第41話 Secret of my heart
陽介にどうアプローチしたらいいのか、正直なところ全くわからなかった。
このままの状態で彼に接触すれば、ふざけるなと言われても仕方がないのだ。
それもそのはず。僕が陽介と一緒にバンドをやることを拒否した果ての現状がこれなのだから、今になって僕から助けてやると言うのは陽介にとって屈辱以外の何物でもない。
だから普通ではないぶっ飛んだアプローチが必要だ。
僕は切るかどうかずっと迷っていたカードを切ることにした。もしこれが失敗してしまったら僕としてはかなり痛い。でもそれぐらいでなければ陽介を揺さぶることはできないと思ったのだ。
具体的に何をしたかというと、僕は今、市内にあるスーパー銭湯に陽介を呼び出したところだ。
もちろん電話をかけた時に「意味がわからねえ」と陽介に一蹴された。当たり前だ、僕が陽介の立場でも同じことを言うだろう。これぐらいぶっ飛んでいる方がいい。
イヤイヤ言いながらもなんやかんや言うことを聞いてくれる陽介は、時間通りにスーパー銭湯の駐輪場に現れた。こういう真面目なところは昔からずっとだ。
「……一体何の用なんだよ。まさか男2人でただ風呂に入りに行こうとか言うんじゃないだろうな?」
「そのまさかだよ。たまには裸の付き合いってのもいいだろう?」
「本当に意味がわからないんだが」
「まあまあ。料金は僕が奢るからさ、のんびりリラックスしようよ」
少々強引ではあるけれど、陽介は案外こういう誘いを断ることは少ない。この間のスパークルランドも優待券があると言ったらついてきてくれたりと、結構チョロいといえばチョロいのだ。
今回もなんやかんや誘いに乗ってくれたおかげで、とりあえず僕のプランの第一段階はクリアできた。
大事なのはこれから。
下駄箱に靴をしまい、料金を支払って入場すると僕ら2人は男湯の暖簾をくぐる。
まだ何か僕のことを不審に思っている陽介は、疑いの目を向けながら恥ずかしそうに入浴支度をしていた。
平日の昼間ということもあり、大浴場は爺さんが数名ちらほらいるぐらい。ガラガラである。
「くぅー! やっぱり広い風呂はいいなあ! 陽介もそう思わない?」
「……まあ、たまには悪くないとは思うけど」
「だろ? ここは市内でもかなり広いほうだから気持ちいいよね」
ほぼ貸し切り状態の湯船に僕と陽介は浸かっている。少しぬるめで、ゆっくり長風呂できそうな温度。
風呂好きな僕はすっかりリラックスしているが、陽介はちょっと挙動不審だ。そろそろ話を切り出さないと怪しまれるだろうか。
「……なあ、いい加減本題に入ってくれないか。これから塾もあるから、あまりのんびりもしていられないんだが」
「わかったよ。本当はもうちょっと緊張がほぐれてからにしようかなと思ったんだけど、仕方がない」
「もったいぶらずに早く言え」
陽介にそう言われたので、僕は深く息を吸う。
溜め込んだ息を全部声に変換するかのように、はっきりと伝えるべきことを言葉に出した。
「うちのバンドに入ってほしい。リードギタリストとして」
これが僕の用意したカード。陽介を仲間に引き入れることで、打倒スリアンへの起爆剤にしたかったというわけだ。
時雨と理沙がバンドにいるわけだから、彼にとってやりにくい環境ではない。それに、デビューまで狙える可能性を秘めたバンドなら、彼のモチベーションだって上がるはず。
さっきまでヘラヘラと振る舞っていた僕は、自分の表情を真面目なものへ入れ替える。
一方で陽介は、まるでそう言われることを予測していたかのように表情ひとつ変えなかった。
「断る」
「どうしてさ」
「正気とは思えない。そもそもお前は最初、俺とバンドを組むことを断っただろ。今更なんなんだよ」
「あの時の僕は時雨とバンドを組むことしか頭になかったからね」
答えになっていないなと陽介は言う。
確かにその通りだねと僕は苦笑いした。
「お前が俺とバンドを組むことを拒否して、それで未完成フェスティバルへの出場権をかけてライブバトルして、お前らが勝って俺は負けた。そうして俺は今最高に参っている」
「だからバンドに誘うんだよ。陽介が迷っているのなら、手を差し伸べるしかないって」
「それが最高に気に食わない。俺をナメているとしか思えないんだよ」
「ナメてなんかいない。僕は本気で陽介に加勢してほしいって思っている」
陽介にそういう風に言われることは想定済みだ。
話は平行線、いつかみたいに持久戦の様相をみせている。そうなれば僕の独壇場だ。しつこさなら負けない。
「その言葉、俺がこうやって落ちぶれていなくても言ってきたか?」
「それは無いと思う。陽介が充実した音楽生活をしていたのなら、僕はこんな事しない」
「はっ、まるで弱るのを待っていたみたいだな。さぞ買い叩くにはちょうど良い頃合いだろうよ」
「勘違いしないでくれよ。僕だって、陽介がこんなになっているなんて思わなかったんだ。音楽を辞めて家業を継ぐなんて方向に、絶対に向けちゃいけないって」
僕は語気を強めてそう言う。湯船に浸かって身体が温まってきたせいか、自然と声も大きくなっていた。
しかし陽介はどうも解せない様子だ。僕の行いと発言を顧みれば信用されないのは当たり前なのだが、どうもそういう感じではない。
少し考える時間を挟んだあと、陽介はこう呟く。
「……これまでのお前の行動ってやつが俺は不思議でしょうがないんだ」
僕は心臓を掴まれたようにドキッとする。昔から陽介には鋭いところがあるけれど、ここにきてその感性の刃をフルに向けられている。
一瞬の動揺が彼に悟られないように、僕はお得意のすっとぼけた返事をすることにした。
「行動? まあ、説得するためにスーパー銭湯に呼び出す奴は僕ぐらいだろうね」
「そういうことじゃない。俺の誘いを断って奈良原や片岡とバンドを組んで、それがとんとん拍子に上手く行って……。まるで最初から答えを知っているみたいな行動ばかりじゃないか」
「そ、それはたまたまじゃないかな? 運が良いだけだよ」
「もしそうならなおさら腹が立つ。運だけのやつにここまでしてやられたら、もう音楽なんてやってられない。許されるなら拳の1発や2発、餞別にお見舞いしてやりたいと思うぐらいだ」
陽介は柄にもなく興奮気味だった。
まずい、このまますっとぼけてしらを切り続けると、交渉自体が決裂してしまう。それどころか2度と陽介と関わることが出来なくなる可能性すらある。
そんな焦りのせいか、僕は思わず口を滑らせてしまう。
「物騒なこと言うなよ。昔からいつでもクールなのが陽介の良いところだろ?」
言ってから僕は両手で口を塞いだ。
僕にとっては昔からでも、陽介にとって僕はたかだか出会って数カ月の男だ。今のセリフは明らかな失言。
「おい融、いまお前、『昔から』って言ったか?」
「い、言ってない言ってない。気のせいだよ」
「いや、はっきりと言った。どういう事なんだ? やっぱりお前は俺を昔から知っているのか?」
僕は何を話せば良いかわからなくなって閉口してしまう。そのだんまりが、かえって陽介の疑問に対して無言で返事をしてしまっていた。
「……しらを切り通すつもりか? なら俺もこれ以上話す気はない。帰る」
「ちょっ、ちょっと待って!」
「待たない。さっき言ったろ、俺は暇じゃないって」
「……言う。すべて言うから待ってくれ」
陽介をバンドに誘うというカードは不発に終わった。それどころか、墓場まで切り出すつもりのなかったシークレットレアのカードを、僕はここで切るしかなくなった。
サブタイトルは倉木麻衣『Secret of my heart』




