第3話 Re:Re:
「融ー!早く起きなさい!遅刻するでしょ!」
懐かしい母の声がして、僕は目が覚めた。
永遠にも近い眠りだったような気がする。よく寝たというより、生き返ったというようなそんな気分だった。
目をこすって周りを見ると、いま自分のいる場所がどこなのかすぐには理解できなかった。
ここは一人暮らしをしていたあの部屋ではない。でも、この風景には覚えがある。
「……ここは、実家の僕の部屋……?」
実家の2階にある6畳間、壁には人気バンドのポスターなんかがたくさん貼ってあるいかにもバンドキッズな部屋だ。
本棚には参考書や辞書は全くなく、漫画と小説、それとバンドスコアがぎっしり詰まっている。僕らしいと言えば僕らしい。
意識が落ちる前の最後の記憶は、一人暮らしをしていた部屋で酒浸りになっていたことだった。
奈良原時雨がベランダから飛び降りたニュースのあと、さらに飲みすぎで記憶を飛ばしてしまったのだろうか、それ以後の記憶はポッカリと抜けている。
「……あれ?僕は酔っ払って実家に帰って来てしまったのか?」
普通に考えたらそういう結論にたどり着く。
酔っ払った勢いで電車やタクシーなんかに乗り、帰巣本能だけで実家にたどり着いた。そうしてそのまま酔いが覚めるまで布団で寝かされたのだと思えばなんとか辻褄は合う。
だが、しこたま酒を飲んでいたとは思えないくらい身体はスッキリしている。翌日に酒が残りやすいタイプだっただけに、ダメージが全くと言っていいほど無いのが不気味だ。
ふと我に返った僕は、手持ちの貴重品を探し始めた。
酔っ払っていたのだから、財布やスマホを失くしている可能性もある。変なところで落としていたりしたらそれはそれで面倒なことになる。
「……あれ、僕のスマホは一体どこに?」
肌身はなさず持っていたスマホが僕の手元には無かった。やっぱり酔っ払って失くしてしまったかもしれない。
あれがなくなると、生きていけないわけではないが相当な不便を強いられる。買い換えるのも金銭的に馬鹿にならない。
部屋を見回すと、学習机の上に充電ケーブルの挿さったスマホが置いてあった。
僕はそれを見て安堵する。しかしすぐさま、今度は別の違和感に襲われた。
「……こんな旧機種、僕は使っていないぞ」
そこにあったスマホはおよそ10年前のモデルだった。高校時代に使っていた機種なので、僕にはよく覚えがある。
しかもそれは、10年間使用された物とは思えないほどキレイな状態だった。
僕は恐る恐るスマホの電源ボタンを1回押した。
表示されるのは現在の時刻、『午前6:37』と『4月3日火曜日』が表示され、壁紙には昔実家で飼っていた柴犬――ペロの写真が映っている。
「4月3日……?いや、確かに昨日まで8月だったはずだ……。このスマホ、壊れているのか……?」
10年前の代物だから壊れていてもおかしくはない。
だがそこには間違いなく『4月3日』と表示されている。
しかもよくよく考えたら、8月にしては肌寒いし僕は長袖の寝間着を着ている。
まさかとは思うが、記憶のあった8月から翌年の4月まで、僕は約8ヶ月の間意識不明だったのではないか?
もしくは、意識は無くともその間の記憶を喪失しているとか。
様々な考察が頭の中を駆け巡る。
考えても答えなど出ないが、どちらにせよ今の僕はまともな状態ではないことぐらいはわかる。
なんだか恐ろしくなってきた僕は、ふと部屋にあった姿見を見た。
そこに映るのは僕の姿。もちろん、毎日のように見てきたのでそんなに違和感はない。
でも、いささか肌ツヤがいい気がするし、なんなら顔周りとかはシャープになった気がする。酒のせいでむくんでいるということもない。
実家で健康的な生活をしていたので、体質改善されたのだろうか。
その姿見の隣には、僕の高校の制服がかけてあった。
懐かしの制服だが、なんだか真新しくも見える。まるで、つい最近おろしたばかりのような感じだ。
もちろんこんなものは今26歳である僕には必要ない。
何でもとっておきたがるうちの母親がクローゼットの奥底に保管をしていたなら話はわかるが、いかんせん姿見の隣にわざわざ出してある意味がわからない。
ここまでの事象をふまえて僕の頭に浮かんだひとつの仮説。それは――
「……まさか、僕は高校生に逆戻りしてしまったのか?」
科学的には説明がつかないが、そう考えるのが一番腹落ちする。
ただ、あまりにも非現実的過ぎるので、この仮説を裏付ける何か確証めいたものが欲しかった。
「融!いい加減に起きなさい!朝ごはん片付けるわよ!」
母親が僕を急かす声が聞こえる。
もし高校生に逆戻りしていて学校に行かなければならないのであれば、こんな時間に母親が大声を出すのも頷ける。
とにかく一階に降りよう。
多分そこには証拠となるものがあるはずた。
僕は階段を駆け下りてダイニングキッチンにたどり着く。
そこに広がる風景を見て、改めて僕は高校時代に戻ってきたのだと確信した。
「融、おはよう。今日もねぼすけだね」
「お、おはよう。姉ちゃん……」
「どうしたの?なんか融、めっちゃキョドってない?」
「そ、そんなことないよ。ハハハ……」
驚きをなんとか隠そうと僕は平静を装うが、さすがにちょっと動揺してしまう。
何故ならそこには、何年か前に嫁いで家を出ていったはずの姉が、高校の制服を着て朝食を食べていたから。
更に追い打ちをかける出来事が僕を襲う。
「――ワン!」
「お、おう、おはよう。ペロ」
我が家の愛犬である柴犬のペロが、僕の足元に寄ってきてしっぽを振っている。
これが最後の決定打だった。
何故かというと、ペロは僕が高校を卒業する少し前に死んでしまったのだ。
それが生きているというのであれば、時間が逆行した――僕がタイムリープを経たのはもう間違いない。
「ほら融、早いこと朝ごはん食べないと本当に遅刻するわよ?高校生活2日目から遅刻とか親として恥ずかしいわ」
母親は僕にムチを入れるかのように急かす。
こんな感じのやり取りは、煩わしいを通り越して最早懐かしい。
「わ、わかったよ。……いただきます」
僕は朝食に手を付けた。
我が家ではお馴染みである5枚切れの食パンをかじる。
そうしてパンを咀嚼しながら思う。
僕は本当に高校時代に戻ってきたのだと。
――人生をやり直すチャンスが巡ってきたのだと。
読んで頂きありがとうございます
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よろしくお願いします!
サブタイトル元ネタはASIAN KUNG-FU GENERATIONの『Re:Re:』だったりします
カッコいいのでそちらもぜひ聴いてみてください