう贅沢は言わない。

だから夢であって。


俯いた先に、何かを捉えた。およそ体育館には相応しくない、ピンク色。キラキラひかる、エナメルのような鮮やかな色。それは私の横を通り、体育館の出入り口へと続いていた。ドアの先にも、かすかだがそれが確認できる。


ネコの肉球のような、可愛らしい足跡。まるで決められた細い道をまっすぐ歩いているかのように、歪みなく均一につづいているそれ。


ついてこいって、ことなのかな。


あまりにもわかりやすすぎるその目印。足跡もピンクだなんて、まるでピンクの絵の具を足裏に塗りたくったみたいだ。


チシャネコさんは、絶対何かを知っている。


ここでうじうじしていても仕方がない。

ここにいたところで何が変わるというのだろうか、なんて前向きに考えてみたけれど。

本当は、この空間に一人でジッと待っていることが、とてつもなく恐ろしかった。


生きているのに動かないみんな。いつまで経ってもこのままだったら?


そんな考えが頭の中を巡っておかしくなりそうだ。だからこそ、


足跡をたどろう。


そう思った。


一度曲を思い出すと、そのフレーズが頭の中で反芻するのはどうしてだろうか。

こんな時だというのに、朝の新曲のワンフレーズが頭の中をまわりはじめる。


君の声がとても優しくて 忘れたくないと思った。

だけど時の流れは残酷で 掴んだ先から消えていく

過去の君は 現在のきみは 未来の君は

はたして僕を好きでいてくれるのだろうか


細く開いたドアから身体をねじり出す。開くかなと思ってドアを動かそうとしたけれど



『壊れるよ』


チシャネコさんの声をくっきりと思い出して、怖くなってやめた。


時の流れ、か。


残酷でもいいから、早く時間が動いてほしい。


歌詞と正反対であろうことを切実に願いながら、私は体育館を後にした。


ピンクの足跡が、キラキラと輝いていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ