第16話 PHASE
◇時雨視点
しばらくして屋上には融がやって来た。
珍しくお弁当を持ってきていなかった彼は、購買でお昼ごはんを買ってきたらしい。
なんだか寝不足気味なのか、ちょっと疲れているようにも見えた。コンテストへの応募関係でバタバタしていたので、それで夜ふかししていたのかもしれない。
いつものようなランチタイムが始まると、やっぱり話題はコンテストへの応募のこと。
融の友達である野口くんの彼女がこの間のライブ映像を撮ってくれたおかげで、間一髪応募に間に合った。
あとは一次審査の結果を待つだけ。
それに通れば、今度は地区予選のライブ、そして全国大会へと続いていく。
一生懸命ライブを演ったつもりではあるけど、やっぱりどのぐらい自分が出来ているのかはわからないもの。
お客さんは盛り上がっていたけど、それが校内の生徒ではなく一般の人たちだったらどういう反応をするのか、歌を歌う身としてはものすごく気になる。
「多分大丈夫だよ。2人ともあのライブのとき凄かったし」
融はそう言う。その口調は、なぜか少し遠慮気味だ。
まるで私と理沙だけ凄かったような口ぶり。
「何言ってんだよ、融だって凄かっただろう? あんなに屈託ない笑顔でドラム叩く奴初めて見た」
理沙の言うとおり、あのライブのときの融は子どものように楽しそうな笑顔で演奏をしていた。
そのおかげで私も人前で演奏する怖さから解放されたようなものだ。
融ではない人がドラムを叩いていたならば、そうはならなかったはず。
「融、凄く楽しそうだった。あれで私も楽しくなれた」
本心でフォローを入れるのだけれども、融はなんだか納得がいっていない様子。
彼は少し考え込んだあと、こんなことを漏らす。
「……ちなみに2人に聞きたいんだけど、僕のドラムって技術的にどう? 率直に教えて欲しいんだ」
「どうって、高校生にしたらかなり叩ける方だと思うけどな? うちの部の中でも上位陣だろ」
「うん、私もそう思う。融、上手いと思うよ」
私は正直に答えた。
他のドラマーのことをよく知っているわけではないけど、少なくとも格好良く演奏出来るレベルに融はいる。
付け焼き刃でなんとかドラムをこなしていた小笠原くんとは比べるまでもない。高校一年生でこれだけ叩ける人は、校外でもそれほどいないと思う。
でも融の表情は晴れやかにならない。
それどころか、むしろ自分はまだまだなんじゃないかと考え込んでいるようにも見えた。
彼としてはこの程度では満足がいっていないのかもしれない。もっと融の理想は高いところにあって、それに向けて頑張らなければいけないと自分で自分を戒めている。
やっぱり融は凄い。
『勝って兜の緒を締めよ』のことわざではないけど、現状に留まろうなんて全く考えていないのだ。
私もまだまだ上を目指さなくては。
昼食を食べ終えて皆でぼーっとしていると、屋上に珍しくお客さんが訪れた。
「……本当にここで昼休みを過ごしてるとはな」
屋上の重い防火扉を開けて姿を見せたのは岩本くんだった。なにやら、私達に話があるらしい。
「ちょっと頼みがあってな。――そこの女子2人、ちょっと貸してくれ」
岩本くんに貸してほしいと言われて、私はちょっと身構えてしまう。
まさかとは思うけど、彼の新しいバンドに私を引き入れようというのだろうか。
「すまんすまん、ちょっと言い方が悪かった。何というか、奈良原と片岡にちょっと手伝って欲しいことがあるんだ」
岩本くんはA4サイズのフライヤーを取り出してこちらに見せる。
そこには『宅録インターハイ』というコンテストの概要が記されていた。
「ちょっと2人の協力が必要なのさ。具体的には、女声コーラスとエッグいベースが欲しい、もちろんそれなりに礼もする」
岩本くんはそう説明する。
どうやら彼は私と理沙を引き抜いてバンドをやろうとしているわけではなく、個人で曲を作ってコンテストに出ようとしているらしい。
そうなれば当然、彼では出せない音や声というのが必要になることもあるだろう。
女性の声だったり、理沙の特異なベースの音なんかは多分その最たる例。
手助けが欲しいと言う気持ちもよくわかる。
「ちなみに僕は?」
融が岩本くんへ聞き返す。
演奏力を考えたら融のドラムだってかなりのものだ。間違いなく戦力になるだろう。
でも、岩本くんはそれだけは頑なに拒んだ。
「融のドラムまで録ったら完全に俺がお前らのバンドに乗っかっただけになっちまうだろ。それは避けたい」
融はがっくりとうなだれた。
けど、それは岩本くんの譲れないポイントなのだろう。
融が仲間に加わればそれはもう百人力だ。
頼りたくなってしまうのが本心だと思う。
でも彼はあえて融には頼らず、壁を越えていこうとしている。
あのライブで一度力不足を実感したからこそ、そう思うのだろう。
「そう言われてもな……、私のベースなんて誰でも弾けると思うんだけど」
「私も……、コーラスなんて自信ない……」
理沙は謙遜するようにそう言うので、私もなんとなくそれにつられて続ける。
それでも、そんなのお構いなしという感じで岩本くんは私達に懇願をしてくるのだ。
「自信なんてなくていい、とりあえず手を貸して欲しいんだ。頼むっ……、この通りだ!」
彼は2人に頭を下げる。
その姿を見て、私はいちソングライターとして岩本くんの曲作りに少しだけ興味が湧いた。
融は現状に満足せずにさらに上を目指そうとしている。
そんなに融が頑張っているのだ。私も、自分の感覚に頼り切った今まで通りの曲作りや歌い方でいいはずがない。
ここは少しだけ大人になって、岩本くんのノウハウをひとつ吸収してみるのも手だと私は思った。
「ま、まあ……、どこまで出来るかわかんないけど、岩本がそこまで言うなら弾いてやるのもやぶさかじゃないが……」
「……私も、理沙と一緒なら」
一人では不安だけど、理沙も一緒にいるなら尚更この機会を逃すわけにはいかない。
もっと良い曲を作るために、私は殻を破るべきフェーズに来たのだろう。
こうして、私と理沙は岩本くんのレコーディングに付き合うことになった。
融がこのときどんなことを思っていたのか、このときの私は知る由もない。
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サブタイトルの元ネタはアナログフィッシュの『PHASE』です!




