第29話 飛べない魚
◇理沙
スパークルランド行きの高速バスにゆられていると、あっという間に県境を越えた。
三重県と表示された看板を通り過ぎると、すぐに大きな観覧車やジェットコースターのレールが見えてくる。
東海地方屈指のテーマパークで、中高生なら行ったことのない人のほうが少数派だろう。
それなのに私の小さい頃には、どれだけねだっても連れて行ってもらえず周りの子たちとのギャップに悩まされた。
高校生になり仲間にも恵まれて、あっさりとスパークルランドに行く機会を得たわけだけど、心配な点がひとつある。
そう、実は私は全く泳げないのだ。
水の中では全く身動きがとれなくなる、いわゆるカナヅチというやつ。
普通に遊園地の方へ行くのならばなんの心配も無いのだけれども、夏はやっぱりプールに行くことになってしまう。
学校の水泳の授業は、なんとか言い訳をして回避してきたが今回はそうもいかない。
せっかくの優待券で、おまけに融や時雨が楽しそうにしているとなると、断るに断われなかったのだ。
今日の命綱である持参の浮き輪を手放さないよう、気をつけなければならない。
「……やっぱり理沙、泳げなかったんだ」
「す、すまん。でもみんなには黙っててほしい。私の都合でせっかくのスパークルランドが台無しになるのは嫌だから」
更衣室で水着に着替えている間、時雨とそんな話をする。
私は隠し事が下手であるのは自覚していたけれど、まさか最初に泳げないことに気づくのが時雨だとは思わなかった。
「でも大丈夫だよ。色々調べたけど、ここのプールは泳げなくてもなんとかなるのばっかりだし」
「ま、まあ、子どもも楽しむような施設だしな。なんとかなるだろ」
「大丈夫大丈夫。浮き輪もあるし、いざとなったらライフセーバーさんもいるから」
「ライフセーバーには世話になりたくないなぁ……、ははは……」
少しビビり気味な私に時雨はフォローを入れてくる。
なんだか情けない気もするけど、私のウィークポイントを知った上で気を遣ってくれる優しさに助けられている。
慣れない水着を身に着けると、思った以上に肌が出ていて私は急に恥ずかしくなる。しかし、着替えブースを出て周りの女性客を見ると、この程度のビキニぐらいは当たり前のように皆着こなしていた。
私だけが特別変であるわけじゃない。その事実を確認することで、私は少しだけ落ち着きを取り戻す。
ゆっくりと着替えていた時雨も、着替えブースのカーテンの向こうから現れた。
おろしたての水着が時雨によく似合っていて、これは女の私でもちょっと見惚れてしまいそうだ。
「日焼け止めも塗ったし、これでオッケーだな」
「うん。浮き輪も膨らませられてばっちりだね」
「……あれ?そういや集合場所どこだったっけ?」
「ええっと、確か温泉シャワーの向こうの――」
時雨に言われて視線をそちらに向けると、男子2人がシャワーを浴びてずぶ濡れになっている姿があった。
融も岩本も髪の毛はびしょびしょに濡れている。岩本のほうが外面が良いせいか、融よりも画になっていた。
いつもうるさく口出ししてくるくせに、こんなときでも男前なのかよと私は内心イラッとする。
時雨と私もシャワーを浴びる。思っていたほど冷たくなかった。
集合場所に集まると、なぜか男子2人はだんまりとしている。あれだけはしゃぎたがっていた融が急に照れくさそうにし始めた。岩本も岩本で、なぜか視線を合わせようとはしない。
「……どうしたんだ融?私たち何か変か?」
「い、いや、2人ともとても似合ってるなって……」
「なっ……、そんなことで褒めなくていい!」
「ご、ごめん!他意はないんだよ!」
融がそんなことを言うので、嬉しいような恥ずかしいような感情が湧いてくる。隣にいる時雨も気まずそうな表情をしているので、だいたい同じようなことを思っているに違いない。
「準備が出来たなら早く行こう。ウォータースライダー、もう結構並んでるぞ」
変な空気になったところで岩本が水を差すようにそう言う。
硬派でクールっぽいキャラクターではあるけれど、女子の水着姿を前にしてなんとなくいつものペースではない。そんな彼の挙動が私には少し意外に思えた。
プールのアトラクションで一二を争う人気があるウォータースライダー――『ブーメランツイスター』は大きなゴムボートを雪山を駆け下りるソリのように滑っていく。
一度に4人で乗られるため、行列には私たちのようなグループが多く並んでいた。
長々とした列に並んでいるうちに、いつの間にかウォータースライダーのスタート位置まで来ていた。
私はふとスライダーの行く先を眺める。
――高い。
別に高いところは苦手ではない。むしろ絶叫マシーンの類は好きな方だ。
しかしこの高さから水流に乗っていくと、とてつもない勢いで着水するのは目に見えている。
ゴムボートに掴まり続けられればいい。でも、そうできなかったときどうなるか。
スライダーの終着地点にあるプールで溺れてしまうに決まっている。
引き返すなら今だ。
なんやかんや理由をつけて、もっと安全なアトラクションに逃げてもいい。
でも、私は逃げようとはしなかった。
この水着を選ぶとき、麻李衣に言われて思い出したこと。
自分自身を見失わないために、弱さに向き合うことも時には必要なのではないか。
たかがアトラクションのひとつではあるのだけれども、ようやくブレかけていた自分の信念みたいなものが元に戻って来た気がする。
私は、ゴムボートに掴まってスライダーを駆け下りた。
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サブタイトルはASIAN KUNG-FU GENERATIONの『飛べない魚』から




