第35話 あのバンド
「――えーっと、ドラムにボーカルとベースの返しをもう少しお願いします」
日付は進んで、ライブハウス『Burny』での高校生イベントの日。
僕らが会場入りするとすぐにリハーサルが始まり、今はモニタースピーカーから返ってくる音量調節中である。
ライブ時は、ボーカル、ギターアンプ、ベースアンプ、スネアドラム、バスドラム、ハイハットなどそれぞれの出音を一旦マイクで拾う。
その拾った音をPAで調整し、お客さんに向いている大きなスピーカーへ出力する。
それだけではなく、プレイヤーである僕らもそのマイクで拾った音をPAから手元のモニタースピーカーに返してもらうのだ。
出音はどうしてもお客さんの方を向いているので、こうして聴き取りたい音をきちんと返してもらわないと、演奏がやりにくくなる。
「はいはーい、ドラムにベースとボーカルねー」
このライブハウスでPAを務める木元真希さんが愛想よく返事をする。
彼女はドリンカー兼ブッキング担当であるユキさんの姉で、いずれこのライブハウスの店長になる人でもある。
1周目でもよく世話になったせいか、リハーサルでの僕と真希さんのやり取りは既にベテラン感が出てしまっていた。
「他に何か返しの要望あるー?」
真希さんがマイク越しにそう言うと、僕以外の2人は困惑した表情を浮かべる。
「お、おい、融、こういう時どうすりゃいいんだ?」
「どうすりゃいいも何も、自分が欲しい音を要求すればいいんだよ」
「その『自分が欲しい音』がよく分かんないんだよ!」
理沙が訴えかけるようにそう言うと、賛同するように時雨も「うんうん」と首を縦に振る。
先日のライブバトルのときは、薫先輩が上手い具合に調整してくれていた。だから2人にとって実際にPAさんとやり取りをするのはこれが初めて。
「そ、そうだなあ……。とりあえずベースはバスドラムと合わせるのが基本だから、そこを大きめに返してもらうとかでいいんじゃないかな」
それっぽいアドバイスをすると、理沙は素直にバスドラムの返しを少し大きくするよう注文をした。
「融、私はどうすればいい?」
「時雨はまず歌いやすさが第一になるから、自分が歌うのに何が必要で何がいらないのか考えてみるといいよ」
「例えば?」
「うーん、そうだなあ……」
僕はふと、1周目で読み込んだ音楽雑誌の内容を思い出す。
奈良原時雨のライブ機材やセッティングについての記事。記憶が間違ってなければ、彼女は自分のギターの音とリズムを取るためのスネアドラムの音以外を全部カットしていたはず。
これが正解かはわからないけど、例えばの話ならば一例に挙げてもいいだろう。
「思い切ってギターとスネア以外はゼロにしちゃうとか」
「……他の音は聴かないってこと?」
「そう。歌に集中するならアリかなって」
時雨はふむふむと頷く。
マイクに向かってその旨を伝えると、真希さんははいはいと言ってツマミを弄った。
「ほんと、融はこういうことをよく知ってるね。ライブハウスで演るの、初めてなのに」
「ま、まあ、色々な情報元からの受け売りなんだけどね……、ハハハ……」
ごまかし方が適当過ぎて、喋りながら冷や汗か脂汗かよくわからないものが皮膚からにじみ出そうだった。
あまり手慣れている感じを出しすぎると、怪しまれるだけでなく信用されなくなってしまうかもしれない。
口は災のもと、そう自分自身に言い聞かせて僕は再びスティックを両手に握り直す。
リハーサルは無事終了。
僕らが機材を片付けると、次のバンドが入れ替わるように準備を始めた。
「そういえばこういうリハーサルって、出演順と反対の順番でやるんだっけな」
控室に機材を置いた理沙がひと仕事終えたようにそう言う。
「そうだね。そうするとトップバッターがスタンバった状態でライブを始められるし」
「なんやかんや効率よくやるように出来てんのな」
いわゆる『逆リハ』と呼ばれるシステム。
今回の僕らはいっちょ前にトリのひとつ前の出演順となったので、リハーサルの入りが結構早かった。
「でも、トリのバンド来なかったね。遅刻?」
時雨はスマホで出演順の書かれたメールを眺めながらそう言う。
「いや、多分昼間はアルバイトとかやってるから間に合わないんじゃないかな。あのバンド、メンバーの大半は20歳だし」
僕も時雨が見ているのと同じメールをスマホで眺めながらそんなことを呟く。
メールに書かれたタイムテーブルの一番最後には、皆が気になっているあのバンドの名前があった。
「それにしたって今日は高校生イベントなのに、何であのバンドがしゃしゃり出てくるかね」
理沙は買い置いていた緑茶のペットボトルを取り出し、半分呆れながらそう言う。
僕らが言う「あのバンド」というのは、お察しの通りSleepwalk Androidsのことだ。
未完成フェスティバルのライブ予選出場者に名前を連ねていた彼らは、なんと今日のイベントにも出演することになっていたのだ。
だからこれはいわば前哨戦。今日の出来というのが僕らが決勝へ進出出来るかどうかの一種のバロメーターになる。
特に時雨と理沙の2人には彼らに対する変な苦手意識が芽生えないようにしなければならない。バンドをまとめるバンマスとして、そしてもちろんドラマーとして、芝草融の実力が試される機会でもある。
「てか、ルール上問題ないのか? あのバンド、みんな20歳って聞いたけど」
「おそらく高校生の新メンバーが入ったんだよ。近々メンバーが加入するって、そんな話をしていたし」
「ったく、そこまでして出たいのかよ。このライブにも未完成フェスティバルにも」
「――ああ、出たいとも」
僕と理沙がそんな小言みたいなことを話していると、割り込むように誰かがそう言う。
その声はどこかで聞き覚えがあった。いや、聞き覚えどころか、僕にとっては10年以上毎日のように聞いていた声。
とっさに皆、声の主の方を振り向く。そしてそれが意外な人物であることに、わかりやすく僕らは動揺した。
「……お、小笠原?」
「よお芝草、久しぶりだな」
目の前に現れたのは、先日のライブバトルで僕らに妨害を仕掛けてきた張本人。
1周目で僕や陽介と一緒のバンドでギターを担当していた男、――小笠原昌樹だった。
いつもありがとうございます
サブタイトルは結束バンド『あのバンド』




