第9話 Sugar!!
週末金曜日の多目的室は、軽音楽部の新入部員と大量のお菓子で溢れかえっていた。
毎年恒例の新入生歓迎会。
2周目の僕にとっては懐かしい面々ばかりでちょっとセンチメンタルな気持ちになる。
新入生の顔合わせというより、同窓会に近い。
もちろんそこには1周目で10年後に僕をクビにした張本人、岩本陽介もいた。
彼はいわゆるスクールカーストの上位にいる人間で、顔も良くて歌も上手いので、この時点でもう軽音楽部のエース的存在だと言っても良いと思う。
既に陽介の周りには取り巻きが出来ていて、いかにして彼の仲間に入るか躍起になっている奴もちらほら見受けられる。
かくいう僕も、1周目のときはそんな感じだった。
陽介に取り入ればバンド生活は上手く行くだろうし、デビューだって夢ではない。あわよくば、女の子にモテたりするかもしれないなんて当時の僕は思っていた。
でも、実際にはデビュー直前でバンドをクビになるし、女の子にモテることもなかった(ここ重要)。
これはあくまで個人の感想だけど、ドラマーなんていうのはマジで女の子にモテない。
どうせモテないのだから、陽介なんかとまたバンドをやるより、奈良原時雨という推しと組む方が100億倍楽しいに決まっている。
だから僕はそんなしょうもない未来を避けるため、今日は『陽介とバンドを絶対に組まないようにする』ことを目標にやっていこうと思う。
新入生みんなの自己紹介が終わるとしばしの談笑タイムになる。
ふと部屋の端っこに目をやると、時雨がひとりぼっちで大好物のモンブランをちまちま食べていた。
そもそも来てくれるかどうか怪しい感じだったので、モンブラン効果とはいえ僕は彼女が来てくれたのがちょっと嬉しい。
「やあ奈良原さん、来てくれたんだね」
「……お、お菓子に釣られただけだから」
声をかけると、時雨はバツが悪そうに言う。
この間の商店街でセッションをしたあと、急に帰ってしまったことを彼女なりに引きずっているのかもしれない。
軽く話をしておいた方が彼女の気も楽になるだろう。
「どう?誰かと仲良くなった?」
「……別に。友達が欲しいわけじゃないし」
「だろうと思った」
そこまで時雨が社交的ではないのは知ってのこと。
彼女はあまり人の多いところが好きではないのか、大好物に舌鼓を打ちつつもやや不機嫌な顔をしている。
「……私に構ってるヒマがあるんなら、その時間で芝草くんこそ友達を沢山作ればいい」
「もう、そんなに拗ねたら美人が台無しだよ? 大丈夫大丈夫、奈良原さんならすぐにみんなに囲まれるようになるさ」
やや冷やかし気味に僕がそう言うと、時雨はため息をついた。
「……やっぱり芝草くんには言葉が通じない」
「そう?日本語には自信あるほうなんだけど」
「そういう意味じゃない。……もういい、これ食べたら私は帰るから」
僕は彼女から呆れた表情を向けられるが、こんなのいつものことだ。塩対応に慣れてしまえばこれもまた役得である。
そんな感じでナックルボーラー同士の繋がらない会話のキャッチボールを時雨と繰り広げていると、後ろから声をかけられた。
「なあそこの……、芝草っていったか?」
「ん?僕のこと?」
その声の主は陽介だった。
1周目で同じくバンドを組んでいたリードギターの小笠原とベースの井出もその隣にいる。
この流れは間違いない。僕をバンドに誘ってくるのだろう。
ドラマーは女の子にはモテない(個人差あり)けど、その人口の少なさから、バンドメンバーの求人的にはモテモテになる。
「確か芝草、ドラムをやっているって言ってたよな?」
「そうだけど?それがどうした?」
僕は陽介とバンドを組む気はサラサラ無いので、すっとぼけた感じで応対する。
「率直に言うとウチのバンドに入って欲しいんだ。やっぱりドラム担当って少なくてさ」
「あーごめん、生憎先客がもういるんだよね」
「なら掛け持ちでもいいから、俺とバンドを組んでくれ」
陽介は食い下がる。
俺と組めば将来は保証してやると言いたげに、彼は加入を迫ってくる。今思えばかなりの自信が陽介にはあったのだろう。
もちろん、僕はその話に乗るわけがない。
奈良原時雨以外とバンドを組むぐらいなら、音楽なんて辞めてしまった方がマシだ。
それぐらいの気持ちが今の僕にはある。
「悪いけど他を当たってくれよ。僕はその先客以外とやる気は無いんだ」
ここまでハッキリと誘いを断れたことは1周目の人生でも無かっただろう。
まさか断られるとは思っていない陽介の驚く顔を見て、僕は胸がすくような気持ちよさを感じている。今は仮に土下座されたとしても彼とバンドを組む気はしない。
すると僕の返答に苛立ったのか、取り巻きのひとり――小笠原が言いがかりをつける。
「お前、それ本気で言ってんのか?陽介のやつ、自分の歌をネットに上げてて超ヒットしてるんだぞ?こんな大物とバンドを組めるチャンスなんて二度とないかもなんだからな!」
「それは凄いね。将来有名バンドになること間違いなしだ」
「だろ?だからお前も陽介っていう勝馬に乗ったほうが絶対良いに決まっている」
勝馬……か。
ゴール直前で振り落とされた僕にとっては、その馬が勝とうが負けようがどうでもいい。
このまま粘りの説得をされ続けてもただの時間の無駄であるわけなので、僕は少し強引な方法を取る。
「でもごめんよ、僕はそんな勝馬に乗るよりもっといい相棒を見つけたから。――ねえ、奈良原さん?」
僕は近くにいた時雨を肩をとって引き寄せる。
あまりに突然のフリだったので、表情の乏しい彼女ですら驚きで目を丸くしていた。
「ちょっ……、ちょっと芝草くん……?」
「僕、この子としかバンドを組む気ないから。そこんとこよろしく。……それじゃ行こうか、奈良原さん」
そう言い残すと、僕は時雨の手を取って部屋の外に出た。
取り残された陽介一味の顔は、豆鉄砲を食らったという表現が相応しいくらいキョトンとしていたと思う。心理的なインパクトはかなり大きいはず。
これで間違いなく、僕は陽介とバンドを組むことはなくなるだろう。目的達成だ。
「ちょ……、ちょっと芝草くん、どこに行くの?」
僕に手を引かれながら、なんだかんだで時雨はついてくる。
彼女なりに、あの空間にいるよりはマシだと思っているのだろうか。そうだったならばちょっと嬉しい気もする。
「うーん、とりあえず商店街に行こっか。セッションの続きをやろうよ」
「ほ、本当に私とバンドをやるつもりなの……?あんな誘いを断っても良かったの?」
「最初からそう言ってるじゃん。僕、もう奈良原さん以外とバンドをやるイメージが湧かないんだよね」
僕はとびきりの笑顔で時雨の方を向いた。
「だからさ、僕と一緒に青春をやり直さないかい?」
その時彼女が小声で、それでいて少し照れながら「意味わかんない……」と言ったのを僕はまぶたの裏に永久保存しておこうかと思う。
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サブタイトル元ネタはフジファブリックの『Super!!』です!