第23話 LAST ALLIANCE
◇片岡理沙視点
次の日、融はカホンを持参してやって来た。それだけじゃない、アコースティックギターを担いだ女子生徒――奈良原時雨まで一緒に連れて来たのだ。
彼が言うには、この二人でバンドを組んでいるのだとか。
ギターボーカルとドラムという、最小構成の小さなバンド。
このバンドにベーシストとして私を迎え入れたいらしい。
私は彼らを見た瞬間、思わず「マジかよ」と言葉が漏れた。押して駄目なら引いてみろという言葉があるが、これは逆だ。とにかく押して押して行こうとしている。
やっぱり、芝草融はどこか頭のネジが飛んでいるやつだなと私は思った。
「誘っても来てくれなさそうだし、僕らが準備したほうが手っ取り早いかなと思ってね」
「……とんだお節介だな」
「いいじゃないか、どうせ暇つぶしなんだから」
こんな場所でセッションをしようだなんてまともな発想じゃない。もちろん私はそれを断った。
それでも二人はお構いなしにセッションを始める。
融が時雨へアイコンタクトを送り、アコースティックギターが鳴り始める。しばらくして時雨が歌い出すと、一気に私はその曲に引き込まれた。
こんな素敵な曲が、こんな普通の二人組から奏でられるなんて思ってもいなかった。
ふと気づくと、いつの間にか私はベースを手にして低音を刻み始めていた。これはもう、ベーシストとしての本能みたいなものだ。逆らいようがない。
融も時雨もばっちりとそれを見ていたようだ。これでは言い逃れなんて出来ない。
「まあでも楽しんでくれて良かったよ。もし良ければ、今日の放課後に軽音楽部の部室で練習時間を取ってるんだけど、来ない?」
「……行かないと言ったら?」
「そうだなあ、いっそ練習拠点を屋上にしようかな。そうしたら君もわざわざ出向かなくていいだろう?」
……お手上げだ。こんなに外堀を埋められてしまっては私になす術はない。
毎日毎日近くでこんなセッションが行われてみろ、それに加わるなと言うほうが無理だ。生殺しだ。
「……わかったよ!行きゃいいんだろ行きゃ!」
「おおっ、来てくれるの!?それはとても助かるよ!」
わざとらしく融は喜ぶ素振りを見せる。
まあいい、何度か手合わせしているうちに、私の事を知ってしまうだろう。そうなればいつの間にかこの二人も手を引くに違いない。
「そういえばまだ名乗ってなかったね。僕は芝草融、こっちのギターの子は奈良原時雨さん」
「……片岡理沙。片岡とは呼ばないでくれ、苗字で呼ばれるのは好きじゃない」
「じゃあ理沙、今日の放課後、軽音楽部の部室で待ってるから」
私は、若干のその後ろめたさのせいで、融から視線をそらした。
◆
その日から私は、軽音楽部の部室に入り浸って融と時雨とのセッションに勤しむようになった。
月並みだけど、やっぱりバンドは楽しい。普段の嫌なこととか、私の置かれている境遇とか、そういったモヤモヤ全てを吹き飛ばしてくれる。
できることなら、一生このまま3人で音を鳴らし続けていたいと思ってしまうぐらいだ。
「やっぱり僕が思った通り、理沙ってめちゃくちゃベースが上手いよね」
「……お世辞はよしてくれ。これぐらい、軽音楽部の中にはごまんといるだろ」
自分は特段腕前があるようには思っていなかったが、どうやら融と時雨の2人は一目おいてくれているらしい。
あんな一人ぼっちで弾いていたベースにも意味があったのだなと思うと、私はまた許されたような気持ちになる。
「それにしたって、こんなに上手いんなら軽音楽部に入ればいいのに。どうして理沙はずっとひとりなんだよ?」
「……私が入ったら、みんな嫌がるだろ」
融はたまに嫌な質問をしてくる。私だって普通に軽音楽部に入って、こんな感じにバンドをやって、ごくごく平凡な青春を過ごしたかったと思っている。
でも、私を取り巻く環境はそれを許してくれない。それに、話したところでこの2人はわかってくれるかといえばそれはわからない。
私は適当に誤魔化してとにかく演奏を楽しもうとした。
帰り路、もうそろそろ最終下校時刻になろうという頃。私の嫌な予感は当たってしまう。
学校の門の前では、見慣れた黒い車が私を待っていたのだ。
「……ちっ、余計なことしやがって」
私はそれを見て思わず悪態をついた。
「……理沙?どうしたんだよ?」
「……いや、なんでもない。悪いけど私は先に帰らせてもらう」
「それは構わないけど……?」
「すまないな……。もしかしたらお前らとバンドが出来るのは、今日で最後かもしれない」
その車は片道切符の列車のよう。この車に乗ったら、おそらくはもう彼らとバンドをやることは叶わなくなる。そういう状況だった。
私は諦めるように車へ乗り込む。すると、この車の運転手――私の父である片岡英嗣は、融と時雨に向かってこう言う。
「今日理沙が遅くなったのは君たちのせいか……。悪いがもう、親として理沙にこんなお遊びみたいなバンドごっこを続けさせるわけにはいかない」
突然のことに、融は驚いているように見えた。
「率直に言えば、金輪際理沙とバンドごっこなんてやらないで欲しい。この子には、他にやらなければいけないことが沢山ある」
そう言い切り、父は車を走らせる。融と時雨は、そこに置き去りのまま。
私の大好きな青春は、唐突に今日で終わりを迎える。
このときばかりは、本当に自分の無力さを嘆いた。
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サブタイトル元ネタはLAST ALLIANCEの『LAST ALLIANCE』だったりします
カッコいいのでそちらもぜひ聴いてみてください




