第30話 水の中のナイフ
◇理沙
「きゃあああああ!」
「うわあああああ!」
想像以上のスピードと高さに、融と時雨が悲鳴を上げる。
一方の私はこの手の絶叫アトラクションが好きなので、浮遊感や恐怖心を笑い飛ばしてしまっていた。
リアクションの薄い岩本も、この程度ではなんともないらしい。
アールのきついカーブに差し掛かって、遠心力で身体が一瞬浮き上がる。
夏の暑い陽ざしとその浮遊感で、私はすっかりハイになっていた。
ゴムボートは更に速度を上げてスライダーを下っていく。
スピードが最高潮になったとき、私達は勢いよく終着点であるプールへ投げ出されるように突っ込んだ。
――その瞬間、私はゴムボートに付いているハンドルをうっかり手放してしまった。
するとどうなる?
無論、私の身体はプールの中へ放たれることになる。
泳げない私は、水の中で身動きが取れなくなってしまった。
まずい、息が苦しい。
下手にもがけばもがくほど、身体はどんどん水の中へ沈んでいく。
少しくらい泳げるのであれば、なんとかして水面に浮上することができるのだろう。でも、今の私には全くそんなことを考える余裕すらなかった。
頭の中はパニック、身体は言うことを聞かない。このままの状態が続けば、間違いなく命を落とす。そんな危機感に襲われながら自分では何もできず、ついに息が持たなくなってしまった。
自分自身を見失わないためにと絞り出した勇気のせいで、全てが終わりになってしまいそうなピンチを迎えている。
溺れていきながら、私は何をしていたんだろうと、まるで走馬灯のように過去のことが思い出される。
ああ、やっぱりそうだ。
私は余計なことなどせず、黙って今まで通り過ごしていればそれで良かったんだ。
そんな後悔に苛まれながら意識が薄れていく。
すると、沈んでいくだけのはずである自分の身体がふわっと浮いた。
誰かの手によって一気に持ち上げられた私は、水面から顔を出して久方ぶりに空気を吸い込んだ。
「……ぷはぁ!」
夏の日差しが目に飛び込んできて、眩しさよりも生きていて良かったという感情がまず最初に浮かんできた。
その後すぐ、自分を水面から引き上げたのは何者だったのだろうとあたりを見回す。
探すまでもなく、その人物は私の身体を支えていた。
出来れば今一番会話をしたくないそいつから、余計な一言が飛んでくる。
「お前、泳げないのな」
「……うるさい」
溺れかけた私を助けたのは岩本陽介だった。
水も滴るいい男という言葉に腹が立って来るぐらい無駄に顔がいいこいつは、涼しい顔のまま私から手を離した。
私ではない他の女子だったら、こんな男前にピンチを救ってもらったとなればなかなかにときめくのだろう。
でも私からしてみたら逆だ。なんでよりによってこいつなんだという気持ちしか湧いてこない。
これが融だったのならもう少し素直に喜べたなと考えている自分に気がついたとき、無意味に胸が切なくなった。
想いを向けるだけ無駄なのだ。
「理沙! 大丈夫!?」
しばらくして向こうから心配した表情の時雨がやってきた。その後ろには同じような顔を浮かべた融もいる。
泳げないことは秘密にしておいてほしいと言った手前、私は今どういう顔をしたらいいのかよくわからない。
「だ、大丈夫だよ。別に大したことない」
「良かった……、本当に溺れちゃったのかと思って……」
「そんなに心配するなよ。私は大丈夫」
せっかく楽しみに来たのにこんなことで雰囲気を台無しにしてはいけない。
私はただただ大丈夫だと言い張ってその場を取り繕う。
ただ一人、岩本だけはあれ以上何も言わなかった。あれだけうるさいくせに、嫌に静かになったのがそれが少し不気味で仕方がなかった。
その後、融が随分と気を使ってくれたおかげでだいぶゆるいアトラクションばかりで遊んだ。
本当は皆、乗りたかったものがもっとあったのではないかと思うと辛くなりそうなので、あまり考えないようにした。スパークルランドぐらい、また何度も来るだろうし。
飽きるほど遊びきって水着から着替えると、融は何かを握って皆にこう言う。
「実はこの優待券なんだけどさ、プールの入場券に加えてちょっとおまけが付いているみたいで」
「おまけ? ドリンクチケットか?」
私はすっとぼけたようにそんな返しをする。もちろん違うことはわかりきっているので、すかさず融からツッコミが帰ってくる。
「ライブハウスじゃないんだから……。ドリンクじゃなくて、観覧車の乗り物券だよ」
「観覧車?」
「そう。ペアチケットの優待券なもんだからさ、観覧車の乗り物が2枚おまけで付いてるんだよね」
融がどこからそのチケットを手に入れたかは知らないけれど、普通に考えてカップル向けの優待券だったのだなということはそれで察しがつく。
問題はその観覧車の乗り物券が4人に対して2枚あるということだ。
4人で2周するか、2人ずつに分かれて1周するか、そのどちらかになる。もちろん乗らないということも出来るが、せっかくもらったものを使わないという選択肢は、高校生の私たちには全くない。
「じゃあ2枚あるわけだし、2人ずつに分かれて乗ろうか」
融がそう提案をする。
誰も異存はないということで、組分けのジャンケンが始まる。グーとパーで分かれるアレだ。
ここは無難に時雨と組めばそれでいい。相手が融でも岩本でも敬遠したいそんな気分だった。
皆の出す手は読めない。運を天に任せ、私はただパーを出した。
読んで頂きありがとうございます
めちゃめちゃ更新遅くてすいません!
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サブタイトルはART-SCHOOLの『水の中のナイフ』から!




