第8話 箱庭ロック・ショー
「やあ、今日もやっぱりここにいたね」
放課後、僕はすぐに時雨のいる寂れた商店街へ向かった。
ひとりで歌いたいという彼女のことなので、もしかしたら今日はいないかもしれないと思っていたけどそれは杞憂だったみたいだ。
昨日と同じように制服の上からパーカーを羽織り、カッタウェイのついたYAMAHAのアコースティックギターを担いでいる。
相変わらずのその、ちょっと近づきがたい雰囲気が僕にとっては逆に心地がいい。そのおかげで僕は今、奈良原時雨を独占出来ているのだ。役得である。
「……また来たの?」
「そりゃもう来るしかないと思ってね」
「……意味わかんない。私の歌なんて聴いてもしょうがないのに」
「そう思ってるのは君だけだって。君の歌、僕は結構気に入ってるんだよ?」
こんな風に褒められることもあまりないのか、時雨は何て返すべきかわからず閉口してしまった。
素直に喜べばいいのにとは思うが、彼女のバックボーンを聞いた後だとそうなるのも仕方がないと思う。もうちょっと時間をかけながら、彼女には自信をつけていってもらうように僕から働きかけよう。
「そうそう、今日は良いものを持ってきたよ」
「良いもの?……もしかして、その背中に担いでいるやつ?」
「その通り。これがあればもっと楽しいよ」
僕は背負っていた四角いケースをおろして中身を取り出す。中には、図工室の椅子みたいな木製の箱が入っている。
「じゃーん!どうこれ?いかにもアコースティックライブって感じじゃない?」
「これって……、カホン?」
「そう、その通り!」
用意してきたものとはカホンと呼ばれる打楽器。
それこそ椅子のようにして天板に座り、側面の板を素手で叩くことで音が出るというシンプルなもの。
中にはスナッピーと呼ばれる、スネアドラムに使われる響き線が入っていて、叩き方や叩く場所で音が変化するというなかなか奥が深い楽器だ。
ドラムセットは持ち運びが大変なので、よくバンドのアコースティック編成なんかではドラム代わりに使われることが多い。
なんとなく通販でカホンを購入していた高1の僕、とてもナイスだ。
「それ……、どうするの?」
「どうするってそりゃ、一緒に演奏するんだよ。セッションってやつ」
時雨は顔が一瞬強張る。
一緒に演奏するということに、若干のためらいと恐怖心があるように見えた。
「……そんなこと、しなくていい」
「ええー、せっかくいい歌を歌ってるのに……」
「それがなくても、曲としては成り立つじゃない」
「いや、確かにそうだけどさ……。ドラマーとしてリズム楽器を入れたくてしょうがないんだよ」
ドラマーに限らず音楽好きならあるあるだと思うけど、好きな曲を聴くと思わずリズムを取りたくなるものだ。
ましてや推しである奈良原時雨の歌に合わせてセッション出来るとなればこんな素晴らしいことはない。1周目だったらいくら足掻いても金を積んでも叶わなかっただろう。
「……勝手にすればいい」
「ホント!?じゃあ曲に合わせて適当に叩いていくね!」
僕はワクワクが止まらなかった。
多分今までの音楽人生で一番嬉しいシーンだろう。このまま死んでも割と後悔ないかもしれない。
いや、流石にそれは言いすぎか。
カホンをスタンバイし終えると、時雨はカポタストを2フレットに付け、手グセでGとCadd9のコードをジャラジャラと鳴らす。
奈良原時雨オタクの僕にはわかる。2カポで始まる曲は十中八九『時雨』だ。
ゆっくりハーフテンポで始まるこの歌は、時雨の透明な声が一層映える。
僕はその素敵な声を出来るだけ邪魔しないよう、最低限の音数でリズムをとった。
歌を邪魔しないアレンジなら僕の得意分野だ。
1周目ではドラマーとしての腕前は並であったので、並なら並なりにどうやったら曲が活きるか悩みに悩んだ。
このスキルはその集大成と言ってもいい。
静寂のメロディからサビに入ると、タイトル通り時雨が降り出したかのような力強さが彼女の声に乗りはじめる。
ただ力で押すのではなく、それでいて持ち前の透明感は維持したまま。これこそが奈良原時雨の真骨頂とも言える。
やっぱりひとりで演奏するよか何倍も楽しい。
この楽しさが、うまいこと時雨にも伝わってくれたらいいなと思いながら、僕は一曲叩き終えた。
「なんだか今のすごくいい感じじゃなかった?……ねえ、早く次の曲やろうよ」
テンションが上がって興奮気味な僕は、早く次の曲に行きたくてしょうがなかった。
でも時雨はちょっと違うみたいだ。
彼女は何かを言いかけて、直前のところで言葉を飲み込んでしまう。
「……やっぱり今日は帰る」
「どうしたの?体調でも悪い?」
「……そういうことにしておいて」
いきなり距離感を詰めてセッションをしにいったのはまずかったか。
よくよく自分の言動を振り返ると、なかなかキモいことをしているなと思わざるを得ない。それもあって、ちょっとブレーキのかけどころを間違えてしまったかもしれない。反省点だ、今日のところはちょっと押すのを控えよう。
「わかったよ。じゃあ、また今週末の金曜日、軽音楽部の新入生歓迎会で会おう」
「……なにそれ?新入生歓迎会?」
軽音楽部では毎年恒例、この時期に新入生歓迎会と称してパーティーみたいなことをする。
皆に自己紹介をしたり、好きな音楽を語り合ったり、バンドメンバーを探したり、お菓子を食べたりと、とても青春って感じがするイベントだ。
「あれ?聞いてないの?じゃあ尚更行ったほうが良いよ、お菓子とかタダで食べられるし」
「……別に、興味ない」
「えー、せっかくだから行こうよ。なんか軽音楽部の先輩で家がケーキ屋さんをやってる人がいて、差し入れで沢山ケーキが出てくるらしいよ?ショートケーキとか、モンブランとか」
その時の『モンブラン』という単語に時雨がピクッと反応したのを僕は見逃さなかった。
なんせ彼女の大好物がモンブランであることを、僕は音楽雑誌の記事から知っていたから。彼女には、レコーディング中はストレス発散のためにモンブランしか食べなかったという逸話がある。
……ちなみに、嘘っぽく聞こえるが軽音楽部の先輩の実家がケーキ屋で、大量のケーキが差し入れられるのは本当の情報。
1周目のときも食べ切れないほどのケーキが僕の胃袋を襲った記憶がある。美味しかったけど。
「……ま、まあ、考えておく」
「ホント!?じゃあ待ってるよ!」
僕がその言葉を聞いてもはやウキウキだ。
上手いこと行けば時雨と本当にバンドを組めるのだから。
そんな僕をよそに、時雨は少し慌てながらそそくさと帰っていった。
あまり変化のない彼女の表情に、やんわりと恥ずかしさみたいなものが浮かんでいた気がする。僕の見間違いだったらごめん。
読んで頂きありがとうございます
少しでも「続きが気になる!」「面白い!」と思っていただけたら、下の方から評価★★★★★と、ブックマークを頂ければと思います
よろしくお願いします!
サブタイトル元ネタはUNISON SQUARE GARDENの『箱庭ロック・ショー』だったりします
カッコいいのでそちらもぜひ聴いてみてください