第40話 幸福論
部室での練習が終わった僕は、心ここにあらずという感じで学校の屋上にいた。
今月の頭から20数日連続真夏日ということでかなり暑かったはずなのに、そんなことも気にならないぐらい物思いにふけていた。
脳内に流れる変わり果てた姿の曲。1周目ではキラーチューンだった『From Now On』は、今の陽介を象徴しているかのようだった。
タイムリープをした当初の僕は、陽介とバンドを組むまいと時雨や理沙を仲間にした。結果的には僕は上手くいって、陽介は全てにつまづいてしまったという形になる。
1周目で陽介からクビにされたことを考えたら、これはある意味で因果応報とも言える。でも最近の陽介の状態を見ていると、何かそれは間違いだったのではないかと思わざるを得ないのだ。
出来る事なら1周目で僕がクビにされた真相を知りたい。あのときはクビにされたショックで何も考えられなかったけれど、もしかしたら陽介にだって悩みがあったのではないか。
確かめる術が全く無いという事実に、僕はもどかしさを感じている。
このまま陽介を見捨てるべきなのか、それとも何か行動を起こして助ける方向に向かうべきなのか。そのもどかしさのせいで、こんなことすら判断に迷うのだ。
「どうすりゃいいんだよ……、本当に……」
僕は思わず独り言をこぼす。
スリアンが僕らの前に立ちはだかっていることで、ただでさえバンドがピンチを迎えているというのに、自分では何も踏み出せない。
誰か助けてくれよとため息を大きくついたとき、ふと左の頬にひんやりと湿ったものが当たった。
「……時雨?」
「こんなところで考え事してたら、干からびちゃうよ?」
振り向くとそこには、冷たいスポーツドリンクのペットボトルを2つ持った時雨がいた。
さっきのひんやりとした感覚は、そのペットボトルを時雨が僕の頬に当てたことによるもの。
真夏日、スポーツドリンク、制服姿の三拍子が揃ったその画は、まるでテレビCMのようだった。
「はい、水分補給」
「ありがとう。考え事をしていると、喉が渇いていることも忘れちゃって良くないね。ハハハ……」
僕は元気なく愛想笑いを返す。
キャップをひねって封を開けると、その中身を一気に3分の1程度飲み干した。
「やっぱり、岩本くんのことを心配してる?」
「うん……、まあそんな感じ。理沙から聴かせてもらったあの応募曲から、あいつが物凄く悩んで苦しんでいる感じがしてさ」
「確かに岩本くん、レコーディングのときすっごく悩んでた。どうやっても上手くいかなくてもやもやしている感じ」
「そのもやもやがさ、僕のせいなんじゃないかって思っちゃってね」
僕がそう言うと、時雨もなんだか心配そうな顔をする。
「私たちとライブ対決をして岩本くんのバンドは解散しちゃったけど、全部が全部融のせいじゃないよ。私にだって、理沙にだって、責任みたいなものはあると思う」
「だからって、あいつを僕らの手でなんとかしてやっていいものかって思うんだよね。僕が陽介の立場だったら、ふざけるなって感じちゃうだろうから」
時雨は間を取るように、自分の分のスポーツドリンクを開けると、少しだけ口をつけて喉を潤した。
「もしもこのまま私たちのバンドが大成功して、その一方で岩本くんが音楽を辞めて何もかも上手くいかない人生を送っていたら、融は幸せ?」
突然時雨は核心をついたことを訊いてきた。
とても透き通った彼女の声が、まるでナイフのように僕の心に突き刺さる。
16歳に戻ってきたあの日だったらノータイムで「幸せ」だと答えるだろう。でも今の自分は違う。
即答出来ないどころか、一生後悔しそうなそんな気さえするのだ。そこに「幸せ」なんてものはないかもしれない。
「幸せ……、ではないと思う」
「じゃあなんとかしてみようよ。何が出来るかわからないけど、何もしないよりはいいと思うんだ」
確かにそうだねと僕は力なく答える。
陽介を助けたがっている時雨の姿に、思わず胸がチクっとしてしまったのだ。
それもそうだ、時雨には少なからず陽介を想う気持ちがある。彼を救うために行動を起こせば、時雨と陽介の距離が縮まることは間違いないのだ。
僕のちっぽけなエゴが、踏み出そうとする足を縛り付けている。
「私ね、中学のときに部活をめちゃくちゃにしちゃったんだ」
「それは知ってる。でも、その件で時雨はなにも悪くない」
「うん。融がそう言ってくれたから今はもうなんともない。言いたいのは、その時に私をいじめていた人たちのこと」
「いじめていた人たち?」
僕は一体なんのことだろうと首を傾げる。
時雨の中学の同級生に話を聞いた限りでは、彼女をいじめた側の中でも対立が起きて、それが原因で部活が空中分解したという。
いかにも胸糞悪いエピソードだなと、それ聞いたときは思った。
「私を蔑むだけ蔑んでも、あの人たちは結局幸せにならなかった。それは多分ね、『他人の不幸の上に幸せは成り立たない』んだって思ったんだ」
「他人の不幸の上に幸せは成り立たない……、か」
当事者である時雨が言うと説得力がある。そしてそのシンプルながら真っ直ぐ彼女の言葉に、僕の縛り付けられていた足が動き出しそうになっていた。
「融には他人を幸せに出来る力があるんだよ。私や理沙をそうしてくれたんだもん」
「僕は……、人を幸せにできる……?」
「うん。だから、岩本くんのことだって絶対に救ってあげられる。そうしたら、私たちはもっと幸せになる」
ほんのりと時雨は笑みを浮かべる。
自分の想い人にそこまで言われてしまうと、僕も動かないわけにはいかない。
思い出せ。このタイムリープ生活における僕の目的を。
クソみたいな1周目の人生を繰り返さぬよう、青春を謳歌する。
そのために必要とあらば、陽介だろうが悪魔だろうが幸せにしてやろう。時雨の言うとおり、誰かの不幸の上に成り立つ幸せなどあり得ないと僕もそう思うから。
「……ありがとう時雨。僕、やってみることにするよ」
「うん。融なら大丈夫」
りん、と小さな音をたてて、爽やかな風が僕ら2人の間を吹き抜けた。
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サブタイトルは椎名林檎『幸福論』




