第23話 小さな恋のうた
◇時雨視点
涙というのは不思議なもので、流せば流すほど気持ちは落ち着いてくる。
あとで知ったけど、実はそれは人間の防衛本能みたいなものらしい。確かに言われてみれば、ずっと悲しいままでは社会生活を送るのは難しいから、そういう風に進化してきたことも頷ける。
夜明けまで涙を流し続けた私は、苦いものをすべてを吐き出したかのように空っぽになり、疲れ果てて眠ってしまった。
起きたときには日が高くなっていて、今学期何度目かの遅刻をしてしまったのだった。
涙が形を変えたかのように残ったのは、1曲のうた。
以前思いついたメロディを補足するように新しい旋律が生まれ、いつの間にか詞まで書き上がっていた。
不思議なことに、今までで一番完成度が高い気もする。
◆
午後の授業から出席することにした私は、このうたを一刻も早くバンドの形にしたいという気持ちで頭の中がいっぱいだった。
放課後、バンドの練習のため部室に向かうと、まだ誰も来ていなかった。
今日の練習はテスト前の最後の練習。未完成フェスティバルの書類選考結果はまだ来ていないけれど、このうたを2次予選のライブで歌えたらなと、そんなことをぼんやり私は考えていた。
ギターのセッティングをしていると、融がやってきた。
彼はなんだか疲れたような顔をしている。関根先輩とのトレーニングをひたすら続けているせいだろう。
あの体育会系の部活みたいな練習メニューをこなしていたら、誰だって疲労が溜まる。
「時雨、早いね。理沙は?」
「そう言う融も早いね。理沙はなんか職員室に呼び出されちゃったみたい」
「授業サボりすぎてるからなあ理沙は。そろそろ怒られても仕方がない時期だろう」
「そうだね。もうすぐテストだし、先生に喝を入れられてるのかも」
理沙のことだからテストで挽回してくるはず。融はそれをわかっているかのようで、やれやれと笑う。
私はギターのセッティングを終えると、融へあることを切り出した。
「……あの、融」
ドラムスローンの高さを調整している途中の融は、少しびっくりしたようにこちらを向く。
「ん? どうしたの?」
「昨夜、曲を作ったんだけどね……、ちょっと聴いてほしいなって」
「ほんと? 是非聴かせてよ」
融に私の曲を聴かせるくらいは何度もやってきた。でも何故か、今日に限ってはすごく勇気が要った。
なぜかと言うと、それが今まで私が書いたことのない類の曲だったから。
多分これは、『ラブソング』というものだと思う。
涙と引き換えに生まれたそのうたは、融への気持ちを綴ったもの。
私はまるで透明人間みたいな存在で、気づいてほしくても彼の視界に私はいない。
それでも自分がここにいることを証明するため、そしてあなたと一緒に居続けるため、私は歌い続ける。そういううた。
――タイトルは『トランスペアレント・ガール』
私は恋をしている。好き、融のことが。
想いは伝わらないかもしれない。拒絶されることもあるかもしれない。
でも、私があなたを好きであること、あなたが私を絶望の縁から救い出してくれたこと、こんなに楽しい青春へ誘ってくれたこと、せめてそれを形に残しておきたくて、私はこのうたを作ったんだ。
これから私がすべき事は、とてもシンプル。大好きな融と一緒に、大好きな音楽を奏でていくことだけ。
私が奏でているうたは、大切なことを改めて心に刻みつける、そんな恋のうただった。
「……どう、かな?」
私は歌い終えると、融の反応をうかがった。今までこんな曲を書いたことなどないものだから、どんなリアクションをしてくるかドキドキしていた。
「凄いよ。今までより数段レベルが上がってる」
率直に彼はそう言う。融はこういう風にシンプルに感想を言ってくれたときのほうが言葉に気持ちがこもる。
だからそう言われて私はホッとした。
「……実はね、こんな曲を出したら融にイメージと違うって言われそうで怖かったんだ」
「そんなこと言うわけないだろ。……まあ、急にスクリーモとかヘビーメタルみたいな曲を出してきたら驚くけどさ」
「フフッ……、でもたとえそれでも融はドラムを叩いてくれそうだよね」
あまりにも極端な想像に思わず笑ってしまう。確かに、私がそんな曲を書いてきたら、融に限らずみんなひっくり返るかもしれない。
肩の荷が降りた気がした。それと同時に、また私の中には前を向いて進めるぞという自信も湧いてきた。
ありがとう、融。やっと私はこれで、もっと前に進めるよ。
読んで頂きありがとうございます
時雨編は一旦ここまで、幕間を挟んで次章に入ります
ゆっくりお付き合い頂ければ嬉しいです
私事ですがこの度家族がひとり増えることになりました
もちろん小説も書きたいのですが、親として育児も頑張りたいと思っているので今まで通りとはいかなくなるかもしれません
できれば週1のペースを守っていこうとは思いますが、更新が無くてもエタったのではなく、
「あっ、コイツドタバタ育児やってんだな」
程度に思って頂けると大変ありがたいですm(_ _)m
少しでも「続きが気になる!」「面白い!」と思っていただけたら、下の方から評価★★★★★と、ブックマークを頂ければと思います
サブタイトルの元ネタは皆さんご存知、MONGOL800の『小さな恋のうた』です!
また次回もよろしくお願いします!(更新は9/25予定)




