第2話 素晴らしき今日の始まり
物凄くスッキリしない月曜日の朝。
あんな夢を見たあとでは、流石に元気など出ない。
僕はトボトボと実家のダイニングキッチンへ向かうと、姉の菫が制服を着て朝食にありついていた。
「おはよ融、随分げっそりしてない?」
「あんまりいい夢を見なかったからね」
僕は椅子に座り、渇いた喉を潤そうと牛乳の入ったコップを手に取る。
「ふーん、あんたでも悪夢を見ることあるんだ」
「どういう意味だよ、僕だって人間なんだからそりゃあ悪夢ぐらい見るさ」
「いつも熟睡だから夢なんて見てないのかと思ってさ」
一般に夢というものは浅い睡眠のときに見ると言われている。
昔は熟睡王とまで言われていたほど睡眠には自信があった僕なので、夢を見るなんていうのが姉にとっては可笑しいらしい。
10年分歳をとったせいもあるのか、昔ほど熟睡出来なくなったけれど。
「そういえば融、今日うちに友達呼んでもいい?」
「別にいいよ。でも珍しいね、あんまり姉ちゃん人を呼ばないじゃん」
「まあね。今日はちょっとテスト前に気合入れようかなと思ってさ」
姉は自信に満ちた表情を浮かべる。
多分勉強の出来る友達を呼んでテスト対策でもするのだろう。その余裕を見る限り、かなり心強い味方を見つけたに違いない。
「とにかくそういうことだから。じゃあ私は先に行くね」
「行ってらっしゃい」
僕がやっと焼き上がったトーストを手に取る頃には、姉は既に家を飛び出していった。
もう高校3年生で部活も引退したのだけれども、今でも姉は僕より早く家を出る。
身体が鈍るのは嫌だからと言う理由で、部活の朝練に混じって軽く身体を動かしているらしい。でもそれは建前であって、僕には本当の理由がわかる。
姉の部活のひとつ年下の後輩くんが、未来の僕の義兄なのだ。
彼女は義兄に会いたいがために早起きして朝練に顔を出しているというわけだ。
この頃の姉の様子からは、将来年下と結婚するなんて想像もつかなかったなと思いながら、僕は目玉焼きを口に放り込む。
ちなみに軽音楽部には引退時期が決まっていない。ひどい人は、卒業式の前日までギターを弾きに部室へやってきたりする。それぐらい自由だ。
のんびり朝食をとっていたら、いつの間にか学校に行く時刻になっていた。
夏服を身に着けて、大した物など入っていないスクールバッグを背負うと、飼犬のペロをひと撫でして僕は家を出た。
このタイミングで通学路に出ると必ず出くわす奴がいる。
なぜか僕の親友は、決まって同じ時刻同じ場所で僕の前に現れるのだ。毎日のルーティンが定まっているとはいえ、その体内時計の正確さには驚かされる。
「よう芝草、おはよう」
「……野口か、おはよ」
現れたのは野口。最近彼女が出来たみたいだけど、あいにく住んでいる地区が違うようで一緒には登校していないらしい。
1周目のときはイチャイチャしているところを朝からうんと見せつけられて胸焼けしていたので、それに比べればだいぶ胃に優しい。
「どうしたんだ? やけに眠そうじゃないか」
「まあな……、あんまり熟睡できなくてさ」
「珍しいな、芝草にも眠れないことがあるんだな」
「いや……、一体どれだけ僕の睡眠に信頼を置いているんだよ」
野口は「そりゃもう絶大に」と笑いながら言う。
ドラムにも学業にも信頼を置かれたことなど無いのに、睡眠だけはみんな間違いないと言ってくるあたり僕の人生のしょうもなさがよくわかる。
そりゃあ、1周目で陽介たちにバンドをクビにされるなんて当たり前だ。
僕は改めてがっくりとうなだれた。
「そんなに落ち込むなよ。芝草のバンド、結構評判呼んでるみたいだぞ?」
「……そうなのか? 全然そんな話聞かないけど」
そう言うと野口はスマホを取り出してとある画面を見せてくる。
そこに映っていたのは、うちの生徒とみられる誰かのSNSアカウント。そこにアップされた先日のライブ写真や動画なんかには、結構な数のいいねがついている。
「これ彼女のアカウントなんだけどさ、普段部活で撮った写真を上げてるみたいで結構フォロワーが多いんだよね」
あのライブのとき、野口の彼女はちょっとしたインフルエンサー的な役割を果たしていたらしい。
今思えば、演奏が始まってからのあの観客の増え方は、野口の彼女が引き寄せたのだとすれば説明がつく。
「……やっぱりだけど時雨と理沙の写真ばっかりだし、コメントもそんなのばっかりだな。さすがあの二人は華があるよ」
「でもきちんと芝草のことを見てる人もいるみたいだぜ」
野口はリプライ欄をスクロールする。
コメントはたくさん来ているので目を凝らせばギリギリ僕に対するコメントもありそうな気がしないでもない。
「ほら、これなんて『ドラムの子が女子二人を引っぱっててカッコいい!』なんて書かれてる。しかもこのリプライの子、女子っぽいぞ。芝草、モテ期が来たな」
「そんなわけ無いだろ、僕はただの冴えないドラマーだよ。モテ要素がひとつもない」
確かにコメント主は女子っぽいけど、そもそもうちの高校の生徒とは限らないし、もしかしたらネカマな可能性だってある。
これをモテ期到来とするのであれば、世界中モテる男だらけになってしまうだろう。
でもコメントをくれたことは素直に嬉しい。もし近くにいる人なのであれば、ちょっとしたお礼をしたいぐらいだ。
僕のことを見ているなんて、不思議な人も世の中にはいるもんだ。
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サブタイトルの元ネタはGOOD ON THE REELの『素晴らしき今日の始まり』です
ぜひ聴いてみてください




