第33話 こわれそう
未完成フェスティバルの書類選考通過の連絡が来たのは、スパークルランドで遊んだ日の翌日だった。
バンド用に作っておいたフリーのメールアドレスに、ご丁寧に『【重要】書類選考通過のお知らせ』というタイトルでメールが送られてきたのだ。
夏休みが始まったばかりで浮足立っているところに、さらに追い打ちをかけるような朗報。
2周目の今だからこそ落ち着いていられるけれども、もしこれが1周目の自分だったならば、天狗になっていたこと間違いない。
すぐに僕は時雨と理沙へ連絡をすると、成り行きでまた僕の部屋に集まることになった。
全員が揃うなり、僕はノートパソコンを開いて件のメールの文面を2人へ見せる。
「ははーん、書類選考突破ってこんな感じのメールが届くんだな」
「郵便で来るものだと思ってた」
「さすがにもう平成も末期だよ? こういう連絡はメールで来るでしょ」
「平成も末期って……、融お前、そんなこと言ったら不謹慎とか言われちまうぞ?」
僕は思わず口が滑ったと思ってハッとした。
今は2012年、すなわち平成24年だ。令和が始まるまであと6年あって、この時代の人はそもそも『令和』という元号すら知らない。
平成末期なんて言おうものなら、真っ先に不敬罪かタイムリーパーを疑われてしまう。
この少しもやもやした感情を吐き出す場所がないのは事実。最近うっかり言葉に出てしまうことが増えてきたので気をつけなければ。
「んで? 次の予選はどういう形式なんだ?」
エアコンが絶不調で不快指数の高い部屋の中。
メールの文面を途中で読み飽きてしまった理沙が、うちわを扇ぎながら言う。
「えーっと、実際にライブハウスで演奏する形式だね」
「ライブの内容で審査するってことか」
「そういうこと。持ち時間は1組あたり15分だから、大体3曲ぐらいかな」
そう僕がこぼすと、首を振っている扇風機の風を逃さまいと都度移動している時雨の眉が少し動いた。
「3曲……? それ、全部オリジナル曲で?」
「うん。コピー曲なしのオールオリジナル」
時雨は気まずそうな表情を浮かべる。
それもそのはず。僕らのオリジナル持ち曲は現時点で2つしかないのだ。
ひとつは『our song』、もうひとつは先日出来上がったばかりの『トランスペアレント・ガール』だ。
他に曲になりかけているネタはいくつかあるものの、3曲目が完成しているとは言い切れない。
ソングライターの時雨を責める気はないが、彼女としてはちょっと気まずいのだろう。
「まあ、曲は慌てて作っても仕方がないからじっくり行こうよ」
「う、うん……」
「それよりも、僕としてはライブ経験の少なさのほうがネックになりそうかなって思ってるんだ」
僕が確信めいてそう言うと、確かになあと理沙がボソッとつぶやく。
人生2周目の僕は別として、時雨と理沙はそれほど場数を踏んでいるわけではない。
確実に予選を勝ち上がるためにも、どこかでライブ経験を積んで場慣れしておくことが必要不可欠だと思っている。
「でも近いうちに文化祭とかイベントがあるわけじゃないしな……。ライブハウスで演奏するにも、それなりにお金がかかったりするんだろ? チケットノルマってやつ?」
「そうなんだよね。どこかでライブを演れないか、とにかく当たってみることにするよ」
「そんなにアテがあるのか?」
「ま、まあ、この間行ったライブハウスとか、軽音楽部の先輩方のツテとか、色々あるって」
ごまかすようにそんな適当なことを僕は言う。
でも、実はそれなりに目星がついている。
いつも贔屓にしているライブハウスの『Burny』が、毎年夏休みになると高校生バンドを対象にしたイベントを行うのだ。
それなりに集客も見込めて、チケットノルマも通常時に比べると破格。
そこを始めとして、予選前に何ヶ所かライブをこなせばそれなりに様になるだろう。
「ライブ……、上手くできるかなあ」
「別に上手く演る必要はないよ。時雨はこの間の一件で壁を突破したようなもんだし、とにかくあの感覚を思い出すように演れば大丈夫さ」
「そ、そうかなあ。私、前より下手になってたりしないよね……?」
「そんなことあるわけないだろう。もう中学時代のような『底』は打ったわけだし、あとはのぼっていくだけだよ」
嘘偽りなく僕が言うと、時雨は少し恥ずかしがる。
下手でかっこ悪い自分を見せたくない、そういう気持ちが時雨の中に生じてきているのだろう。
つまり、裏を返せば見てほしい人がいるということ。
僕は時雨をフォローするようなことをサラッと言っておきながら、そのことをいちいち思い返して胸がキュッとなっている。
その『見てほしい人』が僕であればいいのになと、身勝手なことを考えている。でも、推察するに違う人な気がして仕方がない。
こんなこと考えてもしょうがない。
時雨と僕の悲惨な末路を回避して幸せな青春を送ることができるのであれば、その過程は何でもいいのだ。
そして今の僕の幸せは多分、時雨が幸せであること。
僕はできることをとにかくやる。それだけが正解の道だ。
「……融? どうしたの?」
「えっ? ああ、いや、暑くてぼーっとしてた」
思わず難しい顔をしてしまっていたのだろう。心配そうに時雨が声をかけてくる。
「風、当たる?」
「うん。お言葉に甘えてそうさせてもらうかな」
「ああっ! 私にも扇風機の風をくれよ! もううちわで凌ぐのは無理だ!」
扇風機を独占していた時雨が絶好のポジションを明け渡すと、今度は僕と理沙での領土争いが始まる。
その滑稽な姿に、思わず時雨の表情が緩む。
「ってか、融の部屋のエアコン、いい加減修理しろよ」
「ははっ、それはコンテストの賞金が入ったらで」
「それじゃあ夏が終わっちまうだろーが!」
「じゃあライブハウスでチケットノルマ以上に売って黒字出そうか」
そう言うと、最近よく笑うようになった時雨の控えめな笑い声が部屋に響いた。
サブタイトルはサニーデイ・サービスの『こわれそう』
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