第43話 Shangri-La
◇片岡理沙視点
私達のオリジナル曲である『our song』、そのタイトルコールを時雨が言い放つと、彼女のジャズマスターからは乾いた音のアルペジオが鳴り響いた。
時雨の弾き語りから始まるこの曲は、序盤の殆どを彼女一人が担う。
私は脇目で時雨を見た。
あれほどステージ下でビクビクしていた彼女は、さっきの『シャングリラ』でどうやら吹っ切れたらしい。融のアドバイスが実は結構効いたのかも。
今度はフロアにいるお客さんを見る。
心なしか、開始前よりも人数が増えているような気がした。いや、実際に間違いなく増えている。
その答えは簡単なことだった。
融の親友だという野口というやつがフロアで撮影しているが、どうやらその連れの女子が発端だろう。
彼女は私のクラスメイト。写真部期待の新入部員で、撮影にこだわるだけでなく、SNSでの発信力も半端じゃない。
ネットに疎い私ですらこっそり彼女のアカウントをフォローしているぐらいだ。そのアカウントにこのライブの写真や動画がアップされればすぐに校内中に知れ渡る。
それを見た生徒たちが、このライブを見逃すものかとどんどん駆けつけていた。
既に時雨の歌はこの武道場の枠を超えて、もっと遠くまで響いている。下手をすれば、この街の外だって、大海だって超えていく。そんな無敵な感じすらある。
開始前、あれほど無関心だったオーディエンスは時雨の独唱に釘付けになっていた。
時雨、……いや、私達3人は、完全にこの空間の主役だ。
今この瞬間私達は、世界で一番カッコいいロックバンドなんだ。
こんな最高の気持ち、2人に出会えなかったら一生体感出来なかっただろう。
だから私はその気持ちを全力で音に乗せる。それこそが、2人に対する一番の恩返しだから。
弾き語りで進んでいた曲に、融がリムショットを交えた静かなフレーズを重ねてくる。
その絶妙なバランスを崩さないよう、慎重に、でも私らしく大胆に、ベースの音を乗せていく。
お得意のパンキッシュで真っ直ぐなサウンドではないけれど、逆にそうであるからこそ考えに考え抜いた音だ。
不器用な自分が出来る事はそれほど多くない。だから私は自分の持っているものをどれだけ研ぎ澄ますか、ただそれだけに集中する。
今ここで鳴らす音は、世界に一つしかない、私なりの答えだ。それを受け止める器が、このバンドにはある。それがとても嬉しくてたまらないんだ。
曲は進む。
パッフェルベルの『カノン』のように、少しずつ少しずつ、静かだった歌は盛り上がりを見せ始めた。
1回目のサビ。時雨の歌は会場中に恵みの雨をもたらす、そんな優しい歌だった。
初めて会ったときは、もっと強張っていて冷たかった印象だったけど、この短い間に劇的に変化した。
時雨は自分自身を乗り越えて変わることが出来たんだ。
じゃあ私はどうする?
そんなの決まっている。
今までの自分を越えていけるよう、全力で音を出す。それしかない。
サビの終わり、ここまでハーフテンポだった曲が元のテンポに戻る。
融からはシンプルでタイトなエイトビートが放たれ始めた。
私の見せ所がやって来た。
ここまで指で弾いていたけど、すぐさま私はピックをホルダーから1枚取り出し、直線的なフレーズを刻む。
弦とピックは平行にして、アサルトライフルのような私らしい音を融のビートに乗せる。
それは、今の時雨を強烈に後押しする援護射撃だ。
このサウンドで、一気に勝負を決めてしまおう。
皆の高まる感情が、どんどん音になって昇華されていくのがわかる、そんなステージだ。
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ちなみにサブタイトルの元ネタはエレクトリック・ライト・オーケストラの『Shangri-La』です
カッコいいのでぜひ聴いてみてください




