第17話 ヤンキーガール
「やっぱり僕が思った通り、理沙ってめちゃくちゃベースが上手いよね」
あの日の屋上でのセッションから何日か経った。僕らは軽音楽部の部室で、理沙をベーシストに迎えて何度も演奏を重ねている。
さすが毎日ひとりで基礎練習のようにベースを弾き倒しているだけあって、理沙の腕前というのは相当なものだ。1周目で色々なプレイヤーを見てきた僕ですら、彼女は高校生レベルのそれを超えていると思う。
「……お世辞はよしてくれ。これぐらい、軽音楽部の中にはごまんといるだろ」
「そんなことないよ。ねえ奈良原さん?」
時雨に話しかけると、彼女は何も言わず首をコクリを縦に振った。理沙の腕前に関しては時雨も文句なしといったところだ。
「それにしたって、こんなに上手いんなら軽音楽部に入ればいいのに。どうして理沙はずっとひとりなんだよ?」
僕は素直に感じた疑問をぶつけてみた。確かに時雨ほどではないけど、理沙にも近づきがたい雰囲気がある。
それでも音楽は好きだし、会話が出来ないような相手ではないので、話が合う人間だって数人くらいいていいはず。
「……私が入ったら、みんな嫌がるだろ」
「そんなことないよ?現に僕は嫌がってないじゃないか」
「それは……、お前らが私の……、いや、なんでもない。とにかく、そういうことなんだよ」
理沙は何か言いたげだったが言葉を飲み込んだ。
よほど言いたくない理由があるのだろうか。
「んなことはどうでもいい。ほら、次の曲を演ろう」
「それもそうだね、練習時間も限りあることだし」
とりあえず深く理由を詮索することはやめにした。
人間誰しも言いたくないことはある。僕だって『タイムリープしてきた』なんて絶対誰にも言えない。そもそも信じてもらえるかは別として。
部室が使える時間いっぱいまで楽器を鳴らし続けていると、外はもう暗くなってしまった。
そろそろ帰らなければ生徒指導の先生が見回りに来てしまう。
「すっかり遅くなっちゃったね、こんなに夢中でバンドやったの久しぶりだよ」
「……ああ、確かに楽しかったよ。ありがとな」
理沙はサラッと礼を言う。
やっぱりこの子は根が真面目なんだ。何らかの理由があって真面目な生徒を辞めたくなって、とにかくステレオタイプのヤンキーみたいな素振りをしているのだと思う。
あれだけスパスパと吸っていたタバコも、気がつけば全然手を付けることも無くなっていた。
まもなく最終下校時刻ですという校内放送が流れた。
先生に見つかって何か文句を言われる前に早いところ帰ろう。
僕ら3人は玄関で靴を履き替えると、何やら門の付近が物々しいことに気がついた。
遠くからでよく見えないが、見慣れない黒い高級車が止まっていることはなんとなくわかる。
「……ちっ、余計なことしやがって」
理沙はそれを見て悪態をついた。一体どうしたんだろう。
「……理沙?どうしたんだよ?」
「……いや、なんでもない。悪いけど私は先に帰らせてもらう」
「それは構わないけど……?」
「すまないな……。もしかしたらお前らとバンドが出来るのは、今日で最後かもしれない」
あまりに突然のことで僕はすぐに理解が出来なかった。
理沙はあんなに楽しそうにベースを弾いていたのに、どうしてそんなことになってしまうんだ?
理沙は僕らを振り切るように小走りで黒い車の方へ向かっていく。
もしかしなくとも、あの高級車は理沙を迎えに来たのだ。
「……ちょっと、おい!」
「申し訳ない、あまり詮索はしないでほしい」
去り際に理沙はそう言い残して車の中へ消えていった。
車が走り去る寸前、運転席の窓が開いて運転手が僕に向かって話しかけくる。
彼は高級感のあるスーツを身に纏っていて、身なりも整っているナイスミドルだ。とても社会的地位の高い人のように見える。
「今日理沙が遅くなったのは君たちのせいか……。悪いがもう、親として理沙にこんなお遊びみたいなバンドごっこを続けさせるわけにはいかない」
「えっ……?それはどういう……?」
「率直に言えば、金輪際理沙とバンドごっこなんてやらないで欲しい。この子には、他にやらなければいけないことが沢山ある」
運転手がそう言うと、僕が何か言う前に車は走り去って行った。
僕はただ立ち尽くしていたけど、その時の運転手の顔を見てピンと来た。
あの運転手は1周目のときテレビでよく見た顔だ。
有名人ではあるが、芸能人とかアスリートとかそういう類ではない。
僕の記憶が正しければ、その人はあと数年もすればこの県の知事になる人。
名前は片岡英嗣。もともと世襲で県議会議員になり、その後若さを武器に県知事選挙に出て対抗馬をぶっちぎり当選した。
……つまり、理沙は未来の県知事――今は県議会議員の娘ということになる。
僕の頭の中で何かが繋がった気がした。
理沙が『皆私のことを怖がるから』と言ったのは、自分の親が地元で絶大な権力を持つ政治家だからだろう。
他にも要因はあるかもだけど、人間関係を上手く構築出来ずにあんな感じで退廃的なグレ方をしてしまったに違いない。
あんなに楽しそうに、しかも並々ならぬテクニックでバンドを演る理沙。親の都合だけでもう手合わせすることも叶わないというのは、さすがに馬鹿げていないだろうか。
僕は、なんとかして理沙にまたベースを弾いて欲しい――そのために、何か出来ることはないかと頭を巡らせた。
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サブタイトル元ネタはコンテンポラリーな生活の『ヤンキーガール』だったりします
カッコいいのでそちらもぜひ聴いてみてください