第20話 拝啓、少年よ
片岡議員はキレ者だ。
僕がどう返そうとしてもそれに対する完璧な回答を用意している。そうでなければ、若くして県知事になるなんてあり得ないのだ。
「理沙は既に無駄な時間を過ごしてしまった。学校もサボりがちだし、どうやら紫煙も浴びるようになってしまった」
その瞬間、部屋の隅に座っていた理沙は、何かを恐れるような表情になった。
タバコを吸っていたことが既に片岡議員にはバレていたのだろう。取り繕っても駄目だと諦めたのか、理沙はその場でうなだれる。
「だからこそ、最後のやり直しのチャンスとして私は理沙を海外留学させるのだ。向こうは9月から新学期が始まる。仕切り直しにはちょうどいい」
完璧な計画が片岡議員の頭の中では組まれていた。
9月になるまでのこの期間は、理沙を自分の選挙事務所で手伝わせて処世術を身に着けたり顔を売ったりさせるのだろう。監視の届く範囲に理沙がいるのであれば、彼としてもこれ以上ないことだ。
そうなると尚更、僕が口を出したところでどうにかなるなんてあり得なくなってきた。
「……それは、理沙が望んだことなんですか」
苦し紛れの一言を放つ。
「望むも望まないも関係ない。どうやったら自分の人生が正しく進められるのか、それぐらいのこと理沙はわかっている」
「で、でも……」
会話を止めたら負けだ。僕は一秒でも長く繋ぎ止めてやろうと粘ろうとする。しかし、その流れを止めようとしたのは他の誰でもなく理沙だった。
「……もうやめてくれ芝草。わかっただろ?私はこういう境遇にいるんだ、だからもうバンドなんてやらない」
絞り出すような声で彼女はそう言う。
本心は間違いなく音楽が演りたいに決まっているのだ。どういう理由があろうと、それを自分の意思に関係なく奪われてしまうなんて、そんなことがあっていいわけがない。
「そんなバカなことがあるかよ!……確かに将来役に立つかなんてわからないけど、音楽だってもう理沙の人生の一部だろ?そんな半分死んだような人生、送らないほうがマシだ」
柄にもなく大きな声を出してしまったと思う。ましてや県議会議員の事務所の中だ、顰蹙を買ってしまうのは間違いないだろう。
大きな声で言い放ってから少し時間が経った。僕は正気に戻ると、やってしまったと自身の行いを反省する。
「芝草くん、君の言いたいことは大体わかった。そうしたい気持ちも理解できる。……ただ、君には圧倒的に足りないものがある」
沈黙を破って片岡議員がそう言う。
「僕に足りないものですか……?それは一体」
彼はもう一度ローテーブルにあるお茶に口をつけて続ける。
「人を説得させるには、それなりの材料が必要だということだ」
「説得材料ですか……?」
「そうだ。例えば、科学的に証明された論文だったり、統計に基づいたデータという、数字や実績がわかるものというのは実に使いやすい。政治家である我々も、討論をする際にはこういう材料を使う」
片岡議員はまるで僕へ教鞭をとるかのように言う。さすが議員といったところだ。その語り口は理路整然としていてわかりやすい。
「情に訴えるのはその後だ。人を動かすには順序というものがある。君にはそれが足りない」
「順序……、説得材料……」
僕は授業に集中しているかのように片岡議員の言葉を反芻していた。
でもこれはどういう意図なのだろう。片岡議員のやりたいことがイマイチよくわからない。僕が理沙を連れ戻そうとしているのを、ただ闇雲に排除しようとしているわけではないのだ。
「……まだ気が付かないか。仕方がない、これは大サービスだ」
片岡議員はそう言うと咳払いをして、もう一度真剣な眼差しで僕を見た。
「私は君に『理沙と金輪際バンドごっこをやるな』と言った。それは、理沙に無駄な時間を過ごして欲しくないからということに尽きる」
それは先日、理沙を車で迎えに来たときの片岡議員のセリフだ。
理沙を連れ去られたのはもちろんだが、彼の言う『バンドごっこ』という言葉にもなんとなく腹がたったのを覚えている。
その腹立たしい気持ちが蘇って来ると同時に、僕はひらめいたかのように理解した。
……やっとわかった。片岡議員の言いたいことが。
彼自身、理沙がバンドをやることに関して完全に反対しているわけではないのだ。ただし、やるならば条件があるということ。
それはとてもシンプル。生半可な気持ちで理沙をバンドに巻き込むなということ。もう一つは、バンドに取り組んだ時間が決して無駄ではないと言い切れるだけの結果を残せということだ。
音楽で結果を出すのはそんなに簡単なことではない。それは僕自身が一番よく知っているし、おそらくこの聡明な片岡議員は百も承知なのだろう。
だからこれは僕、いや、僕と時雨に対する挑戦状みたいなもの。
趣味で楽しくやるのではなく、いち音楽人として真剣に取り組んだ上で、さらに誰もが納得する結果を出せ。そういう決意でもなければ、理沙にバンドを演らせるわけにはいかない。
彼は、僕にそう言いたいのだ。
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サブタイトル元ネタはHump Backの『拝啓、少年よ』だったりします
カッコいいのでそちらもぜひ聴いてみてください




