第19話 カタハマリズム
「り、理沙……?なんでここに?それにその髪……」
「……それはあまり聞かないでくれ。それより、何の用だ?まさか、私を連れ出しに来たとか言わないよな?」
まさにそうなんだよ。とは素直に言わなかった。
理沙は頑固な性格をしている。ここで連れ戻しに来たとか言ってしまえば、躍起になって僕を追い返すかもしれない。
まず何よりも今は理沙から門前払いを受けることだけは避けたい。
「連れ出すというかまあ……、ちょっと片岡議員にお話というか……?」
「お前バカだろ!うちの父親と話したところでなんにもならないに決まってる」
「そうかもだけど、イマイチ僕は納得いってないんだ。だから少しでも話ができたらなって思ってここに来た」
「お前ってやつは……」
理沙はため息をついて頭を抱える。
彼女自身、何をどうしたらいいのかわからないのだろう。
すると、そんな困惑した理沙のことを察知したのか、奥から低くて落ち着いた声とともにスーツを着こなした男が姿を現した。
――間違いなく理沙の父親、片岡英嗣議員だ。
「どうした理沙、玄関口で長々と立ち話とは」
「あっ、いや、父さん、ちょっと知り合いが来たみたいで……」
彼はチラッと一瞬僕のことを見る。
さすが議員といったところか、たったそれだけで大体の事象を掴んでしまった。
「理沙のことでここに来たようだな」
「……はい、どうしても片岡議員とお話がしたくて」
その時の僕は言われもない恐怖感みたいなものがあったと思う。いつも軽快にハイハットを刻んでいるはずの右手が、全く言うことを聞かずに震えているのだから。
「……まあいい、時間はあまりないが話は聞こう。政治家たる者、人の話を無下にしたりはしない」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
これが上に立つ者の器量というものなのだろうか。片岡議員は、あっさりとなんの変哲もないただの高校生である僕を事務所の応接室に通したのだ。
高級そうな椅子と、ローテーブルを挟んだ向かい側に片岡議員は鎮座する。理沙は、応接室の端でまるで傍聴席にいるかのようにただ座っていた。
「……率直に言います。理沙さんとバンドを演らせて下さい」
「駄目だ」
腹に力を込めて放った僕の一言は、あっさりと片岡議員に跳ね返された。
それもそうだ、ここで片岡議員が「いいぞ、どんどん演りなさい」なんて言うはずがない。稀代のしつこさで奈良原時雨を改心させた僕だ、これぐらいでめげるタマじゃない。
「どうして駄目なんですか?その理由に納得するまで、僕はここを立ち去ることは出来ません」
耐久作戦ならドンと来い。
好きなバンドの物販開始列に数時間並ぶことがザラだった僕だ。何時間でも待ってやる。
片岡議員は、軽くため息をついて話を始める。
「芝草くんと言ったか。――君には悪いが理沙は、秋頃を目処に海外へ留学させるつもりだ」
「留学……?どうしてなんですか?」
突拍子もない片岡議員の言葉に僕は耳を疑う。
「それは、私は理沙に人生のレールを上手に走って欲しいと思っているからだ」
「人生の……、レール……?」
片岡議員は、戸惑いを隠せない僕をよそにこう続ける。
「私の教育方針として、理沙には徹底して型にはまった人生を送ってもらいたいと思っている」
「……それはどういう……?」
そんな教育方針があったものかと僕は耳を疑った。
しかし、片岡議員は淡々と述べる。
「世の中には『型破り』と呼ばれる成功者が存在する。しかし、それは本当に稀有な存在だ。君はそう思うかい?」
「……はい。確かに革新的なことをして成功する人というのは、ごく僅かだと思います」
「そういう連中を真似し、型にはまることを自ら拒否して何事も成せなかった人間も多々いるわけだ」
「……理沙がそんな人間にならないように、型にはまった人生を送れと、そういうことですか……?」
片岡議員はローテーブルにあるお茶を一口飲んで間をとった。
型にはまった人生。
それは普通に高校を卒業し、学があれば大学へ進学、そして企業やお役所に就職しては、それなりの家庭を持つこと。そう言い換えてもいいだろう。
身近な例を挙げれば、1周目の野口が最もそれに近い。
「そういうことだ。政治家の血筋というのは、型破りでは成り立たない」
「だからって、それを理沙に押し付けるのは……」
「押し付けてなどいない。むしろ、理沙のような不器用な人間こそ、徹底して型にはまった人生を送ったほうが利口なんだ。不器用な人間は、レールから外れてしまうともう元には戻れない」
僕にはその言葉が喉の奥にチクチクと刺さってきた。
1周目のとき、僕は高校を卒業してすぐに音楽の道へ駆け出した。もちろん収入など安定はしないし、売れたとしても将来の保証などない。
ただ、それでも僕は夢があるから人生が楽しいのだと自分に言い聞かせて毎日をなんとかやり過ごしていた。
親友の野口が大学を卒業して役所に就職したとき、僕はつまんない人生だなと思いつつ、明日の衣食住のことを心配しなくてもいい生活を羨ましく思った。
彼が結婚したときも、そろそろ子どもが産まれると言ってきたときも、同じような気持ちになった。
自分自身、型にはまった人生を送ることが出来ていたらどれほど幸せだったのかなと思ったことが、無いわけじゃない。
でもその時の僕はもう後には引けないところまで来ていたのだ。そうして結局、その人生は絶望の結末を迎えることになる。
だから僕は、片岡議員のこの過干渉とも言える親心に、即座に反論することが出来なかった。
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サブタイトル元ネタはSAKANAMONの『カタハマリズム』だったりします
カッコいいのでそちらもぜひ聴いてみてください