第17話 I・N・M
◇時雨視点
岩本くんのレコーディングは翌週から始まった。
ベースを弾いたり歌を歌ったりと大きな音が出るので、録音場所は部室。
岩本くんは宅録で使用しているというMacBookを持参して、そこでDAWと呼ばれるソフトを使って曲を作っている。
楽器や歌の録音なんかも、このソフトとマイク、オーディオインターフェイスがあればすぐに出来るらしい。
よくアーティストのレコーディング風景をまとめたドキュメンタリーで見るような、大々的なスタジオで録ったりということを想定していたので、案外手軽なのだなと私は単純にそう思った。
手軽なわりに、これでもかなり本格的に曲作りに取り組めるということもあって、私は興味津々。
夏休みが始まったらアルバイトをして、お金が溜まり次第こういう機材を買うのもいいのかななんて思う。
「よし、準備OK。とりあえず、2人に演ってほしい曲のデモ音源を用意したから聴いてくれ」
岩本くんはヘッドホンを差し出す。ひとつしかないので、私は理沙に先に聴くよう譲る。
再生ボタンが押されると、ヘッドホンを装着した理沙の表情が変わった。
寝耳に水というか、予想外の音が聴こえてきて彼女は驚いている。
「お、おい……、これって本当にデモ音源なんだよな……?」
「当たり前だ。まだ俺が仮で録ったものに過ぎない」
「それにしたって完成され過ぎてるだろ。私らが手を入れる余地があるようには思えないんだが」
私は理沙からヘッドホンを受け取って装着する。
確かに彼女の言うとおり、岩本くんのデモ音源は完成度が高い。このまま応募しても問題ないと思えるレベルだった。
「いや、これじゃ駄目なんだよ。普通過ぎる。コンテストを突破するならもっと尖っていないと」
「だからって私達がこの曲に手を入れるのは……」
「いいんだよ、俺は完成度とかじゃなくて単純に君らの音が欲しいんだ。個性の強い音が入ってきても、俺の曲が俺のものであることをただ証明したい、それだけなんだ」
どこから湧き出てくるのかわからない、岩本くんのその熱意に私と理沙は目を見合わせる。
でも、彼の言わんとしていることはなんとなく理解できる。言葉にするのは難しいけど、どうやって自分を表現したらいいのか、彼は多分悩んでいる。
「……わかったよ。よくわかんねえけど、協力するって言ったからにはやるしかないからな」
私も理沙のその言葉に同意だ。
完成度は問わないと言われたのだから、兎にも角にもやってみないことには何も始まらない。
そうと決まれば動き出しは早い。
理沙は自分の弾くフレーズを覚えるために曲を聴き込み始めた。
一方の私はコーラス担当なので、岩本くんがギターの弾き語りで歌いながらそれに合わせるという練習をする。
「コーラスを入れる場所はそれほど多くはないから、奈良原のパートはすぐ終わると思う。……まあ、そんな緊張すんな、レコーディングだしやり直しは何度も出来る」
「わ、わかった。やってみる」
「それじゃ、まずはサビ前のところから。ここはシンプルに3度でハモって――」
ギターを鳴らしながらメロディーを乗せていく。
彼の言う通りに歌うと、綺麗なハーモニーが生まれていくのだ。
岩本くんは私と違って音楽理論的なことをきちんと理解している。だからこのコーラスのメロディみたいに、どこをどうしたらどういう結果になるかを分かっていた。
まるでコンピュータみたいに理詰めである彼の曲の作り方は、感覚派の私にとってカルチャーショック以外の何物でもない。
もう少し私も理論的なことを学べば、もっといい曲をこのバンドで演奏出来たりするのだろうか。
そう思うと余計に彼からいろいろ学びたくなってくる。
練習を一通り終えると、岩本くんは真面目なトーンで驚きの気持ちを漏らした。
「……それにしても奈良原はいい声だな。まるで音域の隙間を透過していくみたいだ」
「そ、そんなこと……」
褒められ慣れていないこともあって、私はまじまじとそう言われると照れてしまう。
自分としては普通に歌っているだけなので、あまり実感が湧かずなんだかふわふわして変な気持ちだ。
「あんな個性的なサウンドのぶつかり合いみたいなバンドで、ちゃんと埋もれずに歌が響くって凄いことなんだよ」
「そ、そうなの……?」
「もしかして……、自覚なかったのか?」
「う、うん……」
私が何も知らないままバンドをやっていたということを告げると、岩本くんはさらに驚きの気持ちを一段階上乗せする。
今更ながら気づいたことだけど、何人かが寄せ集まって音を出すだけではバンドにはならないのだ。
「バンドってのは複数人で演奏する以上、『前に出るべきところ』と『引くべきところ』があるんだ。まあ、平たく言うと駆け引きみたいなこと」
「そんなこと……、考えたこともなかった」
「片岡のえっぐいベースと融の手数の多いドラム、奈良原のギターも中々の爆音。普通だったらボーカルが埋もれて聴こえないはずなんだ」
駆け引きせずとも全員が全力で音を出せば成立するというのは、岩本くんいわく奇跡だと言う。
「じゃあ、その『駆け引き』を身につけたら、バンドはもっと良くなる?」
「YESとは言い切れないが、俺は悪くなることは無いと思う」
まだまだ学ぶべきことは多い。
でも私は、みんなでまだまだバンドをやりたいから、このチャンスを無駄にしたくはない。
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サブタイトルの元ネタはsyrup16gの『I・N・M』です




