第28話 Terminal
◇理沙視点
7月20日金曜日、夏休み初日。
集合場所である名古屋駅の金時計には、人がごった返していた。平日ではあるけれども高校生をはじめとした若い人が多い。
早く家を出たつもりはなかったけど、私は意図せず集合場所に一番乗りしてしまった。
学校や授業をサボることは多々あるけれど、実は遅刻というものにはあまり縁がない。遅刻するぐらいならサボってしまえという開き直りもあるが、やっぱり根が真面目なんだろう。
しばらくすると、JRの改札側から時雨がやってきた。
彼女も私と同じで根が真面目だ。金時計は集合時刻の15分前をさしている。
「理沙、おはよ。一番乗りだね」
「おはよう。時雨も早いじゃないか」
「うん、電車が混みだす前に来ようかなって」
私はなるほどと相づちを打つ。人混みが苦手な時雨らしい理由だった。
ラッシュ前の時間帯にわざわざ快速ではなく普通電車を選んで来たらしい。人混みを避ける手段としても有効だが、空いている普通電車に座って体力温存をするというのもなかなか策略的だなと思った。
これから思いっきり遊ぶのだ。誰だって朝から電車移動で疲れたくはない。
「理沙、なんだか荷物がちょっと多いね」
「ああ、これか?浮き輪とか必要かなって思ってな」
「でも、浮き輪だったらスパークルランドでレンタルできるよ?ホームページに載ってた」
「えっ、マジか。それは全然知らなかった」
私はスマホを取り出してスパークルランドのホームページを開いてみた。確かにそこには浮き輪のレンタルサービスがあると書かれている。
完全な事前リサーチ不足だ。わざわざ自宅の物置の奥から浮き輪を引っ張り出す必要などなかった。
「理沙が浮き輪なんて、なんだか可愛いね」
「そ、そうか?別に可愛いデザインでもなんでもない浮き輪だぞ?」
「ううん、デザインじゃなくて。理沙ってすいすいと泳ぎそうなイメージがあるから、浮き輪ってちょっとギャップがあるなって思った」
時雨のその一言に私はドキッとする。
もちろん彼女の可愛らしい表情と仕草にびっくりしたというのもあるが、本質はそこではない。
別にこの浮き輪は可愛さ目的ではないのだ。えらく現実的な使用目的がある。
「あはは……、そんな感じに見えるか私」
「水泳選手もびっくりのフォームで泳ぎそうな感じだけど?あっ、もしかして理沙、泳げな……」
時雨が私の秘密についての核心に辿りつこうとしたその瞬間、今度は反対の名鉄の駅の方から「おーい」と私達を呼ぶ声がした。
その声に反応して振り向くと、そこには涼しそうな柄シャツを着た融がいた。
男子という生き物は基本的に荷物が少ないようで、彼はかなり軽装だ。水着を忘れたのではないかと思うぐらい何も持っていない。
しかし荷物が少ない代わりに、彼はとある人を連れていた。
その人物には3人とも馴染みがある。しかも、よりにもよって私が今一番会いたくないなと思っていたやつだ。
融よりも背が高くて、おまけに顔が良いので学校内外でモテている。当たり前のように歌もギターも上手い。
悪いやつではないが、我が強くて個人的には気に食わない性格をしている。
そいつの名は、岩本陽介。
このところのあいつは、私の気持ちの揺れを全て見透かしている。どれだけ私が取り繕っても、彼だけはごまかせない。
集合場所に2人がやってくると、一瞬岩本と目が合ってしまって私は思わず目をそらす。
やましいことはないのだけれど、何故だか変な気まずさがある。
「お、おい、融、どうして岩本を連れてきたんだよ」
「もらったチケットがペアチケットだったからさ、どうしても数合わせで1人追加しなきゃいけなくてね」
「それにしたって岩本じゃなくても……」
私は再度岩本に視線をやる。すると今度は彼の方から目線を逸らされた。
「……悪かったな、来たのが俺で」
「よ、陽介、これは理沙の冗談だから!……ねっ?理沙」
「あ、ああ……」
融にそう言われて私は思いとどまった。あからさまに嫌悪感を出したら、それこそせっかくのスパークルランドに遊びに行く機会が台無しだ。ここは大人になろう。
追加で誰かを呼んでくるとは聞いていたが、まさか岩本だとは予想できなかった。おおかた融の親友である野口あたりだと思っていただけに、岩本が現れたことに動揺を隠せない。
「野口も誘ってみたんだけど、彼女と行くからって断られちゃってね」
そういえば先日水着を買いに行ったとき、麻李衣も水着を買っていた。「これで野口を悩殺してやるんだから!」と意気込んで割と派手な水着を選んでいた記憶がある。
あの2人がデートでスパークルランドに行くのであれば、1人しかお呼びではない融の誘いには乗らない。
すると消去法的に、融の交友関係から選ばれるのは岩本か井出か、大穴で部長ぐらいだ。
どうしてもそこから1人選べというのなら、岩本になる。
よくよく考えたら、岩本が来ることはほぼ必然的なのだ。
「それじゃあ揃ったわけだし、スパークルランド行きのバスに乗ろうか」
融を先頭に、皆バスターミナルへ向かう。
その最中ずっと、苦手意識にも似た警戒心を私は岩本に向けたまま。
特に事件もなく今日が無難に終わればいいなと、私は思っていた。
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元ネタは04 limited sazabysの『Terminal』です!




