第20話 謎
◇時雨視点
初めてのライブハウスは、独特な雰囲気を持っていた。
地下特有のちょっとひんやりした感じ。その空気はやや湿っていて、肌触りが良いとはお世辞にも言えない。
でも何故か、不思議と居心地の悪い感じはしなかった。
ここならどんな音楽でも受け入れてくれるような、懐の広さがあるからかもしれない。
「いい場所だろ、ここ」
ホールの中に入ると、ここまで案内をしてくれた岩本くんがそう言う。
彼は結構な頻度でここに出入りしているみたいで、スタッフさんとも顔見知りだった。
「うん。ライブハウスって怖そうなイメージあったけど、案外そうでもなくて安心した」
「特にここは俺のお気に入りだ。もう通い詰め過ぎて家みたいな感覚がある」
「ふふっ……、家みたいって」
「今に奈良原たちもそんな感覚になるさ。ここがホームグラウンドになるなら、結構幸せだと思うよ」
岩本くんは力説する。
確かにこんな雰囲気なら、普段学校で肩身の狭い思いをしている私にとっては良い居場所になりそうな気がする。
ここでライブが出来る日が少し楽しみになった。
「……ん? あれってもしかして融じゃないか?」
岩本くんが指差す先には、ドリンクを引き換えてきた理沙と一緒にお喋りをしている融の姿があった。
何故かわからないけど、融もこのライブに来ていたみたいだ。
私は融のもとに近づいて声をかける。
融もなんだかさっきまで緊張していたみたいで、ちょっと大きなため息をついて自分を落ち着かせていた。
「融も来てたんだ。偶然だね」
「そうだね、僕もこんな場所にみんな揃っててびっくりしたよ」
「融も今日のライブに誰か知り合いがいるの?」
「ええっと、実は――」
融がそう言うと、後ろから一人の女性が現れた。
私もよく知っている人物、関根先輩だ。
彼女が現れた瞬間、胸の奥がキュッと苦しくなって一瞬呼吸が乱れてしまう。
別に先輩が苦手とか、恐怖心があるとかそういうものではない。もっと別の、何か切ないようなそんな苦しさ。
融はやっぱり、関根先輩と仲が良いのだろうか。
最近はドラムの特訓もつけて貰っていると言うし、2人とも明るくてハキハキした性格だから、相性も良さそう。
悪いことではないはずなのに、そんな仲睦まじい2人を想像すると、どんどん気持ちが落ち込んでいく。
「へえ、融ってば、部長とデートかよ」
「違う違う、さっきも言っただろ? 凄くドラムの上手い先輩がいるから勉強しに来たんだって」
理沙が茶化すと、融はちょっと強い口調でそれを否定する。すると理沙は「冗談だよ」と若干慌てた素振りを見せた。
それを聞いて私は少しだけ安心してしまった。
なんでだろう。融と関根先輩が仲良くしないほうが私の心は安らいでいる。
さすがに自分が卑し過ぎやしないかと、自分自身を否定したくなる。
融は優しいけれど、いつもいつでも私のことを見てくれているわけじゃない。そんな当たり前のことに気が付かなくてどうするんだ。と、私は心の中で自分を責め立てた。
「時雨はどう? コーラス録りは順調?」
物思いに更けていたので、いきなり融から話しかけられて私はハッと驚いてしまう。
「う、うん。録るのはすぐ終わったよ。理沙に比べたらそんなに大変じゃないよ」
「そっか、順調そうで良かった」
「だから今は曲作りの勉強をしてる。岩本くんって、ものすごく理論立てて曲を作ってて、とても参考になるんだ」
「そ、そうなんだ。ま、まあ、ライバルがいると気合が入るもんな……」
融は少し困惑したような表情を浮かべる。
なんだかいつもより会話がぎこちない。
こんなに融と会話をするのは難しかったのかな。そんなことはなかったはずなんだけど。
しばらくすると照明が落ちてライブが始まる。
でも、他のバンドの演奏を聴いて勉強するつもりだったのに、あまり頭に入ってこなかった。
気づいたらライブは終わっていて、私は理沙と岩本くんと会場の外に出る。
待っていたら融もやって来るかなと思っていたけど、結局彼は来なかった。もちろん、関根先輩も。
「……融のヤツ、打ち上げに出てるみたいだから私達は先に帰ろう」
会場の中の様子をうかがってきた理沙がそう言う。
融は関根先輩と一緒に、ドラムの上手いOBの人からアドバイスをもらったりしているのだろうか。
心の中のモヤっとした感情は強まるばかり。
自分自身、この気持ちが一体何なのかわからないのが余計に辛い。
帰り路を3人で歩いていると、後ろから見慣れた黒い高級車がゆっくりと近付いてきた。
「……悪い、うちのお迎えが来たみたいだから先に失礼するわ」
「またね、理沙」
今日の片岡家の運転手はお父さんではなくお手伝いの人。
理沙は後ろのドアを開けると、その長い脚から車に乗り込んだ。
「またな。……てか岩本、私がいなくなったからって時雨に変な事すんなよ?」
「しないよ。ちゃんと送ってく」
「本当かよ? 時雨に何かあったら私が許さないからな」
理沙はまだイマイチ岩本くんのことを信用していないみたい。
岩本くんがはいはいと生返事を返すと、じーっと彼を睨みつける理沙を乗せた車がゆっくりと発進していった。
2人きりになってしまったけど、特に岩本くんと話せる話題もあまりなくてちょっと気まずい。
黙り込んだまま歩き進めて、横断歩道で信号待ちになったとき、岩本くんは重い口を開いた。
「……あのさ奈良原、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
神妙な面持ちで彼はこちらを見る。
その表情から察するに、冗談とか笑い話が始まるわけではなさそう。
「聞きたいこと?」
私はそれだけ言って岩本くんに聞き返す。
すると、次に彼から放たれた言葉というのはとても意外なものだった。
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サブタイトルの元ネタは小松未歩の『謎』です!




