第14話 キャスターマイルド
ある日の昼休みのこと。
「おい芝草、お客さんだぞ」
4時間目を睡眠学習していた僕は、野口のその呼びかけて起こされた。
せめて女子に起こしてもらえたら寝覚めも良くなるのだけど、野口が隣の席だから仕方がない。
「……お客さん?一体誰だよ」
「知らないけど、なんかきれいな子」
「きれいな子……?」
そんな子に心当たりがないかといえばそうでもない。むしろ間違いなくこいつだろうという確証がある。
でも、わざわざここに来るなんてどういう風の吹き回しなんだろうと少し困惑した。
「……芝草くん、ちょっと来て」
やっぱり僕の目の前に現れたのは時雨だった。理由はわからないが僕をどこかへ連れ出したいようだ。
クラスのみんなは見慣れないきれいな女子が、冴えない僕を訪ねて来たということでざわざわしている。
本当なら教室で静かに昼飯を食べる予定だったけど、教室がこんな雰囲気になってしまったので外に出たほうがいいだろう。
「わかったわかった、今行くから」
それだけ言うと、僕は出しかけていた弁当箱を持って、時雨に連れられるように教室を出た。
「一体どこに行くのさ」
「いいからついて来て」
「僕、お昼ごはんを食べたいんだけど」
「……ついた先で食べればいい。私も一緒に食べるから」
……要するに僕と一緒にお昼ごはんを食べようってことか。
シャイな時雨らしい連れ出し方だとは思うけど、余計に目立つような気がしないでもない。
それにしてもどこに連れて行くんだ?まさかぼっちらしく便所飯とか言わないよな?
時雨は黙々と僕をどこかへ連れて行こうと先導する。いくつか階段を登った後、彼女は鉄の扉を開けた。
「……ここ」
「ここって屋上じゃないか。勝手に入っていいのか?」
「大丈夫。私はいつもここに来ているけど、誰からも文句を言われたことない」
1周目のときも立ち入ったことのないそこは、学校の屋上だった。
意外にもセキュリティはガバガバで、行く気になればすぐに行ける。今日みたいに天気がいい日はさぞかし気持ちがいいだろう。
「……お昼、一緒に食べよ」
「最初からそう言ってくれればいいのに」
若干羞恥を含んだような時雨の表情は、それだけでご飯が食べられそうだった。
役得だ、あまりにも役得すぎる。奈良原時雨独占禁止法があったなら僕は即刻有罪だろう。
適当な場所に陣取った僕は弁当箱を開ける。中身はいつもの通り、三島のゆかりとニッスイ冷凍食品の超重量打線だ。
一方、時雨のお弁当箱の中身はサンドイッチだった。卵とかツナとか、オーソドックスなものがたくさん入っている。
「それ、奈良原さんが作ってるの?」
時雨はコクリと首を縦に降る。
「……作っちゃダメ?」
「いやいやそんなこと言ってない、お弁当作るなんて偉いなって」
「ほんと……?」
「ほんとほんと。僕なんか見てよほら、母の愛情がたくさん詰まった冷凍食品弁当だよ?」
時雨は僕の弁当箱を覗き込む。しばらく見つめた後、ちょっと安堵のため息をついた。
その不思議なリアクションはまるで、テレビで特集されるかわいい生き物だ。
……なんだこの幸せな空間は。
1周目の僕は女子とお昼ごはんを共にすることが皆無だったおかげで、余計に嬉しくて仕方がない。
冷凍食品のお弁当がこんなに美味しく感じたのは初めてだ。
……いや、ニッスイの冷凍食品はもともと美味しいけどね!
「それにしてもここ、すごくいい場所だね」
「だよね、私のお気に入り」
「もしかして……、ここで授業サボったりしてる?」
「……よく聞こえなかった」
カマをかけてみたらやっぱり図星だった。それもそうか。
僕とバンドは組んだものの、時雨はまだまだ学校には馴染みきってはいない。こういう逃げ場所の存在は大事だ。
1周目での逃げ道を無くしてしまう時雨の未来を知っているだけに、なおさらそう思う。
そんな逃げ場所に僕を連れ込んでくれるということは、時雨なりに心を開いてくれているということだろうか。
お弁当を食べ終わった。屋上を吹き抜ける爽やかな風のおかげでとても気持ちがいい。
リラックスしようと僕は深呼吸すると、ある違和感に気がついた。
「……なんか、タバコのニオイがしない?僕の気のせいかな?」
「それは多分、あの貯水タンクの下にいる人のせい」
時雨は向こうにある貯水タンクを指差す。そのタンクの載った門型の足元には、確かに誰かがいるようにも見える。
「え?もしかして僕らの他に誰かいるのか?」
「いる。あの人、多分私よりもここに入り浸ってる」
まさか時雨よりぼっち生活を極めている人間がこの学校にいるなんて思わなかった。
それにしたってタバコを吹かしているのは高校生としてよろしくない。大人(精神的に)として、ここはビシッと喫煙を辞めるよう注意しなければ。
僕は立ち上がって恐る恐る貯水タンクの方へ近づいた。タバコを吸っているぐらいの奴だ、そこにいるのは不良生徒で間違いない。
逆上して殴られる可能性もあるけど、もし殴られたら殴られたでそいつは停学になるだろう。だから、僕と時雨の幸せ空間を確保するためには立ち向かうのが正解だ。
「おいそこのお前、タバコなんて吸うんじゃないよ」
まるで不意打ちのように貯水タンクの物陰に隠れる生徒へ注意をした。
「……なんだお前?やんのか?」
そこに居たのはやっぱり絵に書いたような不良生徒だった。
独特のバニラの香りがする煙をふかしていて、髪の毛はわかりやすいぐらい金髪に染まっている。
喧嘩っ早そうで、今にも拳が飛んで来そうだ。
でも僕は、その生徒の身なりに意表を突かれた。
なぜかって?
それは、その生徒が女子の制服を着ていたから。
そして、彼女はなぜか、エレキベースを携えていたから。
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サブタイトル元ネタはタバコの銘柄です
今はウィンストンって呼ばれてますね
タバコは二十歳になってから