第15話 アナーキー・イン・ザ・ハイスクール
僕は一瞬身構えた。
目の前で地べたに座ってタバコを吹かしていたのはまさかの女子生徒。しかも、何故かベースを携えている。
ショートヘアで金髪。ピアスも開けているし、制服は着崩していていかにもヤンキーという感じだ。
でもなぜか彼女には不思議と気品高い雰囲気があった。言ってみれば、優等生がわざとヤンキーの真似をしているような感じ。どこか整っていて綺麗なのだ。
切れ長の目が凛々しくて、全体的に細くてスラッとしたシルエットは女子でありながら王子様を彷彿させる。
制服のリボンの色から察するに、僕らと同じ一年生だろう。
「あっ……、いや、なんでベース弾きながらタバコ吸ってんのかなーって」
さっきまでの僕の勢いはすっかりどこかに行ってしまった。ビシッと言ってやろうと思ったくせに、急に口調が弱々しくなるのは自分でも情けない。
「……別に、そんなの私の勝手だろ」
「確かに勝手だけど……、流石にタバコはまずいよ。見つかったら停学だよ?」
「構わないさ。いずれ学校なんて辞めることになるんだ、タバコぐらいどうでもいい」
彼女は学校を辞める前提で話してくる。すっかり退廃的になっていて、自分の事などもうどうでもいいという感じ。タバコをやめるように言っても、もちろん聞く耳を持たない。
青春を棒に振っている、という表現そのものの事が、まさに行われている最中だった。
そういえば1周目の時、喫煙が見つかって停学になった同級生女子の話を思い出した。
周りに馴染めず、タバコは吸うわ夜な夜な街へ出ては深夜までほっつき歩いているわと超問題児だったと聞いている。
面識は無かったので、その女子生徒が彼女かどうかはわからないけど、そうである可能性はかなり高い。
僕としては彼女が停学になろうが学校を辞めようが、それはそれで時雨との幸せな空間を保持できるのでどうでもいい。
でも、1つだけどうしても訊かずにはいられないことがあった。
「ちなみになんだけど、そのベースは何?」
僕は彼女が担いでいるフェンダー・プレシジョンベースを指差して言う。
セックス・ピストルズのシド・ヴィシャスや、ラモーンズのディーディー・ラモーンが使用していたような、白地のボディに黒のピックガード。それを持つだけでパンクロッカーであるということを示す、まさに名刺のような一本だ。
「これか?これはただの暇つぶしだ」
「暇つぶし……?」
「空を見てタバコを吸ってるだけだと暇だからな。これで所在がないのを埋めている」
音楽をイヤホンで聴きながら、それに合わせてベースを鳴らしていると彼女は言う。
それにしたってなんでベースなんだろうか。ギターのほうがひとりで演奏するならできる事のバリエーションが多いだろうに。
さすがにそんな野暮な事は訊かなかった。
こんな屋上の片隅で孤独に過ごしている彼女の最後の拠り所がそれなのだと思うと、そこまで深く探りを入れたくはない。
むしろこれはチャンスなのではないかと僕は思った。
今、時雨と組んでいるバンドに欲しいものは『腕のあるベーシスト』だ。もしも、彼女にその気があるのであれば、バンドに引き入れるということも悪い選択ではない。
「じゃあ気が向いたらなんだけどさ、放課後にセッションしない?僕、軽音楽部でバンドをやっているんだけど、丁度ベーシストがいなくてさ」
「……断る」
あっさりと突き放された。そりゃ、僕だってすんなり上手く事が運ぶとは思ってない。
そんなことは時雨の時に既に経験済だ。こういうときはねちっこくいくに限る。
「ああ、もしかして放課後忙しい系?それなら別に今日じゃなくっても――」
「今日だろうが明日だろうが断る。……お前、私みたいなのとつるみたがるとか頭おかしいだろ」
僕のセリフにかぶせるように彼女は言う。
普通の不良だったら僕を威圧してくるだろうけど、彼女はそうじゃない。自分の事をまるで貧乏神みたいな風に扱っている。
何かしら自分自身を肯定できない問題を、彼女は抱えているのかもしれない。
「なんでだよ、ベーシストが足りないんだからベース弾いてるやつに絡みにいくのは当然だろ?」
「……そういう意味じゃない。全く、お前とは会話にならないな」
同じようなことを時雨にも言われたなあなんて、僕はぼんやり思い出す。
押してだめなら引いてみろとは言うけど、彼女の場合は引いてしまったらだめだろう。
なんとしても彼女のベースを僕は一度聴いてみたい。せっかく僕の前に現れたのだから、仲間に取り込めたほうがいいに決まってる。
それで彼女の退学するという運命を避けられたら最高だ。
タイムリーパーとぼっち少女と不良生徒、そんな3人のバンドを組めたら、とてもエモくて青春映画みたいじゃないか。青春のやり直しがテーマであるならば、その辺のベーシストより彼女のほうが断然適任だ。これ以上ない。
「仕方がないなあ……。じゃあ、また明日出直すことにするよ」
「来なくていい。私に関わるとろくなことがない」
「それがろくなことかどうか判断するためにも、また明日来ることにするよ」
彼女は僕の言葉に呆れたのか、最後は返答すらしなかった。
「あっ、でもタバコだけは本気でやめたほうがいいよ。今420円だけどこれから500円超えるから」
余計な未来の情報を付け加えておいたけど、すぐにはやめてくれなさそうだ。
昼飯の続きをと思って時雨のもとへと戻ると、彼女は「遅い」とだけ言ってちょっとムッとした表情を浮かべた。
僕が戻って来るのを律儀に待っていたらしい。かわいらしいじゃないか。
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サブタイトル元ネタはセックス・ピストルズの『アナーキー・イン・ザ・UK』だったりします
カッコいいのでそちらもぜひ聴いてみてください