第45話 火ヲ灯ス
場内はざわついたまま、陽介たちのバンド『等身大の地球』のアクトが始まろうとしていた。
前のバンドにこれだけ荒らされた後の演奏というのは正直心が折れる。
それでもさすがは陽介だ。演奏が始まったら彼は堂々とフロントマンたる振る舞いを見せつけてくる。
1曲目のコピー曲、UNISON SQUARE GARDENの『センチメンタルピリオド』
ルックスも歌声も、ギターの腕前も既に陽介は高校生のレベルを超えている。とてもそこにいるのが高1とは思えない。
1周目でメジャーデビューの声がかかる理由がよくわかった。改めて外から見ると、彼はデビューするべくしてデビューしたのだなと。
ただ、陽介がずば抜けていてもあとの2人はそれについていけているようには思えなかった。
会場の雰囲気に圧倒されているベースの井出、それに加えて何か心ここにあらずというドラムの小笠原。
バンドをクビにされた僕が言うのもなんだけど、あとの2人が『足を引っ張っている』と表現するのがぴったりだろう。
陽介の凄さでギリギリバンドを成り立たせているようなそんなステージだ。
2曲目、オリジナル曲である『From Now On』、1周目のときの僕らのバンドのライブ定番曲だ。
陽介はこのとき既にこのキラーチューンを完成させていたのだ。彼の才能だって、決して時雨に負けるようなものではない。
陽介と時雨のサシ勝負だったら結果はどうなっていたかわからない。それぐらいのクオリティだ。
差をつけたのは、間違いなく仲間の差。それは多分今ステージに立っている陽介自身が一番身にしみていると思う。
「……ありがとう」
演奏を終えて、陽介は捨て台詞のようにオーディエンスへ挨拶をする。そのあとひとつ深呼吸をして、浮かない表情のままステージを降りた。
「……陽介っ!」
僕は思わず彼に声をかけてしまった。
1周目で僕をバンドからクビにした存在、さらに言えば今もコンテスト出場権を争うライバルだ。
陽介のことなど気にかけてやる義理はない。でも、僕は彼を放っておけなかった。
陽介自身は知らないかもしれないけど、僕にとって彼は10年来の仲間だ。
このまま目の前から姿を消すようなことになれば、それはそれで後味が悪い。
僕の完全な身勝手だけど、彼にはずっとライバルであってほしいと思ってしまったのだ。
「……負けたよ、完敗だ。でも、次は負けねえから」
陽介は言葉短に自分のストラトキャスターを片付けながらそう言う。
落胆した気持ちと、悔しさが彼の顔にわかりやすく出ていた。
「だから負けんじゃねえぞ。予選敗退なんてしたら許さねえから」
「……もちろんだよ」
彼に気圧されるように僕はそう返す。
彼の闘争心は消えていない。むしろ、今さらに火がついたのではないかと思うぐらいだ。それを聞いて僕は少しだけ安心した。
負けてもなお立ち向かえる彼の強さが、僕は羨ましい。
◆
「よーし、集計終わったよ。それじゃあ結果発表しようか」
薫先輩が部員みんなを集めてミーティングを始める。
ライブが終わり、お客さんに書いてもらったアンケートの集計が終わったようだ。
「……とは言っても、結果発表するまでもないって感じだけどね」
薫先輩の目の前にあるアンケート用紙の山。片方は高く積み上げられていて、もう片方は10枚あるかないか。
それだけこのライブバトルがワンサイドゲームだったということがわかる。
「『未完成フェスティバル』へ出場することになったのは、ストレンジ・カメレオンだよ!おめでとう!」
部員からは拍手の嵐が起こる。
逆境をひっくり返し、オーディエンスの期待を遥かに上回る演奏が出来た僕らの確固たる勝利だった。
時雨も理沙も実感が湧かないのか、まだちょっとキョトンとした表情で僕の方を見る。
「と、融、本当に私達……」
「マジで勝ったのか……?」
「何言ってんだよ、2人ともあんな凄いライブを演っておいて負けたと思ってたのか?」
僕はわざとらしく笑う。
「凄いライブをしたんだよ、僕たちは。これだけの人たちが認めてくれるような、凄いライブを」
やっと実感が出てきたのか、時雨はうっすら涙を浮かべる。一方で理沙は対称的に大きくガッツポーズをして喜びを爆発させた。
ここまで長かったけど、やっとバンドがひとつ先のフェーズへ進んだ。まだまだ先は長いけれど、こんなバンド活動がずっと続けられるよう、僕自身も頑張らなくては。
勝って兜の緒を締めよという言葉を、僕は人生で初めて実感した。
「……ちょっと話は変わるんだけど、実は私のスネアが見当たらないんだよ。誰か知らないか?」
急に話の腰を折るように薫先輩がそう言う。
ライブ前に僕と先輩で仕込んだトラップに、僕のスネアヘッドをズタズタにした犯人が引っかかったのは間違いなかった。
その証拠に僕のスネアは無事で、囮となった先輩のスネアがどこかへさらわれてしまったのだ。
犯人の目星はついている、十中八九小笠原だろう。
1周目でもトラブルメーカー気質だった彼は、薫先輩のその言葉に随分顔色を悪くしていた。
小笠原よ、白状するなら今のうちだ。
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サブタイトルの元ネタは突然少年の『火ヲ灯ス』です
カッコいいのでぜひ聴いてみてください




