第15話 名前のない青
◇時雨視点
「――奈良原さんっ! 好きです! 付き合って下さい!」
「ええっと……、ごめんなさい……」
放課後、校舎裏のとある物陰、私はそこに呼び出されていた。
あのライブ対決のあと、こんな風に男子から告白されることが増えた。
もちろん、名前も知らないような人と付き合う気は無いので、丁重にお断りしている。
中学のときはこんな告白をされることなどなく、むしろ皆から陰口を叩かれていただろうから、私を取り巻く環境というのは、幾分マシになったのだと思う。
それもこれも、全部融のおかげだ。
彼のおかげで少なくとも私は、まともな高校生活を送ることが出来ている。
もし、融が居なかったらと思うとゾッとしてしまう。
多分、学校にも行かず、信じられる人もいないまま、音楽さえ嫌いになっていっただろうから。
そんな青春を経た自分の未来など、明るいわけがない。
だから私は、とにかくみんなと今を楽しめるように頑張りたい。
そう思いながら毎日を過ごしている。
◆
6月25日、月曜日のお昼休みのこと。
いつも通り私達の溜まり場になっている屋上に足をのばした。
必ずと言っていいほどそこには理沙が先に訪れている。
今日の彼女はなにやら、どこかで手に入れた扇風機をコンセントに繋いでセッティングをしていた。
「よっ、時雨。今日も暑いな」
彼女は笑顔で私を迎える。
こんな風に自分を受け入れてくれる友達がいるなど、少し前では考えられなかっただけに、理沙のその笑顔がとても心地良い。
「暑いね。……理沙? その扇風機はどこから持ってきたの?」
「ああこれか? 父さんの事務所にあったお古を拝借してきた。さすがに屋上も暑くなってきたしな、これぐらい用意しないと」
「もしかして、午前中の体育に出ていなかったのって……」
「もちろん、これを取りに行くためにサボった」
私と理沙はクラスが隣なので体育の授業が一緒。
今日は理沙の姿が見当たらないなと思っていたけど、どうやら授業より涼の確保を優先したらしい。
理沙っぽいといえば理沙っぽい。多分彼女のことだから、最低限出席すればいい回数を把握していて、その上でこんなことをしているのだろう。
私はやれやれという感じで軽く笑った。
理沙が扇風機のスイッチを入れると、ファンがぐるぐると回り出す。お古とは言いつつも小綺麗に見えるそれからは、心地のいい風が吹いてきた。
適度な日陰もあるので、今日の最高気温の数字を見たあとだとだいぶ涼しく感じる。
「いやー、やっぱり風があると全然違うわ。これで午後も快適に過ごせるな」
「午後もって……、理沙、そんなにサボって大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫、出席の分はテストで挽回するからヘーキヘーキ」
よっぽど理沙は学業に自信があるのだと思う。さすが県内随一の進学校を狙っていただけある。
私はそれほど頭が良いわけではないので、今度のテストのわからないところは理沙に教えてもらおうと思った。
「そういや時雨、昨日も誰かに呼出されてなかったか?」
「あっ……、うん。全然面識のない人だった。付き合ってくださいって。……も、もちろん断ったよ?」
理沙は「またかよ」とつぶやいて、持っていた紙パックの紅茶のストローに口をつける。
「時雨、最近そんなのばっかりで大変だな。男ってのはなんでこう衝動的なんだろうな。私から言わせたら意味がわからない」
あははと私は苦笑いする。
今まで孤独に過ごしてきた私にとって、恋愛どうのこうのというのは正直なところよくわからない。
なんとなく今まで批難されてきたのが評価に変わりつつあるのは理解している。けれども、改めて好意を向けられたときどう対処していいのか、どう向き合えばいいのか私にはわからない。多分それが致命的に私には足りないのだなと思う。
だから理沙はそんな私が危ない目に合わないよう、ちゃんとアドバイスしてくれるのだ。
「……おいおい、笑い事じゃないぞ? ああいうのは時雨と付き合うことがステータスになると思ってる奴らだからな。断ったら断ったで急に手のひらを返してくることだってあるんだぞ」
「そ……、そうなの? それはちょっと怖いかも……」
「だから気をつけろよ? そうなる前に先行防衛策として誰かと付き合っておくのもアリかもな。なーんて」
理沙はたまに恥ずかしがることなくそんなことを言う。
確かに理には適っているとは思うけれど、私にそんな器用なことが出来ないのは彼女が一番知っている。これは理沙なりの軽い冗談だ。
「まあ、そんな時は融を頼りゃいいんじゃないか。あいつなら助けてくれるだろ」
「そ、そうかなあ。融だって色々あるだろうし……」
私は少し困惑する。
融は恩人だ。それは揺るぎない事実。
でも、私はこれからもずっと彼にもたれかかったように過ごしていいのだろうかと、たまに不安になることがある。
ましてやあれだけ明るくて、皆を引っ張ってくれる太陽みたいな存在である融が、ずっと私のことを気にかけてくれるなんて考えるのはさすがに思い上がり過ぎている。
そう思うと、なんだか胸の奥がチクっとした。
今まで感じたことがなかったそんな感覚。
その感覚につける名前を持ち合わせていないぐらい、まだ私は青い。
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サブタイトルの元ネタは神様、僕は気づいてしまったの『名前のない青』です




