番外編① ANOTHER TIME / ANOTHER STORY
◇1周目 融がクビになる少し前のこと
夏も近づくある日の夜。
都内にある小ぢんまりとした飲み屋にいたのは、ストレンジ・カメレオンのギタリストである小笠原昌樹。
彼はとある先輩からここに呼び出されていて、その人が来るのを待っていた。
融も陽介も、ましてや井出も連れてはいない、小笠原ただ一人。
とりあえず彼は生ビールとお通しで所在の無さを埋めていると、約束の時刻より少し遅れてその人はやって来た。
「いやー悪い悪い、この店に来るの久しぶりでちょっと道に迷っちゃった。もしかして結構待った?」
「いや、俺もさっき来たばっかりっす。――とりあえず建山さん、生ビールでいいすかね?」
「おう、それで頼むわ」
現れたのは小笠原の先輩にあたる建山優吾だった。
彼はSleepwalkng androidsというバンドのドラムを務めていたが、どういうわけかデビュー目前というところで解散をしてしまった。
腕のあるプレイヤーではあるので、今は知り合いのバンドでサポートドラマーをやって食いつないでいる。
そんな建山は、『いい話がある』と言って小笠原をここに呼び出したのだ。
生ビールが届いて2人は軽く乾杯をすると、早速小笠原が切り出し始める。
「あの、建山さん。いい話っていうのは一体何なんですか?」
「フフッ、やっぱり小笠原はせっかちだな。まあ、俺にもお前にもメリットがあるいい話だよ」
建山はお通しででてきた揚げだし豆腐を一口つまんで続ける。
「率直に言うとメジャーデビューしないかって話だ」
「デビューって……、それは建山さんのツテでってことですか?」
「まあそうだな。俺が前のバンドでデビューしかけたときのコネなんだけど、そこでお前らをデビューさせるって話。どうだ? 魅力的だろ?」
小笠原はあまりにシンプルかつ魅力的な話をされて現実味が湧いていなかった。それに、デビューの話ならば、なぜ建山が自分だけをここに呼び出したのか理由がわからない。
小笠原は疑問を建山へぶつける。
「……何でそんな大切な話を俺に?」
「それはな、陽介がいたら多分反対されるからだ。無論、融なんかがいたらそもそも議論にすらならねえ」
建山はそう言う。
それはつまり、デビューにあたって陽介や融もが嫌がる条件があるということ。
だから建山は、最初に小笠原から根回しを始めたというわけだ。
「一体何なんですか、デビューの条件って?」
「なあに簡単なことよ、お前らのバンドで俺をサポートドラムとして使ってくれればいい」
「そ、それってつまり、融をクビにしろっていうことですよね? だから俺にそんな話を……?」
「ああそうよ。お前なら上手くメンバーを言いくるめてくれると思ってな。それでこういう形になった」
建山はタバコに火をつけた。
メジャーデビューするバンドのドラムをサポートで叩くとなれば、彼にはそれなりの実入りになる。
一方で融以外のメンバー3人も悲願のメジャーデビューが出来る。
見かけ上、この提案で損をするのは融だけと言ってもいい。
ただそれを実行するには、融以外にももう一人ネックになる人物がいた。
「でもそんな話、陽介が聞いたら即却下ですよ」
「そりゃあそうだろうな。アイツ、俺のこと好かねえみたいだし」
「じゃあ無理じゃないですか。さすがに俺も建山さんのことでアイツを説得出来る気がしませんよ」
「だから俺の名前は伏せておけばいい。いざメジャーデビューしてから、俺がたまたまサポートとして連れて来られたってことにすりゃ自然だろ?」
建山のどこか老獪な作戦に小笠原は肝が冷えた。
彼は先輩の建山にいい思いをさせてもらったり、トラブルの間に入ってもらったりと何かと恩がある。
だから小笠原の中では、今の建山を敵に回すのはまずいと思っているのだ。
ここで恩人の差し伸べた手を振り払えば、あとでどんなしっぺ返しが来るかと思うと、うかつに誘いを断ることなんて出来やしない。
「それにさあ、お前らだってもう結成10年とかだろ? そろそろデビューしとかないともうまずいんじゃないの?」
「そ、それは……、そうかもですけど……」
ストレンジ・カメレオンはここ数年明らかに伸び悩んでいた。
観客動員やCDの売れ行きは頭打ち。音楽一本で飯が食えるかと言えば、首を縦に振るのは躊躇われる。
小笠原だけでなく陽介も融も井出も、おそらく同じようなことを思っている。このままではジリ貧だ。
だから現状打破の手段として、建山の提案はかなりの劇薬であるが小笠原には段々と魅力的に見えてきたのだ。
「だからさ、俺は信用のおけるお前に手を差し出したってわけ。まあ、融には悪いけどアイツなら他行ってもなんとかなるだろうし」
「陽介はどうするんですか……?」
「大丈夫大丈夫、その辺もちゃんと考えてあっから。――じゃあこれ、渡しておくわ」
建山が差し出したのはとある大手レコード会社の人の名刺。
彼いわく、この人の名前を出してメンバーを説得すればいいとのこと。
完全に外堀は埋められていて、もう小笠原には建山の脅しにも似た提案を断ることは出来なかった。
「……わかりました。建山さんの言うとおりやってみます」
「おう、頼むわ。そんじゃ今日のところは俺の奢りだ。好きなだけ飲み食いしとけ」
小笠原はこの日、人生で一番味のしないビールを無心に喉へと流し込んた。
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サブタイトルの元ネタはBEAT CRUSADERSの『ANOTHER TIME / ANOTHER STORY』です!




