第34話 風、冴ゆる
程なくして書類選考を突破したメンバーがウェブサイトに掲載された。
北信越東海予選のメンバーに、『ストレンジ・カメレオン』の名前がしっかり刻まれている。
それを見て僕はようやく安堵のため息をついた。
念のため他のメンツを確認する。予選ライブの対戦相手となるわけで、どんな人たちがいるのか純粋に興味があった。
するとどうだ、同じ北信越東海ブロックの中に、『Sleepwalk Androids』の名前があるではないか。
それを見て僕は違和感を覚えた。
Sleepwalk Androids――略してスリアン。彼らは建山さんとその同級生で組んだ4人組のバンドだ。建山さんが今現在20歳であるので、当然ながらメンバー全員今年で20歳を迎える。
しかし、未完成フェスティバルの応募要項には、『バンドメンバーの平均年齢が20歳未満であること』が明記されている。
つまり、現状のスリアンでは応募すら出来ないはずなのだ。
なぜ彼らが応募し、予選を突破しているのだろうか。
ふと、先日彼らのライブを観に行ったときの建山さんの言葉を思い出す。
――近々新メンバーが入る。
その新メンバーが20歳未満であれば、確かに応募要件は満たされることになる。出場になんの問題も無くなれば、彼らの実力なら当然書類選考ぐらいは突破するだろう。
引っかかっているのはそれ以前の問題。
1周目では、彼らはこんなコンテストには興味などなかったはず。ましてや、出場するためにメンバーを加入させる動きなどなかったのだ。
これはどういう意味なのだろうか。僕が行動したことで、彼らに何らかの影響を与えてしまったのだろうか。
少し不安になった僕は、記憶を頼りに他地区の予選ライブ出場者に目を通した。
大丈夫。他地区にはこの年に決勝戦へ出場したアーティストが名を連ねている。さすがにそこまで影響はしていない。と、僕は胸を撫で下ろした。
とにかく、建山さんたちと一戦を交えなければいけないのは間違いない。彼らの動向には注意しておかねば。
◆
「そういうわけで、Burnyでライブすることになったよ」
「絶好のタイミングで高校生ライブイベントなんて開催してくれるとか、やっぱり地元のハコは最高だな」
僕がそう言うと、理沙が抱えていたフェンダー・プレシジョンベースをスタンドに置いた。
部室での練習が一段落したあと、バンド内の話題はライブのことで持ち切りになった。
想定どおり、地元のライブハウス『Burny』が高校生ライブイベントを開催してくれることになったのだ。
「時雨はどう? 問題ない?」
「うん。初めての場所でもないし、みんな来てくれるなら間違いないよ」
「そうだね。チケットノルマも安いから友達とか呼びやすいし、おまけに機材も良いんだよねーあそこ」
「そうなの? 融、Burnyでライブしたことあるんだ」
また口が滑ってしまって僕は焦る。
出来るだけ平静を装って自然に取り繕う。
「いや、ステージからギターアンプとかドラムセットのシンバルとか見えるでしょ? なかなか良い機材だよなーと思ってただけだよ」
「なーんだ。融、経験者なのかなってびっくりしちゃった」
「まさかまさか。僕はただ機材オタクなだけだよ」
これが真っ赤な嘘だとはこれっぽっちも思っていない時雨は、安心したのか控えめに笑みを浮かべる。
僕の部屋同様、扇風機以外の空調機器がない部室は結構暑い。
ミネラルウォーターのペットボトルを口にする時雨が少しだけ汗ばんているのを横目に見て、この世のものとは思えないその透明感にドキッとする。
1周目で彼女のミュージックビデオを何度も何度も観た僕だ。それでも見飽きることなどない。映像で見るよりも透明で刺激的で生々しいそれは、ちょっと直視するのを躊躇ってしまいそうだ。
「……融? どうしたの?」
ぼーっとしていたところに時雨のツッコミが入る。
あまり彼女を見つめ過ぎてしまうと、なにか悟られてしまいそうだ。
「えっ? いや、なんでもないよ。部室暑いなあって」
「確かにそうだね。ギター弾いて歌うだけでこんなに暑いんだから、ドラムなんてもっと暑いよね」
「まあね、こればっかりは仕方ないさ」
ドラムスローンに座る僕の足元には小さなサーキュレーターが3台ほど転がっていた。コンセント差込口が足りないので、稼働しているのは1台だけ。
1台の風力なんてたかがしれているので、暑さが幾分マシになるとはいえ根本的な暑さ対策にはなっていない。
「にしたって暑すぎるだろ。融のところにある動いてないサーキュレーター、ちょっと私にも貸してくれ」
「ああ、別にいいけど。でも、もう1台使う意味ある?」
この3人の中で誰よりも暑がりな理沙。既に扇風機を1台近くに置いていて、顔や首すじに風を浴びている。
「人間の血流は首と手首と足首に集中してるからな。足元に風を当てればもうちょっと涼しくなるだろ?」
「ま、まあ、確かに」
ヤンキーっぽい雰囲気ながら理沙は結構成績優秀なので、理論的にそう言われると思っていたよりも説得力がある。
じゃあ遠慮なく使わせてもらうと言い、理沙は僕の足元にあったサーキュレーターを1台拝借した。
さっきまで自分のエフェクターボードに電源を供給していたACアダプタを外すと、そこにサーキュレーターのコンセントを挿し込む。
スイッチを入れると、モーターの回転音とともに理沙の足元へ風が吹き始めた。
その風は悪戯な風だった。
サーキュレーターの風量が『強』になっていたせいで、理沙の足元を通り過ぎたあと、その風は不意に時雨の制服のスカートを揺らしたのだ。
「やっ……! ちょっと理沙……!」
理沙はそう言われて、サーキュレーターの風が時雨のスカートを煽ったことに気がつく。
ちなみに理沙は暑がりなくせにスカートの中には短パンを履いていたりするので、あまりその辺に気を回していない。
これは完全に理沙の起こした事故だ。
事故だから仕方がないけど、僕はものすごい至近距離で時雨のスカートの中身を目の当たりにしてしまった。
まじまじと見てはいけないと思い、僕はとっさに目をそらす。でも、目をそらしたことが逆説的に「見てしまった」ことを肯定してしまうことに、僕は目をそらしてから気がついたのだ。
「と、融……。もしかして………、見た?」
さっきまで透き通るガラスのようにきれいだった時雨の表情が、炉の中で形を変えるビードロのように真っ赤になる。
嘘をついたところでどうしようもない。
僕は正直に見えてしまったことを白状すると、示談金としてスガキヤのかき氷を奢ることになってしまった。なぜか時雨だけでなく理沙にも。
本気で部室にも僕の部屋にもエアコン導入を考えなければなと思いつつ、かき氷2杯で済むなら案外悪くないのかもしれないと、最低なそろばんを弾く僕であった。
いつもありがとうございます
サブタイトルはACIDMAN『風、冴ゆる』




