第44話 僕の見たビートルズはTVの中
陽介の加入効果は絶大だった。
勤勉な彼の性格もあって、既に『トランスペアレント・ガール』と『our song』に関しては完成度十分と言ったところ。
「さすが陽介、もうステージに上がっても大丈夫そうだね」
「まあな」
クールな表情で陽介は得意気に言い放つ。
今のところ、うちのバンドの曲を彼より上手に弾きこなせるリードギタリストはいないだろう。人選としては間違いない。
女性陣2人もその出来に驚いていた。特に理沙はこの間までフレーズを考えることに悩んでいたのもあって、半ばやっかみのように陽介へこう言う。
「まさか岩本がこんなに弾き込んできていたとはなあ。私が入ったときだって、ベースのフレーズを考えるのに結構時間を費やしたんだけど」
「ほとんど真っ直ぐ弾いているくせにか?」
陽介が冗談っぽく煽ると、理沙はムカッとしたようですぐさま切り返す。
「バーカ! お前が考えてくるヘンテコなフレーズより100億倍マシだっての!」
「どうだか」
喧嘩っぽく見えるけれど、この2人はそれほど険悪というわけではない。
むしろ理沙は僕なんかよりも陽介と仲がいいんじゃないかと思ったりするぐらいだ。
その2人のやりとりで談笑していると、ふとした間が出来る。
すると時雨はその間を縫うようにこんなことを言い始める。
「あのね、ちょっと思ったことがあるんだ」
「どうしたの時雨?」
ふっと空気が変わるようなそんな透き通った声。
3曲目をどうにかしなければいけないという焦りのある中で、不思議と彼女は落ち着いているように見えた。
「予選ライブで演奏する3曲目なんだけど、岩本くんのあの曲を演ったらどうかなって」
「あの曲って……、『From Now On』のこと?」
「そう。かっこいい曲だなって。さねま……麻李衣ちゃんの言ってた『どかーん』っていうのが足りないっていうのも、この曲なら補えるんじゃないかな?」
時雨の案はウルトラCと言えるものだった。
もちろん新しい曲を時雨が作るという方法もある。ただしかしこれには少々時間が足りない。
ぎりぎりで形になったとしても、完成度の高いものが出来るかといえば答えはノーだろう。
そこで陽介の曲を採用してしまえば、そんな状況は一気に打破される。
なんせ時雨と理沙はこの曲をレコーディングしているのだ。何度も聴いたり演奏したりしているのだから、自ずと身体に染み付いている。陽介に関しては言うまでもない。
そして、もちろん僕だってそう。
この『From Now On』よりも僕が叩いた曲はこの世に存在しないのだから。
時雨の案はとても合理的だ。でも僕は一瞬躊躇ってしまう。
「それはそうかもだけど……、陽介の曲だし……」
腰が引けていた僕を見て、陽介は食い気味に口を挟む。
「俺のネタとかアイデアが活きるなら、どんどん使ってやってほしい」
すがるような思いを含んだ言葉。端から否定するつもりなど全くなかったけど、もう僕には彼を否定する台詞など出なくなった。
「そ、そう言ってもらえるなら、とても助かるよ」
「……まあでも、このバンドのソングライターは奈良原だろ? 俺の曲なんて演奏してもいいのかって思うところはある」
それもそうだ。バンドに加入していきなり自分の曲が採用されそうになっているのだ、ちょっと気が引けるのも頷ける。
しかし、そんな陽介の心配など全く気にしないかのように、時雨は返答する。
「私は文句ないよ。……理沙と融は?」
「異存なし。私からしてみたら、ソングライターなんて何人いても構わないと思うけどな。ビートルズだってブルーハーツだって2人のソングライターで成り立ってるし」
「比較対象がその2バンドっていうのが片岡っぽいな」
「うるさい」
理沙は陽介に茶化されながらも、彼の曲を採用することには肯定的だ。
そうであれば僕も素直に賛成しようと思う。
「僕もいいと思うよ。時雨にも陽介にも、お互いにいい刺激になると思う」
「そう言ってもらえると助かる。この曲も、死なずにすんで良かった」
そこで初めて陽介の表情が緩んだ気がした。
僕のゴーサインが出るかどうかが一番のネックだと思われていたのだろうか。改めて僕がバンマスだと認識させられると、少し身が引き締まる思いだ。
本当はそんなことよりももっとズルいことを考えているなんて、ここでは絶対に言えない。とにかくこの4人のバンドを続けていくために、必要な選択だったのだ。決まったならばあとはやるだけ。
「それじゃあ、とりあえず時雨のボーカルにこの曲のキーを合わせよう」
「うん。じゃあ岩本くん、よろしくお願い」
「ああ」
「演奏のアレンジはその後になるから、僕はちょっと休憩入れてくるよ」
ちょうど喉も渇いていたので、僕はスタジオの重い防音扉を開くとそのままショッピングモールのフードコートへと向かった。
なんとなく、ひとりになりたいそんな気分だった。
フードコートに着いて、スガキヤのかき氷にしようかマクドナルドで小腹を埋めようか悩んでいると、後ろからふと声をかけられる。
「融、何食うんだ?」
「うわっ、びっくりした。理沙か……」
振り向くとそこには理沙がいた。彼女も僕と同じで陽介が時雨にティーチングしている間、手持ち無沙汰になってしまったようだ。
「そんなに驚くなよ。それより、何食べるつもりだったんだよ」
「ええっと、かき氷にしようかマクドナルドでポテトでも買ってつまもうか迷ってた」
「そんなチマチマ買うので悩まなくても、全部買っちゃえば良いんだよ」
理沙はスガキヤのカウンターで注文して呼び出しベルを受け取ると、その足で隣のマクドナルドへ並び始めた。
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サブタイトルは斉藤和義『僕の見たビートルズはTVの中』




