第45話 なんでもないよ、
適当に腰掛けたテーブル席には何故かかき氷とフライドポテトが並んでいた。
油ものと氷という、なんともお腹を壊しそうな食べ合わせ。
対面に座る理沙がフライドポテトをつまみ始めたので、僕はノータッチのかき氷を手に取った。
「にしても融、よく岩本を加入させようって思ったよな」
氷をかきこんで頭がキーンと痛み始めた頃に理沙はそんなことを言う。
僕は一旦頭を叩いて痛みがおさまるのを待ってから返事をした。
「そうかな? 陽介は今やフリーだし、ギターも結構上手いからこれしかないと思ってたけど」
「違うよ。岩本を選んだことじゃなくて、そもそもよくメンバーを足そうと思ったよなって」
「そりゃ、野口と実松さんにあんな感じに言われちゃったらね」
「確かにあの2人、何気に鋭いこと言うんだよな。『おかずのない美味い白米』なんて絶妙な比喩過ぎて思い出すと笑っちゃうな」
理沙は半ば吹き出すかのように笑う。
「野口、いいセンスしてるよね。昔からあんな感じだったよ」
「毎回ライブに呼んだほうがいいんじゃないか? その度に改善点を見つけてくれそうだし」
「ハハハ、確かに」
事実、1周目のときでも野口は頻繁にライブへ来てくれた。
多分今回もそうなるだろう。なんせカメラが趣味になってしまったのだから。それも、おそらく添い遂げるであろう彼女と共通の趣味。今のうちに専属カメラマンとして囲っておいても悪くないかもしれない。
「……んで、融はいいのかよ。時雨と岩本を2人にさせておいて」
理沙はMサイズのフライドポテトカップから一番長そうな一本を取り出して口へと運びながらそう言う。
「いいも何も、まずはあの曲を時雨に合わせてアレンジしなきゃだし。それまで僕はヒマだし」
「ちげぇよ……、そうじゃなくて、その……」
僕が当たり前だよと言わんばかりに返すと、理沙は何か言いたげだった。
なんとなく彼女の言いたいことは想像できる。頭の良い理沙のことだ、多分陽介がまた僕らを振り回さないか心配をしているのだろう。
でもその心配はしていない。彼には僕のすべてを打ち明けた。何かがこじれてしまうということは絶対にないという自信があった。
だから理沙の気持ちを落ち着かせるように、僕はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「大丈夫だよ。この間のレコーディングのときみたいに陽介がみんなを振り回すようなことはないから」
「……まあ、そうなんだけどさ」
「それに、せっかく同じバンドの中にソングライターが2人いるんだから、お互いにいい刺激になるんじゃないかなって思った」
「……こりゃ、時間がかかるな」
ぎりぎり聞こえるか聞こえないかの音量で理沙は言う。
僕は爆音を聴いた後だったので、理沙の言葉がよく聞こえなかった。
「理沙? 何か言った?」
「なんでもないよ、独り言だ」
逃げるようにそう言った理沙は、この話はやめにしようと言わんばかりにフライドポテトを口の中へ放り込む。
悪魔的なその油の香りに当てられた僕は、キンキンのかき氷を手にしたことを少しだけ後悔した。
「そういえばなんだけどさ、融は岩本の『憧れの人』って知ってるのか?」
理沙は話題を無理矢理変えてきた。
陽介の『憧れの人』、知っていると言えば知っている。けれども、ここで知っていると振る舞うのは悪手な気がして、僕はすっとぼけた返答する。
「あ、憧れの人……? いや、よくわからないなあ」
「そうか。ならいいや」
「どうしたのさ、突拍子もなくそんなことを訊くなんて」
「いや、この間そんなことをあいつが言ってたから気になっただけだ」
先日のスパークルランドでの事だろうか。
観覧車の中で理沙と陽介はそんな話をしたのだろう。
「なんか、その憧れの人が音楽を辞めそうみたいなことを言ってた。それであいつ、気が滅入って自分も音楽辞めようかなって思ってたらしい」
「……なるほどね。そういう事情があったんだ」
「だから融が岩本をうちに加入するように説得したのってものすごくタイムリーだったんだなって」
「た、タイムリー」
タイムリーがタイムリープに聞こえてしまった僕は変に動揺してしまう。
慌てて何事もなかったように取り繕うけど、理沙はやっぱり気づいていた。
「ん? どうした?」
「い、いや、なんでもないよ、うまいこと陽介を説得出来たのは偶然だったんだなって」
取ってつけたような言い訳でごまかす。こういうときに理沙は深入りしてこないから助かる。
「でもその憧れの人が音楽辞めちゃうって、結構キツいよな。好きなバンドが解散してしまう感じ? そこで終わりなのかと思うと、切ないというか……」
「確かにね。辞めるに至る理由がちゃんとあるんだろうけど、それがわからないのなら尚更ね」
「あいつはもしかして、自分が再起しようとしているのをその人に見せたかったりするのかな」
「どうだろうね、わからないや」
本当はそんなことなど僕はわかっている。でもすぐに答えを出してしまうのはやっぱり駄目な気がするのだ。
もちろん、僕が正解へと導くことができるのならそうする。しかし陽介とその憧れの人の問題について、僕は正解を知らない。下手をこけば1周目より悪くなることだってある。だから不用意に回答をするのはやめた。
小難しいことを考えるのが好きではない理沙は、この話題も深入りするのをやめる。
彼女はいつもシンプルに、それでいて真っ直ぐだ。
「まあ、なんにせよ予選ライブであの小笠原の鼻っ柱をへし折らないとな」
「そうだね。頑張ろう」
「うわー、すげー色だぞ融」
「えっ……?」
かき氷シロップで真っ青になった僕の舌を見て、理沙はクスッと笑う。
やっぱりフライドポテトにしとけばよかったかもしれない。
サブタイトルはマカロニえんぴつ「なんでもないよ、」




