第13話 キャッチーを科学する
新入生歓迎会の翌週。僕は軽音楽部の部室でドラムスローンに座ってスティックを握って手首をぐるぐると回していた。ドラムを叩く前の準備運動だ。これは絶対に欠かせないルーティン。
僕の目線の先では奈良原時雨がギターのセットアップをしている。
家にあったから持ってきたというサンバーストカラーのフェンダー・ジャズマスターを担ぎ、ギターアンプにシールドを接続してはつまみを弄って四苦八苦していた。彼女はメカが苦手なのだろう、なかなか狙った音が出てこないみたいだ。
普段から時雨は表情のバリエーションが少ないが、この困り顔の彼女はなかなか悪くない。ずっと見ていられる。こんな綺麗な子と一緒の空間に居られるなんて、タイムリープ万歳としか言えない。
「……ねえ、ぼーっとこっちを見てないでなんとかしてくれない?」
「えっ……、あ、はいはい……」
思わず見とれていたよ、とは流石に自分がキモすぎて言えなかった。
お分かりのとおり、晴れてというか強引にというか、僕は奈良原時雨とバンドを組むことになった。
とりあえずはギターボーカルの時雨とドラムの僕という2人編成。デビューを目指すでもなく、モテるためでもない。青春をやり直すことが目的のバンドだ。楽しくやっていきたいと思う。
欲を言えばベース担当がいるともっと盛り上がるとは思うのだけど、いかんせんメンバーが見つからない。
原因は、先日の歓迎会で陽介の誘いを断ったことに始まる。
カースト上位で軽音楽部のエースとも言える彼の反感を買ったわけだ。彼を慕う連中からは当然のように嫌われる。
まあ、もともと僕は陽介と仲良くなるつもりがなかったから問題はない。時雨はそもそもぼっちなので全く影響がない。
気長に構えていれば、ベーシストの一人ぐらい見つかるだろう。
時雨に呼ばれた僕は、ギターアンプの前に立ってつまみをいじり始める。
「えーっと、確かトレブルとミドルは12時にして……、ゲインで歪みの量を……」
「芝草くん、ドラマーなのにギターのことよく知ってるね」
そりゃあキャリアが君より10年違うからな。とは言わない。
「ま、まあそれなりに勉強したからね。人生勉強の連続だよ」
「……なんかおじさんみたいな言い草だね。本当に高1?」
「こ、高1だよ。間違いなく奈良原さんと同い年だよ」
実質26歳の僕に『おじさん』はかなりダメージのでかい言葉だ。時雨に悪気はないのだろうけど、ちょっと今の僕にそんなことを言うのはやめてくれ。
ギターのセッティングが終わると、時雨は手癖でコードをジャランと鳴らす。ジャズマスターのフロントピックアップから出る音は、丸っこいようでトゲがある、独特のトーン。これがまたたまらない。
『ジャズ』と銘打っている割にジャズギタリストにはあまり好まれず、どちらかと言うとオルタナティブロックでの使用者が多い。僕がもしギタリストだったら間違いなくこいつを手に取っているだろう。それぐらい僕はこのギターが好きだ。
奈良原家の誰かが買ったおかげで今時雨が手にしているのだろうが、とても彼女に似合っていてナイスである。感謝状を差し上げたい。
「……ありがとう」
「どういたしまして。それじゃあ、適当に音出しを始めよっか」
「うん」
ああ、時雨のこの、はにかみそうではにかんでいない、少しはにかんだ絶妙な表情も最高だ。まぶたの裏に永久保存したい。
表面に現れていそうではっきりとは現れない時雨特有の感情表現は、僕の男心をくすぐってくる。多分、精神的に10年長く生きているせいで、余計に不器用な女の子というのがツボにハマっているのだと思う。
さらに嬉しいことに、歓迎会のあとから時雨はちょっとだけ喋るようになった気がする。今みたいに『ありがとう』と言うようになったし、『おはよう』とか『またね』とかそういう挨拶を普通に交わせるようになった。
僕の思い上がりかもしれないけど、時雨が少し心を開いてくれたようであればそれはそれは喜ばしい。
僕はドラムスローンに座り直してタカタカとスネアを叩く。昨晩自宅で念入りに調整したので、ヘッドの張り具合なんかは最高だ。
時雨はカポを2フレットにつけると、いつものあの曲――『時雨』を鳴らし始めた。
アコースティックギターの時と違って、ジャズマスターの音色にはパワーがある。極力歌を活かすようなアレンジを心がけて、僕はハイハットを刻み、バスドラムのキックを踏んだ。
楽器が変わると曲が見せる表情というものも変わる。
時雨というものは本来、晩秋に時折降る小雨のことを指すけれども、今この曲はどちらかというと真夏のスコールのようだ。音の雨がざあざあと降っている。
僕はドラムを叩きながら、この子の持つ才能というのものに改めて感心していた。
アコースティックであれだけの歌を歌う彼女は、こんな中途半端なバンド編成になってもその良さを失わない。むしろ、増幅するようにも感じるのだ。
奈良原時雨のファンである僕は期待せざるを得ない。
ここに腕のあるベーシストが加わった時、このバンドがさらにどんな変化を起こすのかということに。
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サブタイトル元ネタはアルカラの『キャッチーを科学する』だったりします
カッコいいのでそちらもぜひ聴いてみてください