第7話 幾千光年の孤独
次の日、僕はとある女子のクラスメイトから声をかけられた。
「芝草くん、もしかして昨日、奈良原さんと一緒にいた?」
その子は時雨と同じ中学出身の子だった。
なんなら、時雨が歌っていた寂れた商店街を教えてくれたのも彼女だ。
多分この子もあの商店街の近くに住んでいて、たまたま昨日僕ら二人が一緒にいるところを見かけたのだろう。
「ああ、いたけど。……それがどうかした?」
なにかまずいことをしてしまったのかと、僕は自分自身の行動を振り返る。
時雨に多少のちょっかいはかけたかもしれないけれど、さすがに他の女子生徒からそれを糾弾されるようなことはしていない。
「あの子と一体何をしていたの?」
「何って、奈良原さんの歌を聴いていただけだよ?僕、軽音楽部だからさ、バンドにでも誘おうかなって」
すると、そのクラスメイトは少しため息をついてから僕にこう告げる。
「芝草くん、悪いことは言わないわ。あの子――奈良原さんには関わらない方がいい。特に、絶対にバンドなんかに誘っちゃダメ」
「それは……、どうして?」
予想外の忠告に僕は少し虚を突かれた。
あんなに素敵な歌を歌えるのに、何故時雨に関わってはいけないのだろうか。
「あの子は中学のとき、部活をひとつ潰したの」
「部活を……?」
どういうことだろう。
よく大学生のサークルが痴情のもつれで空中分解するなんて話は聞いたことがあるけど、そんなの中学生には流石にませ過ぎている。
ましてやあの物静かで口下手そうな時雨だ。自分から喧嘩を売って人間関係をぐちゃぐちゃにしたとも思えない。
「私もあの子も『音楽部』ってところにいた。ピアノを弾いたり歌を歌ったり、みんなで楽しむことを目的にしていたわ」
意外にも時雨は中学のときに部活に加入していたらしい。
音楽部ってことは、それなりに発表会とか定期演奏会みたいなことをやっていたのだろう。
「でもあの子はみんなに出来ないことを要求するの。自分が出来るからって。本当にひどかったんだから」
クラスメイトはそう言うが、あの時雨が周りにそんな要求をするようには僕には思えなかった。
かなりこの子の主観が多めに入った見解なのだろうと想像して、僕は核心めいたことを言ってみる。
「それは……、やっぱり奈良原さんが凄すぎるから、みんな妬んでいたってこと?」
僕がすっとぼけたようにそう言うと、クラスメイトはムキになって言い返してくる。
「そ……、そういうわけじゃないわ!とにかく、協調性のかけらもなくて、みんなの和を乱しまくったのよ!中学最後の定期演奏会だって、あの子のせいで――」
図星だ。彼女はグッと何かを噛みしめるかのように事の顛末を語った。
要するに、『出る杭は打たれる』という言葉そのままの事が起こっていた。
クラスメイトの言い分は『杭を打つ側』そのものだ。
時雨はあれだけの才能を持つ子だ。当然のようにその能力に嫉妬する者が現れる。
おそらくはスクールカースト上位にいそうな奴に目をつけられたのだろう。
部員から妬まれた彼女は、定期演奏会で仲間はずれにされひとりでギターを弾いて歌うことになったらしい。
いくら素晴らしい歌を彼女が歌えると言っても、その演奏会のオーディエンスは『杭を打つ側』の息がかかった者たち。
時雨の歌が始まると、口裏を合わせた聴き手たちが一気に会場から立ち去っていったのだ。
仕組まれたことだとわかっていたとしても、その光景というのは心にくる。
僕も1周目でバンドをやっていたとき、お目当てのバンドを観終えたからといって、自分たちの出番前にお客さんが沢山帰ってしまうことがよくあった。
その時の僕は実力不足だからと己を納得させたけれど、時雨の場合は違う。
完全に人から嫌悪を向けられているのだ。一曲でも歌いきることがどれだけ辛かったか、僕には想像がつかない。
そのせいで時雨は自身の歌は人に受け入れられないものだと思い込んでしまったのだろう。だから、あんな感じで誰もいない商店街の端っこで、自分自身のためだけに歌うようになった。
更に胸糞悪いのは、その会場から立ち去った連中同士が「これはやり過ぎだ」「いや妥当だ」と揉めたことだ。
部活が潰れた直接の原因はその揉めた連中にある。しかし、そいつらは後になって「時雨さえいなければ揉めることもなく、部活は潰れなかった」とか宣うのだ。
時雨はむしろ何もしていないし、何も出来なかったんだ。
彼女が悪いことなんて、ひとつもない。
もし僕がそこに出くわしていて、拳を振るうことが許されるならば、ドラムなんて二度と叩けなくなっても良いぐらい暴れるだろう。
奈良原時雨の才能は、そんな小さなエゴのために潰されていいものじゃない。
「――ちょっと芝草くん聞いてる?もうこれ以上奈良原さんに関わるのは本当にやめにしたほうがいいよ?」
「……ご忠告どうもありがとう。でも、僕はやっぱり奈良原さんとバンドを組んでみたいんだ。その話を聞いたら尚更ね」
「やっぱり頭おかしいよ芝草くん」
「そりゃどうも」
言い返したい事は沢山あるのだけれども、ここでこのクラスメイトに言ったところで何にもならない。
ましてや、それが時雨のためになるかといえば答えは否だ。
だから僕は言葉を選んで精一杯こう返す。
「今度は奈良原さんと、『曲の途中でお客さんが逃げ出さないバンド』を目指して頑張るよ。それじゃ」
クラスメイトは僕の言動に多分ドン引きしている。でもそれでいい。
絶対に奈良原時雨をバンドに巻き込んで、コケにしてきた連中にひと泡でもふた泡でも吹かしてやろう。
そうして時雨に教えてやるんだ。
――『出過ぎた杭は打たれない』ということを、僕の手で。
読んで頂きありがとうございます
少しでも「続きが気になる!」「面白い!」と思っていただけたら、下の方から評価★★★★★と、ブックマークを頂ければと思います
よろしくお願いします!
サブタイトル元ネタはTHE BACK HORNの『幾千光年の孤独』だったりします
カッコいいのでそちらもぜひ聴いてみてください