第6話 真赤
もし高校生活を振り返ってくださいと言われたら、『バンド漬けの青春を送ってきました』なんて1周目の僕は言うだろう。
でもそんなのまだまだ甘い。
2周目の僕のほうが、よっぽどバンド漬けの生活を送っている。今の僕が1周目の自分を見たら、鼻で笑ってしまうかもしれない。
朝はジョギング、空き時間を見つけては基礎練習、放課後はバンド練習。さらには薫先輩直々の特訓もオマケでついてくる。
かなりハードな生活だと思うけれど、これぐらいキツイほうが今の僕には良い薬になるだろう。
暇になってしまったら、またあの夢のようなことを妄想してしまいそうだったから。忙殺されたほうが余計なことを考えなくて済む。
「芝草はちょっとだけ左右のバランスが悪い。特に左手から叩き始めるフレーズのリズムがちょっとヨレる気がする」
後枠での部室練習。薫先輩とのマンツーマンレッスンが始まっていた。
まるで本当にドラムの講師なのではないかと思うぐらい、彼女の指摘は的確だ。1周目の時からずっと、左手から始まるフレーズには苦手意識がある。
「どうも昔から左手のフレーズが苦手なんですよね。何か良い練習方法って無いですかね?」
「徹底して左手からのフレーズを叩くのが一番だが……、あとはアレだ、ツインペダルを練習するといい」
「ツインペダルですか……?」
ツインペダルとは通常右足でバスドラムのペダルを踏むところを、さらにもう一本ペダルを増やし、左足でも踏めるようにしたもの。
メタルバンドでは所謂ツーバス――バスドラム自体を2つ用意することがよくあるが、設備上制限が多いのであまり現実的ではないことが多い。
そのためツインペダルを利用して、擬似的にツーバスを再現することが一般的である。
「そう、手と足は密接に関係しているからな。手だけじゃなく足も鍛えることで左右のバランスが整うというわけだ」
「なるほど……」
薫先輩が言うと説得力がある。
なんせ先輩は生粋のメタラーで、呼吸をするかのようにツインペダルを常日頃踏んでいるのだ。それで僕なんかより数段上手いので、たとえデタラメだとしても信じてみたくなる。
「良ければ私のを貸してやるぞ。自宅で菫が勉強中に居眠りを始めたら、これを使って壁を徹底的に叩くといい」
「お言葉ですけど先輩、うちの姉はその程度じゃ起きないです」
という冗談を言うと、薫先輩はクシャッと笑う。
「それもそうだな、じゃあ銅鑼も貸してやるぞ」
「持ってるんですかっ!?」
僕が本気で驚くと、「嘘だよ」と薫先輩は意地悪な笑みを浮かべた。
気さくな彼女のおかげで、ハードなバンド漬け生活も案外悪くないなと思える。
ツインペダルを設置して練習を続けていくが、これがなかなか骨が折れる。
1周目の僕には縁が無かったものだけに、普段使われていない筋肉が酷使されて悲鳴を上げているのだ。
「先輩、ちょっとタンマ……」
「なんだその程度か? まだまだ芝草には『メタル筋』が足りないな」
メタルを奏でるために必要な筋肉を『メタル筋』というらしい。これはドラマーに限らずギタリストやベーシスト、はたまたボーカリストにもあるのだとか。
「まあでも、かなりぶっ通しで練習しているからな。ちょっと息を入れよう」
「た、助かります……」
僕は事前に買っておいたスポーツドリンクを手に取り、一気に喉へ流し込んだ。
ライブ後のビールが最高だと信じてやまなかったけれど、ハードな練習のあとのスポーツドリンクもなかなか捨てがたい美味さがある。
「ハハッ、良い飲みっぷりだな。まるでビールのCMみたいだ」
「そりゃ、CMのオファーが来るのずっと待ってますから」
「未成年のくせによく言うよ全く」
薫先輩は持参してきた水筒からお茶を出して飲む。
僕も節約のために明日からはそうしようかなと思った。
「そういえば先輩、割と僕の練習に付き添ってくれますけど大丈夫なんですか? 他にも色々やることがあるんじゃ……」
「大丈夫大丈夫、そんなの心配するな。芝草の特訓に付き添うのは結構楽しいんだ。さすが、私が見込んだだけある」
そう褒められるとなんだか嬉しい。でもそれ以上に素直に喜べない自分が情けない。
自信を失っている僕は、どうしても心の支えになるような言葉を欲しがってしまう。
「ちなみになんですけど……、どんなところに見込みがあると思ったんですか?」
意外な質問だったのだろう。薫先輩はちょっと驚くような顔をしたあと、すぐにこう続ける。
「そうだな、例えばミドルテンポの曲はずば抜けて上手かったり、グルーヴ出すのが結構イケてたり……。あとはプレイングじゃないが、メンバーの2人を引っ張るようなスタイルが凄く良いと思っているぞ」
まじまじと僕の良い点を挙げられるとなかなかムズムズする。それを恥じらいもなくマジな顔で薫先輩は言うのだ。
「で、でも、自分では全く上手いなんて思えなくて……」
「芝草は自分に厳しいんだな。技術的にはもっと胸を張っていいと私は思うんだ。それこそ、メタル以外だったら私より全部上と言ってもいいぐらいで」
「そ、それはさすがに言い過ぎですよ! 下手だからクビになったことだって……」
そこまで言ってしまって僕は自分の手で自分の口を塞いだ。うっかりが過ぎる。
「そんなに謙遜をするな。とにかく、芝草のドラムは凄くイケてるんだ。あとは体力と細かい技術さえつけばデビューだって夢じゃないと思うぞ」
「そ、そうですかね……」
「大丈夫さ。私が保証する。芝草のプレイスタイルは、私の憧れの人に似ていてワクワクするんだ」
「憧れの人……、ですか?」
すると、さっきまで涼しそうにしていた薫先輩の顔が今度は嘘のように赤くなる。
何か思い出したのだろうか。
「先輩? どうかしました?」
「な、なんでもない!」
急に慌てだす薫先輩。
そんな風に取乱されたら、ちょっと気になってしまうじゃないか。
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サブタイトルの元ネタはMy Hair is Badの『真赤』です
カッコいいので是非聴いてみてください、最近サブスク解禁されました!




