第46話 刃
予選ライブ当日。会場となる名古屋市内のとあるライブハウスに僕らは集まっていた。
「とりあえずみんな集合出来たね。遅刻しなくて良かったよ」
「そんな大袈裟だな。11時集合なら朝に弱いヤツでもなんとかなるだろ」
「いやいや、午前中に集合時間を設定すると絶対に遅れてくる人も世の中にはいるんだよ」
「そいつ、夜型人間過ぎて最早吸血鬼なんじゃないか?」
見た目によらず朝型人間な理沙がそう言うと、ハハハと僕は笑う。
バンドマンというのは夜型人間が多い。それゆえ、午前中に集合しようものならドラキュラのように身体が解けそうになる人を僕は何人も見てきた。
ふと横を見ると「ギクッ」という擬音が似合いそうな表情をした時雨がそこにいた。
「……時雨? どうしたの?」
「う、ううん、なんでもない」
「もしかして時雨、朝弱いとか?」
「そ、そんなことない…………よ? 私、十字架見ても平気だし」
時雨が吸血鬼であることを疑っているわけじゃないよと、みんなクスッと笑う。計算したボケなのか天然ものなのかわからないけど、時雨のこういう一面も最近はよく見えるようになった。
僕らが心を許せる間柄だという、何よりの証拠だろう。
「朝が弱くても生きていけるから心配しなくても大丈夫だよ。もし心配なら早起きな人にモーニングコールしてもらえばいいし」
「じゃ、じゃあ、今度早起きが必要なときは、融がモーニングコールしてくれる?」
睡眠が好きな僕は、モーニングコールをやってくれなんて言われてしまい戸惑ってしまう。
「いいけど……、僕そんなに朝強くないよ? なんなら理沙とか陽介のほうが早起き得意だしわざわざ僕じゃ――」
「よーし、じゃあ融を朝型早起き人間にするためにこれから特訓してやるかー。なあ岩本」
「……そうだな。モーニングコールは朝5時でいいか?」
とりあえずやんわり他に適任がいるよと言おうとすると、なぜか理沙と陽介が食い気味にツッコミを入れてくる。
陽介も早起きは得意な方だったので、この2人に鍛えられればまず間違いなく朝型人間になれるだろう。
そんな雰囲気で緊張感もなく談笑をしていると、横槍を入れるようにあの声が聞こえてきた。
「おやおや、随分呑気だな。もう俺達との勝負は諦めた感じか?」
「小笠原っ……!」
現れたのは小笠原だった。
相変わらず他のメンバーは寝坊気味のようで、他に誰も到着はしていない。
ひとりとはいえ、自信満々の小笠原はまるで僕らを見下すかのように言葉を続ける。
「メンバーがひとり増えたようだけど、その程度の付け焼き刃じゃこの間と何も変わらないよ」
「お前が言うなよな。私達から見たら小笠原のほうこそスリアンにとっての付け焼き刃みたいなもんだし」
「付け焼き刃じゃないのはこの間のライブで証明しただろ? あれが本当の俺の実力なんだ。今まで日の目を見ずに、クソみたいなメンバーのせいで煮え湯を飲まされてきたんだからな」
「お前、クソみたいなメンバーって……」
理沙が小笠原の売り言葉に食いつきそうになる。
しかしそれを陽介が冷静に引き止めた。
「片岡、やめとけ。そいつに何言っても無駄だよ」
「わ、わかってるけど……」
「付け焼き刃なのは事実だしな。俺が足を引っ張ることだってあり得ない話じゃない」
「で、でもお前は……」
理沙は何か言いたいことがあるようだったけど、陽介に抑えられてその言葉をぐっと飲み込む。
こういうとき僕は、陽介というやつはいつも冷静で凄いなと思っていた。でも本当は抱え込んでいることが結構多くて、吐き出せず苦しんでいる。そういう弱さを彼だって持っているのがやっとわかった。
それでも彼は前に進んでいる。飲み込むだけだった言葉を、形を変えて吐き出す方法を、陽介は少しだけ身につけていた。
「――だから全部ステージで白黒つければいいんだ。ここで言い合うよりよっぽど良い」
小笠原に向かってビシッと言い切る陽介は、やっぱりかっこいいなと思う。
僕はやっぱり、こいつとバンドをやって正解だったなあなんて、ちょっと呑気なことを考える。
「ふふふ。ちゃんとわかっているみたいじゃないか。まあ、せいぜい足掻けばいいんじゃない? どんなに暴れても俺達の勝ちは揺るがないけど」
小笠原はもう自分の勝利を確信してやまない。
確かにスリアンの実力は圧倒的だ。でも、僕らだって決して勝ち目がないわけじゃない。
「小笠原がそう言うなら、僕らは存分に足掻かせてもらうことにするよ。諦めの悪さには自信があるからね」
「減らず口を」
陽介の言葉に乗っかるように言い放った僕の言葉が気に入らなかったのか、小笠原は捨て台詞を吐いてどこかへいなくなってしまった。
「ったく、何だったんだあいつ」
「自信満々の割に挑発しにくるのって、なんだか変な感じがする」
時雨は何か違和感に気づいたようだった。
でもその違和感は小さすぎて、特段誰も気にしていなかった。
「ただ威張りたいだけだろ? うちらと違って時間にルーズだから全員揃うまで暇なんだよきっと」
理沙がそう言うと、みんなそうだなと納得して、変な違和感など忘れてしまうように笑みをこぼした。
そうして訪れたリハーサルで事件は起こる。
「それじゃあサウンドチェックお願いしまーす」
ライブハウスのPAさんがそう挨拶すると、ステージ上で機材をスタンバイした僕らはひとつずつ楽器を鳴らしていく。
すると、理沙のベースの音出しだけ一向に始まらない。
「あ、あれ……? おかしいな」
「理沙? どうしたの?」
「い、いや、ベースの音が出ないんだよ。昨日はちゃんと出てたのに」
どれだけアンプの出力をあげても、強く弦を弾いても、理沙のベースの音はアンプから出てこなかった。
読んで頂きありがとうございます
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余談ですが、拙作がカクヨムコン8にて特別賞とCW賞を受賞いたしました
これも皆様の応援あってことでございます
本当にありがとうございました!
サブタイトルはTHE BACK HORN『刃』




