第37話 揺れる球体
ライブハウスの開場時刻になると、僕らがお誘いをかけた人たちが次々とやってきた。
軽音楽部の面々や、親友野口とその彼女、他に興味のありそうな人たちなどなど。
夏休みということもあって、いつも湿っぽい雰囲気のこの地下室はどこか浮ついてきらびやかだった。それだけ皆、イベントを楽しもうという気持ちが強いのだと思う。
トップバッターは市内にある私立高校のバンド。いかにも高校の文化祭バンドという感じで、アップテンポなポップパンクのコピーを立て続けにかましていく。
1周目ではこういうバンドを見たとき、しょうもないなとかお遊びだとかそんなことを考えていただろう。今となってはそれよりも懐かしさみたいなノスタルジックな気持ちが強くなり、これはこれで良いのではないかと思ったりもする。
2組目、3組目と続いていくと、浮ついた雰囲気は熱を帯びていく。やっぱりライブはいいよなあなんて僕は呑気なことを思っているうちに、間もなく自分たちの出番を迎える。
「それじゃあ変に気負わず、いつもどおり演ろう」
「うん」「おう」
控室で出番前の声かけをする。
コンテストの前哨戦であるとはいえ、みんなそれほど力んでいるように見えないので僕は安心した。
ふと控室を見渡すけれど、僕らの次に出演するはずのSleepwalk Androidsは、小笠原以外まだ姿を現していない。
彼が言うとおりかなり時間にルーズなところはあるが、それにしたって随分な遅れようではないか。僕は間に合わなくても知らないぞという気持ちで、誰もいない控室へ一瞥した。
「セッティング、オッケーだよ」
「こっちもバッチリだ。早く演ろう」
時雨と理沙が準備万端であることをアピールしてくる。
僕はドラムスローンの高さを調整し終えると、右手をあげてPAの真希さんへ合図を送る。
ステージ転換時のBGMとして流れていたJudy and Maryの『Over drive』が徐々にフェードアウトしていくと、静かになったホールに時雨のタイトルコールが響く。
「――『トランスペアレント・ガール』」
スティックでカウントをとって曲が始まる。
初手からお客さんの心を掴んだ感覚があった。
それなりの人数を前にしても、時雨は物怖じしていない。
ちょっと突っ走り気味ベースを刻む癖がある理沙も、今日は地に足がついていて良いグルーヴを生み出している気がする。
もちろん僕も僕で軽快に叩けている。確実に先日のライブバトルよりレベルアップしているという実感があって、楽しく演奏ができた。
2曲目にチャットモンチーの『シャングラ』をコピーし、ラスト3曲目は『our song』というセットリスト。
のびのびと演っているうちに、あっという間に僕らのアクトは終わりを迎えた。
「ありがとうございました」
時雨が控えめにそう挨拶をして締めくくる。
現状のベストを尽くせたと言えるライブは気持ちのいい拍手とともに幕を下ろした。
そこで全てが終わっていれば大団円だっただろう。
僕らはステージから掃けてフロアに降りると、入れ替わるように現れたのはSleepwalk Androidsの面々だった。
ギター、ベース、ボーカルの3人、それと新加入の小笠原がセッティングを始めていた。
しかし、ドラムの建山さんはまだ現れない。
ようやく楽器陣の準備が整った頃になって、建山さんはライブハウスのホールに到着した。
「いやー悪い悪い、なかなかいい感じで終わるに終われなくてさあ」
「まーたお前は女遊びかよ。今日は遅刻するなって言っただろ?」
ボーカル兼リーダーの藤島さんが呆れる様にそう言うが、建山さんは悪びれる様子など一切見せない。
察するに、彼がキープしている女性と時間ギリギリまで遊んでいたのだろう。1周目の頃から彼はこんな感じだった。ライブ開始に間に合うだけまだマシである。
建山さんはそのままステージへ上がる。
何も準備することなく、僕のセッティングのままであるドラムスローンに腰をかける。
「……へっ、シケたセッティングだな」
その言葉に一瞬ムカッとした僕だったけど、ぐっと言葉を飲み込んで我慢する。
人によってセッティングはそれぞれ違う。自分のセッティングが自分にベストマッチしているのだと言い聞かせてやり過ごした。
ライブハウス備え付けのそれほど良いとは言えないスネアドラムをスタンドにセットした建山さんは、唯一の荷物であったスティックケースから2本だけスティックを取り出す。
リハーサルはおろか音出しすらやっていない彼だが、もう準備OKだというサインをPAの真希さんへ出した。
会場の空気は弛緩していて、僕らのアクトがトリでも良かったんじゃないかという気すら感じる。
しかし、ステージ照明が落ちて建山さんがオープンハイハットを4発打った瞬間、場の雰囲気は一変する。
音の重さで圧倒するラウド系バンドの彼らに小笠原という2人目のギタリストが加わり、ただでさえ凄い音圧が猛威をふるっている。後光のように射し込むステージ照明がそれを助長しているかのようだった。
1周目では手に取ることすらなかった黒のギブソン・エクスプローラーでバッキングフレーズを刻む小笠原は、Sleepwalk Androidsに足りなかった音域を余すことなくカバーしきっていた。
例えるなら鉄球。それも、バカでかいくせに建山優吾というハイパワーの駆動力までついた鉄球。
会場にいる夏休みで浮ついた雰囲気のハイティーンたちを打ちのめすには十分過ぎる重量感だ。
今さっき僕らの演奏で作り上げたはずの空気感は、大きな鉄球ですぐにぶち壊されてしまった。
僕は彼らのライブを観て久しぶりに感じたのだった。
今日は完膚無きまでに奴らに『食われて』しまったと。
いつもありがとうございます
タイトルはACIDMAN『揺れる球体』




