第5話 透明少女
翌日、高校生活3日目。
放課後を告げるチャイムが鳴ると同時――いや、実際にはややフライング気味に僕は教室を飛び出した。
向かうはもちろん軽音楽部の部室だ。
今日は水曜日だから本来は部活が休みである。でも今後の青春を左右するような大イベントがあるのだ。
この日、僕は奈良原時雨に出会う。
彼女が軽音楽部の休みの日を知らなかったかどうかは定かではないが、誰もいない部室で僕と彼女は鉢合わせになる。
1周目の僕は何を話したか覚えていないぐらい、どうでもいい会話を彼女とした。結果的に、それが最初で最後のコミュニケーションだったわけだ。
それがあんな悲惨な未来につながってしまうのだから、今回はちょっと趣向を変える必要があるだろう。
出来るだけインパクトを強く、なおかつ彼女を継続的に繋ぎ止められるようなそんなセリフを考えていた。
部室棟と呼ばれる旧校舎の奥まったところに軽音楽部の部室はある。
周囲の部活に迷惑がかからないよう、吸音材なんかが無造作に貼り付けられていたりするが、効果は眉唾ものだ。
しかも、部活が休みだというのに鍵すらかかっていない。
結構色々な機材が部屋の中にあるにも関わらず、なんとも不用心だなと、僕は2周目になってやっと気づいた。
部室の扉の前にたどり着くと、僕は深く息を吸い込んで呼吸を整えた。
柄にもなく緊張している。この扉を開けたら、多分そこには奈良原時雨がいるのだから。
腹をくくった僕は、その扉を力いっぱい開ける。
「……!」
勢いよく開いた扉に対して、先客は少々驚いた表情を浮かべていた。
――そこには高校一年生の奈良原時雨が、誰もいない部屋の中でぼーっと突っ立っていた。
人生2周目の僕が『第一印象』という言葉を使うのはちょっと変かもしれないが、やっぱり彼女のその容姿は衝撃的だ。
ガラスのような瞳、触ったら消えてしまうのではないかというくらいサラサラの長い髪、そして滅多に変化することのないその表情。
何を言っているか理解されないかもしれないが、『透明感』という言葉が陳腐化してしまうくらい、彼女は透明なのだ。
一瞬見惚れてしまった僕は、ふと我に返って温めていたセリフを言う。
「こんにちは、僕とバンドをやりませんか?」
シンプルに、それでいてパワフルな言葉を選んだ。
とにかく、1周目の再現だけはしてはいけないというその一心だったのだ。
「嫌」
時雨はすぐにそう返事をする。
当たり前だ。いきなり現れて初対面なのに「バンドをやりませんか?」なんていう奴、普通に考えたら気色悪すぎる。
僕だってこんな初っ端から、「はい、一緒にバンドをやりましょう!」なんてクソポジティブな返答を期待しているわけではない。
1周目では一度会っただけだった僕らの関係に、何か変化が起きればそれでいいと思ったのだ。
さっきの野口の例を見れば、こんなことで未来が変わることだって大いにある。
「そうかぁ残念。軽音楽部が休みの日にやってくる人なら、絶対バンドをやりたがっていると思ったんだけど」
僕がそう言うと、時雨はわずかにハッとした反応を見せた。
「今日、部活休みなの?」
「そうだよ。軽音楽部は毎週水曜日がお休み。だから、いくら待っても誰も来ないよ?」
時雨はどうやら水曜日が休みであることを知らなかったらしい。多分彼女なりに音楽の匂いがする場所を探して、なんとなくでここにたどり着いたのだと思う。
「でも、あなたは来たじゃない」
「だって僕はまだ部員じゃないし。――ほら、君と同じ一年だよ」
僕は自分の履いている靴を彼女に見せた。
この学校指定の内履き靴は、学年によってラインのカラーが違う。僕の学年は緑色。
時雨は僕が同級生だとわかると、更に疑念をぶつけてくる。
「……なおさらここに来る意味がわからない。部員でない人がここに来る理由が無いじゃない」
「だからさっき言ったじゃん、もし休みの日に来るぐらい熱心な人がいれば一緒にバンドをやってくれるかなって」
取ってつけたような感じだけど、我ながら自然に事を運べるナイスな理由だと思う。
「僕、ドラムを叩くんだ。一緒にどう?」
「お断りする」
「それはどうして?もしかして、君もドラム担当なの?」
時雨がドラマーではないことなど知ってはいるのだが、このまま会話を終わらせたくないと思って僕はそんなことを聞いた。
「……違う。私はただ、ひとりで歌いたいだけ」
「おお!じゃあボーカルなんだね!なおさら一緒にバンドを組みたくなるね」
「ならない」
「どうして?」
「バンドなんて、嫌いだから」
時雨は真っ向からバンドをやるということを否定してきた。
でもそれは僕が初めて知る情報だ。ここにたどり着いただけでも、かなりの成果だと言っていい。
そうなれば尚更、彼女が頑なにバンドを拒否する理由を探るしかない。
嫌いな理由がわからないまま学校から去られてしまっては、僕の計画している青春のシナリオが台無しになってしまう。
「なんでバンドが嫌いなの?」
「……あなたには関係ない。帰る」
時雨はそう言って部室を出ていく。
「あっ!ちょっと待って!僕、芝草融っていうんだ、覚えておいて!」
去り際、僕はとっさに名乗ったが、それが彼女の耳に入ったかはちょっとよくわからなかった。
伝わっていることを祈りたい。
読んで頂きありがとうございます
少しでも「続きが気になる!」「面白い!」と思っていただけたら、下の方から評価★★★★★と、ブックマークを頂ければと思います
よろしくお願いします!
サブタイトル元ネタはNUMBER GIRLの『透明少女』だったりします
カッコいいのでそちらもぜひ聴いてみてください