第14話 その未来は今
ライブの日から数日。
僕は先輩からの告白に対して、回答を保留したまま。
薫先輩は魅力的な人だ。
もちろん彼女のことは嫌いではない。むしろ好きと言ってもいいのだけど、好きという気持ちのベクトルが、時雨に対するものとはちょっと違う感じがする。
違和感があるならさっさと告白など断ってしまえばいいのに、優柔不断な僕はただいたずらにそれを引き伸ばしにしていた。
薫先輩だって並々ならぬ覚悟で想いを打ち明けたのだ。僕が断るにしたってどういう言葉を並べて、どういう理由でそうなったのかはっきりさせておかないと、それこそ無責任な気もする。
でも僕はまだ、それを上手く言語化出来ていない。
◆
バンドの練習のため部室に向かうと、そこにいたのは時雨ひとりだけだった。
来週からテスト週間が始まるので全部活が休みになる。今日の練習はテスト前の最後の練習。
まだ未完成フェスティバルの書類選考結果は発表されていないけれども、持ち曲の少ない僕らは先を見越して曲を作ったりアレンジをしたりしていた。
「時雨、早いね。理沙は?」
「そう言う融も早いね。理沙はなんか職員室に呼び出されちゃったみたい」
「授業サボりすぎてるからなあ理沙は。そろそろ怒られても仕方がない時期だろう」
「そうだね。もうすぐテストだし、先生に喝を入れられてるのかも」
僕はやれやれと笑う。
理沙のことだから多分この程度の呼び出しは計算済みだろう。テストが始まれば圧倒的学力で先生方を黙らせるに違いない。
時雨はギターのセッティングを終えて、手癖のフレーズをチャカチャカと鳴らしている。
ふと彼女の顔を見ると、なんだか目が腫れぼったい。
こんな夏場に花粉症にでもなったのだろうか。
「……あの、融」
ギターを鳴らすのを止めた時雨は、ドラムスローンの高さを調整している途中の僕を呼び止める。
「ん? どうしたの?」
「昨夜、曲を作ったんだけどね……、ちょっと聴いてほしいなって」
「ほんと? 是非聴かせてよ」
僕に曲を聴かせるくらい、今まで何度もやってきたことなのだからそんなに改まらなくてもいいのになんて僕は思う。
けど、時雨の曲を聴いた瞬間、その意味が分かった。
なぜかと言うと、それが今まで彼女が書いたことのない類の曲だったから。
それはいわゆる、『ラブソング』というもの。
メロディはどこかで聞いた覚えがある。
記憶を辿るとすぐに答えにたどり着いた。あのバンド合宿のとき、時雨が夜中に思いついたと言って奏でていたもの。
そのメロディに乗った歌詞には、想い人への気持ちが時雨の言葉で綴られている。
今までにない曲だけに、時雨はかなり勇気をもって歌っているように見えた。
予想外の新曲に、僕は心底驚いていた。
1周目で奈良原時雨の曲を聴き漁った僕だけど、彼女のレパートリーの中にはラブソングというものは1曲もないのだ。
当時の彼女は商業的な理由で書かなかったのか、それとも彼女に書く力がなかったのかはわからない。
けれど今、時雨は『ラブソング』を書いた。それに至るまでに彼女に大きな心境の変化があって、さらに楽曲を作る能力を進化させたのは間違いない。
まず間違いなく、時雨は恋をしている。そしてその歌は、僕を目覚めさせるには十分な衝撃だった。
今まで僕は何をしていたのだろう。
自分のここまでの行いを省みる。
僕は悪夢にとらわれ続けて、自分自身のことにしか気が回っていなかった。
その悪夢も結局、自分が作り出した妄想でしかない。
だからここまでの僕は、ずっと僕自身を振り回し、僕自身に振り回されていた。
でも今この歌を聴いてやっとわかった。
僕が本当に向かい合うべきは、今ここにいる時雨だ。
このタイムリープで僕がすべき事、――時雨がこの先の未来で悲劇の結末を迎えないように尽くすことを、やっと思い出したんだ。
かなり遠回りをしてしまったことが悔やまれる。なぜなら、時雨がこの歌を歌うということは、もう彼女の気持ちは十中八九誰かに向いているから。
多分陽介かな……、そうだろうな………。
他の誰かであったとしても、そこに僕の介入する余地はないかもしれない。
ちょっと遅かったなあなんて、それは僕の都合の良い言い訳だ。
でも僕は時雨のことが好きだ。想いが届くか届かないかは別にして、せめて彼女が幸せであるように行動することが僕の一番したいことであり、やるべきこと。
薫先輩とドラムの特訓をして、未来のために自分を高めるというのも決して悪いことではない。
しかし、ここできちんと『今』というものに向き合えないようでは、未来なんてものはそもそも存在しないのだ。
今向き合わずして、いつ向き合うんだ。
タイムリープですべて分かった気になっていた自分を、この子はことごとく越えていく。奈良原時雨はそれぐらい凄い。
だから僕はせめて、そんな時雨のそばにいて、ずっと彼女を見ていたいんだ。
時雨が目の前で奏でている歌は、大切なことを思い出させてくれる、そんな恋のうただった。
「……どう、かな?」
時雨は歌い終えると、自信無さげに僕の表情をうかがう。
「凄いよ。今までより数段レベルが上がってる」
自分の持っている語彙力を尽くして彼女を絶賛したかったのだけれども、僕の力ではこの程度だ。もっと上手に言葉を並べられる人が羨ましい。
「ほんと……?」
「ほんとほんと。こんなことで嘘ついてもしょうがないでしょ」
僕がそう言うと、時雨は胸を撫でおろして大きく安堵のため息を吐いた。
「……実はね、こんな曲を出したら融にイメージと違うって言われそうで怖かったんだ」
「そんなこと言うわけないだろ。……まあ、急にスクリーモとかヘビーメタルみたいな曲を出してきたら驚くけどさ」
「フフッ……、でもたとえそれでも融はドラムを叩いてくれそうだよね」
そうかもな、と僕はクシャッと笑った。
時雨は歌う前より少し晴れやかな顔になった気がする。彼女の勇気のおかげで、僕も今やらなければならないこと――薫先輩への返事がまとまってきた。
ありがとう、時雨。やっと僕はこれで、前に進めるかもしれない。
読んで頂きありがとうございます!
月間ランキングも落ち着いてきましたが、いつもご贔屓頂き本当にありがとうございます!
この話がとても難産で大変でした。うまい具合に次章へ持っていく言葉選びが難しいのなんの……。
次話から少し番外編を挟み、そのあと時雨編になります。ファンの皆様(?)お待たせいたしました。
少しでも「続きが気になる!」「面白い!」と思っていただけたら、下の方から評価★★★★★と、ブックマークを頂ければと思います!
サブタイトルの元ネタはpillowsの『その未来は今』です!カッコいいので聴いてみてください!




