第6話 斜陽
奈良原時雨がデビューしたときの音楽雑誌にはこう書いてあった。
『高校時代は学校にはあまり行かず、商店街の片隅でずっと路上ライブをしていた』
彼女のファンである僕は、この雑誌の記述をしっかりと覚えている。
それはつまり、彼女に会いにいくのであれば校内を探すより近所の商店街を回ったほうがいい、ということ。
昨日、部室で時雨との邂逅を遂げたわけだが、結局それ以上のことはできていないままだ。
僕の記憶では、彼女はその後軽音楽部に入部届こそ出すものの、全く姿を見せないまま学校を辞めていった。
時雨が1周目と同じ立ち振る舞いをするのであれば、僕の方から探しに行かないともう一度会うことは叶わないということになる。
善は急げだ。
近隣にいくつかある商店街を探し回って、彼女を見つけ出そう。
もう一度話が出来れば、何か道が開かれるかもしれない。
そこで問題が解決するという確証はない。だが、何もしないよりはいい。
放課後を告げるチャイムが鳴ると、僕は荷物をまとめて学校の外に飛び出した。
目星となる商店街は3ヶ所ほどピックアップしてある。
奈良原時雨と同じ中学出身のクラスメイトにそれとなく話してみて、路上ライブが出来そうな場所を聞き込んだ。
……ちなみに、時雨の出身中学は1周目のときに彼女を追っかけているうちに知ったものだ。万一彼女に情報の出どころを問われたら、回答に窮するのは間違いない。
傍からみたら立派なストーカー行為だろう。
1つ目の商店街は空振り。人通りはそこそこで、昭和な香りがする温かい場所ではある。でもどうやら時雨のお眼鏡にかなわなかったらしい。
2つ目の商店街は駅が近くてサラリーマンや他校の学生も多い所。流行りのお店もそこそこ出ていて賑わっている。
しかし、ここにもいない。
3つ目はアーケード街。人通りは少なくて、シャッターを閉じている店が多い。バブル期の勢いで作ったようなそんな面影のある寂れた商店街だった。
こんな場所にいるわけないだろうと僕はたかを括っていたわけなのだが、他に彼女がいそうな商店街も無いのでとにかく隅々まで探してみた。
するとどうだ、寂れた商店街の端の端、『場末』という言葉がこのためにあるのではないかと思うぐらいの少し開けたスペースに彼女はいたのだ。
アコースティックギターを担ぎ、制服を隠すように上からパーカーを羽織った奈良原時雨がそこで歌っていた。
路上ライブであるのに客は誰一人いない。遠くからみたら、そこだけ温度が低く見える。とても容易く近寄れるような雰囲気ではなかった。
でもその歌声は既に常人の域を超えている。
今すぐデビューしてもヒットチャートを駆け上がるレベルだろう。
それだけに、奈良原時雨の放つ誰も近付けない雰囲気が勿体ないとも思った。
彼女が歌っている曲はデビューアルバムのリードトラックである『時雨』だ。彼女の名前と同じタイトルのこの曲は、その後シングルカットされてミリオンを記録する大ヒット作となる。
その曲の内容は確か……、まあ、これは後でいいか。
とりあえず今は彼女にコンタクトを取るべきだろう。
彼女は『時雨』を歌い終わると、僕の存在に気がついたのか、ムッとした表情を少しだけ浮かべる。
「いい曲だね」
お世辞抜きで、僕は率直に感想を述べた。
「……何しに来たの?」
「ちょっとたまたま通りかかったら素敵な歌が聴こえてきたから」
僕がそう茶化すと、彼女は軽く受け流す。
その不機嫌な顔はピクリとも変化しない。
「いつもここで歌ってんの?」
「……あなたには関係ない。用がないなら帰って」
第一印象がアレだったのでこんな塩対応をされるのは仕方がない。それでも、僕は簡単に引き下がることはしなかった。
「頑固だなあ……、歌を聴きに来ただけなのに」
「私の歌を聴きたがる人なんか……、誰もいない」
「いるじゃん、ここに」
僕は自分で自分を指差す。
そんな僕を鬱陶しく思ったのか、時雨は怪訝な顔でこちらを見た。
「……本気で言ってるの?それ」
「もちろん。僕はいつでも本気だよ」
「……意味わかんない」
時雨は、まるで自分は自分だけのために歌を歌っているんだと言いたげであった。
誰かに自分の歌を聴かせたところで、まともな反応など返ってこない。むしろ彼女は逆に、自分の歌は聴いた人を不快にさせるんじゃないかと本気で思い込んでいるのではないかとすら僕は感じてしまう。
もちろん、そんなことはない。
時雨の歌は、とても魅力的だ。
「今はわかんなくていいよ。……それより、次の曲は?」
僕は今、奈良原時雨のライブを独り占めしている状態だ。
未来を知っている僕からしたら、ここはどれだけ金を積んでも居座ることの出来ない特等席。次の曲が聴きたくて聴きたくて仕方がない。
しかし、僕の意に反して彼女は担いでいたギターをしまいはじめる。
「……今日はもう帰る」
「そんなあ……。せめてもう一曲ぐらい聴かせてよ」
「しつこい」
「お願いだよ、僕、結構君の歌は素敵だと思っているんだ。だから一曲だけ頼むよ」
僕は両手を合わせて拝み倒す。
1周目の人生で、自分のバンドの初めてのワンマンライブが成功するように明治神宮へお参りに行ったときより本気の拝みっぷり。
僕にとって奈良原時雨というシンガーソングライターは、神様なんて超越するぐらい凄い存在なのだ。
「今日はもう遅いから終わり。また……」
時雨は何か言いかけて、続きを言うのをやめた。
「また……?」
「……なっ、なんでもないっ!とにかく私は帰る!」
そう言って慌てた様子で彼女は去っていった。
時雨の言葉の続きが「また明日」であるならばと妄想すると、僕はちょっとニヤけ顔を抑えることが出来なかった。
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サブタイトル元ネタはART-SCHOOLの『斜陽』だったりします
カッコいいのでそちらもぜひ聴いてみてください