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第48話 ハスキーガール

 ライブハウスを出て、とある場所へ僕と陽介はひた走っていた。

 ライブ本番まではまだ時間の余裕がある。普通にベースを貸してもらえさえすれば何の問題もない。


「なあ融、お前がわざわざついてきたってことは、多分俺一人だとどうにもならないってことなんだよな?」


「そういうわけじゃないさ。でも、あの人が今大変な状況だっていうのは覚えてる」


「……ということは、結構手こずるかもな」


 僕が言葉を濁していることに陽介は感づいたらしい。ここで答えを言うのは簡単だけど、それはなんとなくフェアじゃないような気がして、僕はこんな中途半端な返しをしていた。


 10分もしないうちに目的地へたどり着く。

 場所はとある賃貸マンションの一室の前。陽介は躊躇いなく呼び鈴を押す。


「――俺だよ、陽介だよ」


『カギ、開いてるから。入ればいい』


 思ったより早くレスポンスが返ってきた。インターホンのスピーカーからは、ハスキーボイスな女性の声。

 カギが開いているということで、僕らは部屋の中へと入る。


 あまり広いとは言えない1Kのやや散らかった部屋。

 中にはひとりの女性の人影がある。陽介がやってきたというのに、ジーンズとキャミソールという少しだらしのない格好。

 窓を開けて空を見上げながら、『その人』はタバコを吹かしていた。

 手元には灰皿とお酒の缶があって、何もせずにずっとこんな感じなんだろうなと想像がつく。


「……一人暮らしの割になかなか不用心だな。姉さん」


 呆気に取られた陽介がなんとか言葉を絞り出す。

 そう、『その人』というのは陽介の姉。岩本いわもと明菜あきなさんだ。

 陽介が音楽を始めようというきっかけを作った人で、まあ腕のあるベーシストでもある。


「どうした陽介? こんな昼間に私のところに来るなんて珍しい。お前も飲むか? ツレもいるみたいだし」


「飲まないよ。そもそも飲める歳じゃない」


「じゃあ何しに来たんだよ。仲良く姉弟で喋り明かそうって感じの顔じゃないよな」


 酔いが回っているのか、明菜さんは不敵にニヤリと笑う。

 独特な彼女のペースに巻き込まれないよう、陽介はスッと息を吸い込んだ。


「――単刀直入に言う。ベースを貸してくれ」


 理由とか言い訳など一切なくシンプルにそう告げると、少しだけ間をおいて明菜さんは呟く。


「……そんなもの、この部屋には無いよ」


「嘘だろ? あれだけ狂ったようにベースを弾いていた姉さんが、バンドを辞めただけじゃなくてベースまで手放したなんて……」


「嘘じゃないよ。これは本当。もうバンドもやらないし、ベースを弾くこともない」


 明菜さんは自嘲するようにそう言うと、手に持っていた酒の缶に口をつける。

 そのやさぐれた彼女の姿で、陽介は何かスイッチが入ってしまった。


「どうしてだよ! バンドを辞めることはあっても、ベースまで手放すことはないだろ!」


「どうしたもこうしたもない。私には音楽なんて向いてなかった。それだけだよ」


「そんなわけないだろ! だって俺は、姉さんに憧れて……」


「目を覚ませよ陽介。正直、お前もわかっているんだろ? 私達程度の実力じゃ、せいぜいこの街でちょっと名が通るかもってレベルだって」


 胸を突き刺すような言葉に、陽介は一瞬言葉を失う。

 不安になった僕はとっさに陽介へと声をかけた。


「陽介……?」


「大丈夫だ……。確かにそう思っていたのも事実。宅録コンテストに落ちたときは、本当に音楽を辞めてやろうって思っていたから」


 陽介はもう一度息を深く吸い込んで気を取り直す。

 ここで終わってたまるかと、そういう気迫みたいなものが彼の瞳には滾っているのがわかった。


「でも今は違う。才能があるやつがいて、みんなを支えてくれるやつもいる。ピンチになったら真っ先に救ってやりたいなと思う人も出来た」


「そりゃあいい青春ごっこだな。さぞかし楽しいだろう」


「姉さんだって、たまたま周りにそういう人がいなかっただけなんだって! だからバンドは辞めても、音楽まで辞める必要なんて絶対にないはずなんだよ!」


「そいつは違うな」


 違わないだろと陽介はもう一度叫ぶ。


「――違うんだよ、陽介」


 僕はこれ以上いけないと思って言葉を発してしまった。

 このまま姉弟喧嘩になってしまっても、なんの意味もない。


「融までそんなことを言うのかよ!」


「陽介、落ち着いて。今、明菜さんは……」


「落ち着けるかよ! 俺がバンドマンとして憧れている姉さんがこんな状況なのはさすがに我慢ならないんだよ!」


「……そうじゃないんだ。明菜さんは、本当のことを隠している」


 どういうことだよ、と、陽介は我に返る。

 僕から真実を告げるべきか迷っているうちに、明菜さんが口を開く。


「へえ、どこで知ったのか知らないけど、そこのツレくんはわかっているみたいだね」


「ね、姉さん……?」


「聞いてよ陽介。実は私はもう……、ベースが弾けないんだよ」


 心がくじけてしまったときのような声色で明菜さんがそう言うと、この部屋の中だけ時間が止まったかのような静寂に包まれた。

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サブタイトルはコンテンポラリーな生活『ハスキーガール』

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「出会って15年で合体するラブコメ。 〜田舎へ帰ってきたバツイチ女性恐怖症の僕を待っていたのは、元AV女優の幼馴染でした〜」

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