第4話 butterfly effect
意識は26歳のまま、周りを取り巻く環境は10年前に戻った。
僕はこれからどうしていけばいいのか。
そんなこと決まっている。
バンドをクビになって落ちぶれてしまうあんなクソみたいな1周目の人生を繰り返さないよう、青春を謳歌するしかない。
せっかく『人生をやり直したい』という望みが叶ったのだ。この状況を大いに楽しんでやろう。
真新しい制服に袖を通しながら、僕は心の中でそう決意した。
◆
通学ラッシュで満員になる電車と、何度も何度も通った通学路の風景で、僕は懐かしさでいっぱいになる。
今日は入学式の翌日。
高校生活2日目だというのに、ものすごくノスタルジックでセンチメンタルな気持ちに浸っている生徒は、全世界探しても僕ぐらいだろう。
せめて変な人だと思われないよう、感傷に浸る表情を殺すのが精一杯だ。
「よう芝草、おはよう」
通学路を歩いていると、もう少しで校門にたどり着くというところで声をかけられた。
振り向くとそこには慣れ親しんだ男子生徒の姿があった。
「お、おはよう。……って、お前、野口か?」
「……何言ってんだお前?そんな当たり前のことを聞くなよ、なんか頭でも打って記憶でも飛んだのか?」
「はっ、ははは……、冗談だよ。10年来の親友の顔を忘れるわけないだろ」
「いやいや、芝草のことだから顔を忘れるくらいあり得るだろ」
「じゃあ二度と忘れないように野口の顔を瞳に焼き付けておくわ」
「うわ、キモイキモイ、新学期早々男から見つめられるとか勘弁してくれ」
朝っぱらから軽口を叩き合えるこいつは僕の親友。
その名は野口。僕とは小学校に入った頃からの友達だ。
こいつは驚くほど普通なやつで、成績も普通、運動神経も普通、ルックスもまあ普通だ。
確か高校を出たあとは地元の大学に入って、そのまま地元の市役所で働いていたと記憶している。
羨ましいことに高校のときに同じ部活だった彼女と就職後に結婚していて、10年後の未来では王道とも言える幸せな家庭を持っている。
根はめちゃくちゃ良いやつなので、たまにバンドのライブに来てくれたりした。自主制作のCDを最初に買ってくれたのも野口だったと思う。
今思えば彼は本当に僕の恩人である。
そんな未来の恩人と、他愛もない話が出来るのはやっぱり僕らが高校生同士だからだろうか。
「なあ芝草、部活何やるか決めた?」
「いや……、全然」
「えっ?お前バンドがやりたいから軽音楽部に入るんじゃないのか?」
「それはあるけど……、ちょっと迷ってるかな……」
何の部活に入るかの話になった。
確かにバンドをやるために軽音楽部に入りたいのは山々なんだけれども、これでは1周目の人生と同じになってしまう。
どうせ、軽音楽部に行ったら陽介に出会ってしまうのだ。
そうしたらまた10年後、バンドをクビにされてしまうに違いない。
入る部活は慎重に選ぶ必要がありそうだ。
「ちなみに野口は何部に入るんだ?」
「候補は2つまで絞ったんだけどなー、まだ決めきれていない」
「へえ、何部と何部で悩んでんだ?」
僕はこの会話に覚えがある。
野口はこの時点で文芸部と科学部の二択で悩んでいて、僕にどちらがいいか聞いてくるのだ。
そうして僕が「科学部がいいんじゃないか?」となんとなく言ったら、野口は「じゃあ文芸部にするわ」と天邪鬼的な返しをしてきたのを覚えている。
彼としては文学女子というものにちょっと憧れがあったらしい。
「文芸部と科学部かなー。俺、体育会系って感じじゃないし」
「文系と理系の極みみたいな二択で悩んでるのな」
「そうなんだよ、どうせやるなら極めたいじゃん?」
一体文芸部と科学部で野口が何を極めるのかはさておき、僕は彼の次の言葉を待っていた。
「なあ、芝草ならどっちを選ぶ?」
「そうだなあ……」
10年前と同じ会話をするならば、ここは「科学部がいいんじゃないか?」と返すところだ。
そうすれば彼は僕の意に反して文芸部に入り、そこで未来の奥さんと出会うわけだから。彼の幸せを願うのであればそのほうがいい。
ただ、もしも僕がここで「文芸部にしておけよ」って言ったらどうなるのかも気になっていた。
彼が天邪鬼な態度をとるならば、1周目とは違って科学部に入るに違いない。そうなれば、10年後の未来は僕の知っているものとは異なることになる。
僕の何気ない一言で彼の未来を変えてしまうかもしれないのだ。
興味がないわけがない。でもそれと同時に、彼の未来を奪ってしまうような罪悪感もある。
僕は一瞬固まったかのように考え込んだ。
ここは一種の試金石。僕には人生をやり直す目的がある。まずは自分の発言の影響力を見ておくのも悪くはないだろう。
どうせ普通に王道の幸せを手に入れる野口のことだ、ここで科学部に入ったとしてもそこでまた別の未来の奥さんに出会うかもしれない。
理系になったことで就職先も市役所じゃなくて地元のメーカーなんかに変わったりもするだろう。
でもそれは結局僕のせいではない。そういう道を野口自身が選ぶことによって決まる。
だから僕は僕自身の運命を変えるために、1周目とは違う発言をしてみようと思った。
「文芸部にしておけよ」
「ええー、芝草に言われると入る気失せるなあ……。科学部にしよ」
やっぱり野口は科学部を選んだ。
その時の僕は多分ちょっと驚いた顔をしていただろう。
自分の発言や行動をちょっと変えるだけで、それなりに未来に影響を及ぼす。
それがわかっただけで大きな収穫だ。
「なんだよそれ……、ただの天邪鬼じゃないか。科学部なんて男だらけだろう?むさ苦しそうだ」
「そんなことないぞ?時代は理系女子だぜ?白衣を着た女子ってなんか良くないか?」
「はいはい……、やっぱり女の子目的なのね」
「そりゃあそうだろ、恋愛抜きに青春は謳歌できねえし。なんなら芝草も入るか?」
「いや、僕はやめとくよ。……やっぱり軽音楽部にする」
僕の人生をやり直すためには、やっぱりバンドをやらないと駄目な気がした。
陽介たちとバンドを組んだ1周目の人生とは違う、別のバンドを組めばいいのだ。
なんなら、学校を辞めてしまうはずの奈良原時雨を上手く取り込めれば最高だ。
そうなれば10年後、僕は陽介に裏切られることもない。それに、もしかしたら奈良原時雨も自宅マンションから飛び降りるような悲惨な人生を送らなくて済むかもしれない。
超楽観的で全くプランもないけれど、少しだけこの2周目の人生が楽しくなってきた気がした。
読んで頂きありがとうございます
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サブタイトル元ネタは9mm Parabellum Bulletの『butterfly effect』だったりします
カッコいいのでそちらもぜひ聴いてみてください