第16話 Isolation
次の日の僕はカホンを持参して、屋上の給水タンク下にいる彼女のもとを訪ねた。やっぱり今日もベースを抱えてタバコを吹かし、空を見上げるように座り込んでいる。
僕は時雨にも協力してもらって、無理矢理こちらからセッションを仕掛けてやろうと考えた。言葉で説得が難しいのであれば、もう実力行使しかないだろう。
楽器を装備した僕らの装備を見るなり、彼女は「マジかよ」と小さく漏らした。
「誘っても来てくれなさそうだし、僕らが準備したほうが手っ取り早いかなと思ってね」
「……とんだお節介だな」
「いいじゃないか、どうせ暇つぶしなんだから」
こんな場所でセッションをしようだなんて普通の発想ではない。冗談だと思うのが普通である。それでも僕はどうしても彼女と一曲交えたかった。
「何の曲を演る?一応いくつかレパートリーは用意してきたけど」
「まるで私がセッションに参加するのが前提みたいな話し方だな」
「えっ……?ここまで来て演らないの?」
僕はお得意のすっとぼけた感じで、わざと驚いた真似をする。まず間違いなく最初は断られると思っているので、ちょっとおどけたふりをしたほうが険悪にならなくて済む。
「どこまで行っても演るもんかよ。私のことなんて放っておけと何回も言っているだろ」
やはり彼女はセッションを断った。テコでも動かないという感じだ。
仕方がないので僕は時雨と2人でいつものセッションを始めることにした。楽しげに演奏しているところを見せつけてやれば、嫌でも体が反応してしまうだろうという作戦である。彼女のバンドマンの性にかけるしかない。
時雨へアイコンタクトを送ると、彼女は2フレットにカポタストをつけたアコースティックギターを鳴らし始める。曲目はもちろん『時雨』だ。
もう何度も2人で演奏しただけあって、だいぶリズムの方のアレンジも固まってきた。レコーディングさえしてしまえは、すぐにでも公募なんかにデモテープを送り付けられるそんな状態。だからこそ、優秀そうなベーシストである彼女にはこの曲の良さに気がついて欲しいなと僕は思った。
時雨の歌い出しで一気にその場の空気が変わる。
それまで僕らのセッションに全く興味がなかった彼女ですら、時雨の歌声には反応せざるを得なかった。それぐらい異質で群を抜いているのだ。
それもそうだ。1周目では一世を風靡していた歌声なのだ。当たり前のように聴き入ってしまう。
ふと僕が気づくと、いつの間にか彼女はベースを手にして低音を刻み始めていた。エレキベースの生音は小さいが、確かに僕らの演奏に合わせるように弾いている。
これは作戦大成功というやつだ。やっぱり時雨の歌は凄い。
「……あれ?いつの間にかベース弾いてるじゃん。やっぱりセッションしたかったんじゃないか」
すかさず僕は彼女に茶々を入れる。
「ち、違う!これは……、その……、手グセみたいなもんで……」
彼女は恥ずかしくなってきたのか、だんだん語尾が弱くなる。言い訳もちょっと苦しまぎれで僕はニヤニヤが止まらない。
追い打ちをかけるなら今だ。
「まあでも楽しんでくれて良かったよ。もし良ければ、今日の放課後に軽音楽部の部室で練習時間を取ってるんだけど、来ない?」
「……行かないと言ったら?」
「そうだなあ、いっそ練習拠点を屋上にしようかな。そうしたら君もわざわざ出向かなくていいだろう?」
それはつまり、毎日こんな感じで彼女に見せつけるようなセッションが行われることだ。無視したいけど無視できない、気になり続ける状態が続くのであれば、彼女としても落ち着けなくなる。
自分で言うのもなんだけど、こういうときに限って持ち前のしつこさが存分に発揮されるのはなんなんだろう。
1周目のあのときは何もできずにバンドをクビになっただけに、惜しいとしか言いようがない。
「……わかったよ!行きゃいいんだろ行きゃ!」
「おおっ、来てくれるの!?それはとても助かるよ!」
これまたわざとらしく僕は喜ぶ素振りを見せる。いや、実際のところ嬉しいのだけど、大げさに喜んだほうが彼女の気持ちにより訴えられるかなと思ったのだ。
「……何が『助かるよ!』だよ。行かなかったら私の安息の場所がなくなるから仕方なくってことだからな!」
「ごめんごめん、別に君の居場所を奪おうって気はさらさら無いから安心してよ」
「……ったく、変な奴に捕まってしまったな」
彼女は肩をすくめた。それでも僕らに嫌悪というものを向けているようには見えない。
音楽を演ること自体は純粋に好きなのだろう。おそらくはそれを許さない何かしらの事情があるはず。
何も好きでヤンキーっぽく振る舞い、こんな屋上の片隅で佇んでいるわけではないと僕は踏んでいる。
何回か一緒に演奏したらそういう裏の部分も見えてくるのではないかと、僕は大した根拠もなくそう考えていた。
往々にして言葉よりも楽器のほうが感情を表現しやすいのだ。彼女の本心みたいなものがちょっとでも見えることを期待したい。
「そういえばまだ名乗ってなかったね。僕は芝草融、こっちのギターの子は奈良原時雨さん」
「……片岡理沙。片岡とは呼ばないでくれ、苗字で呼ばれるのは好きじゃない」
「じゃあ理沙、今日の放課後、軽音楽部の部室で待ってるから」
理沙は、何も言わずバツが悪そうに僕から視線をそらした。
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サブタイトル元ネタはNothing's curved in stoneの『Isolation』だったりします
カッコいいのでそちらもぜひ聴いてみてください