第42話 未来の破片
「――僕は、10年後の未来からきた。タイムリープってやつだ」
まるで漫画や小説の世界のようなセリフだ。このままずっと誰にも言うつもりなどなかったのだけれども、まさかこんな銭湯の湯船の中で言うとは思いもしなかった。しかも、陽介相手に。
陽介はその言葉を聞いて黙り込む。少なくともさっきまで帰る気まんまんだったので、抑止力としての効果はあったらしい。
「……少し逆上せたかもしれない。一旦上がる」
「ああ……、そうだな」
僕と陽介は湯船から出て、大浴場の中に2つ並べて置かれているプラスチックのバスチェアに腰掛ける。
座ってからも彼は少しだけ考え込んだが、何か腹落ちしたのか再び僕の話を聞く気になったらしい。
「……続けてくれ融。これまでのお前の行動原理になった『未来』のこと、教えてほしい」
「わ、わかった。でも、これはかなり僕の主観が入る。事実ではないかもしれない」
「タイムリープしてきたんなら事実もクソもない。いいから洗いざらい教えてくれ」
陽介は今までで1番強い眼差しで僕を見つめる。
一瞬怯んでしまいそうになる目だ。それでも僕はなんとか気を取り直して1周目の出来事――陽介の言う『未来』のことを語り始めた。
僕と陽介はバンドを組んでいたこと。デビュー直前で僕はクビを宣告されてしまったこと。
奈良原時雨が実は今をときめくシンガーソングライターであったこと。その彼女が現世を憂いて自宅マンションから飛び降りたこと。
さらに言えば、陽介の実家の会社は10年と経たないうちに廃業に追い込まれること。
そして最後に、僕は今そんな未来を回避するために足掻いていること。
包み隠さず、全部吐き出した。
「――そういうわけなんだよ。だから陽介にとって僕は、答えを知っているかのように映る」
秘密を吐き出してしまうと案外気持ちは楽になってしまうものだ。
今までモヤモヤしていたことは、もしかしたらちょっとした拷問だったのかもしれないなんて、僕はひとりで自嘲した。
一方で陽介は表情ひとつ変えず僕の話を聞いていた。
普通だったら耳を塞ぎたくなることもあるだろうに、彼はすべてを聞き入れた。
僕が話し終えると、張り詰めていたものが弛緩したかのように陽介は大きく息を吐いた。
「……やっぱりよく分からないな」
「まあ、突然こんなことを言われてもそりゃそうだよ」
「でも何故か、ちょっと安心している自分がいる」
「どうして?」
陽介の意外な返答に僕は驚いた。
僕の話す『未来』では完全に陽介は悪者で、聞いていて気持ちのいいものではない。それなのに、彼には先程まで僕に向けていたトゲトゲしい雰囲気がすっかり無くなっていた。
「『未来』で悪者だった俺に、そんなことを全部話してくれたんだろ。手の内まで明かしたんだったら、それはもう敵じゃない」
「陽介のことを敵だとか、そういうつもりは……」
「いいんだ敵で。いや、敵だったと言うべきか。それが分かってやっと、今までの融の行動にも納得がいく」
「お、怒ってないのか……?」
陽介は怒る気も起きないなと、清々しい表情で言う。
しかしその表情はすぐに曇り始めてどこかへいなくなってしまった。
「……まあ、これは俺が受けるべき罰みたいなもんなんだろうな」
陽介は黙り込んだ。
その物憂げな彼の表情には見覚えがあった。
辛いことを抱えているくせに必死で隠そうとする、限界ぎりぎりみたいな顔。
1周目でクビになる何日か前、陽介と2人で久しぶりに飲みに行ったとき、彼はずっとこんな表情だった。
思えばあの時に僕をクビにすると伝えたかったのかもしれない。それだけじゃない、もっと吐き出したかった別の事情も抱えていたんだ。
陽介は何でもできる。それゆえ、僕は彼に頼り切っていた。彼のことを強い奴だと思っていた。
でも違う。今の陽介を見てよくわかった。陽介は強く見せるためになんでも抱え込んで、自分でなんとかしようと足掻いて、ぎりぎりのところで綱渡りをしていたんだ。
もしかしたら悪者は僕のほうかもしれない。
でも、誰が悪いのかを確認する手段はもうない。誰も悪くないといえば、それもまた正解だ。
ただひとつ僕が思うことは、それでも陽介ともう一度バンドをやりたいということ。
陽介の過ちと僕の過ち、一度チャラにしてやり直したい。時雨のためとか、コンテストを勝ち上がるためとか、そういうことを抜きにしてそんな気持ちが芽生えてきた。
「なあ陽介、もう一度やり直さないか」
「ははっ、面白いことを言うな。確かに融にとってはやり直しかもだけど、俺にとっては初めてだよ」
それもそうだなと、僕はお得意のすっとぼけた感じで言う。
「『未来』の僕はさ、陽介にずっと頼りきりで、どんな辛い事を抱えているかなんて全くわからなかった」
「多分そうだろうな。俺なら、皆にわからないように振る舞うだろうよ」
「でも今、バンドのリーダー担ってよくわかった。これに加えて曲を作ったり詞を書いたり、フロントマンとして歌ったり、大変なことを陽介はやっていたんだなって」
これは紛れもない本心。僕自身自覚していなかったけれど、相当な信頼を彼に置いていた。そして僕は、陽介を尊敬していたんだ。
「バランスが狂えば、陽介にとって僕が望まない存在になって、クビを切られてしまうことも仕方がない。でも今は違う。対等だ。僕はもう自分の技術に慢心なんてしないし、陽介にすべてを背負わせることもしない。だから……」
「……わかったよ。それ以上言うな。野暮ってもんだ」
「じゃあ……、本当に……? いいのか?」
「まあ、このまま家業を継ごうとしても無意味らしいし、もうちょい音楽で足掻くのも悪くないかなってな」
素直じゃないなと僕は言うと、タイムリープを隠していた奴に言われたくないと陽介に返される。確かにそうだ。
「……改めて、よろしく頼む」
「ようこそ、……いや、おかえり、ストレンジ・カメレオンへ」
僕は陽介へ手を差し出すと、彼は力強く握り返してきた。
それがとても嬉しかったので、この感覚は忘れないでおこうと思う。
ちなみにその後は湯冷めした身体を温め直すためにサウナに入った。
本当は1周目で陽介がサウナの良さを僕に教えてくれていたのだけれども、今回は全く逆の形になった。案の定、サウナの気持ちよさに彼は一発でハマったらしい。
今度、思い出巡りとしてサウナを回るのもいいかもしれない。
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サブタイトルはASIAN KUNG-FU GENERATION『未来の破片』




