第12話 ヒラヒラヒラク秘密ノ扉
◇奈良原時雨視点
週末金曜日の多目的室は、軽音楽部の新入生で溢れていた。
私はといえば、そんな和気あいあいとした雰囲気に馴染めず、部屋の端っこでひとりモンブランを食べている。
「やあ奈良原さん、来てくれたんだね」
「……お、お菓子に釣られただけだから」
放っておいてくれればいいのに、やっぱり芝草くんは私に声をかけてくる。
本当はもう少しだけ彼と話をしてみたいとは思うのだけれども、素直に言葉にすることが出来ない。
「どう?誰かと仲良くなった?」
「……別に。友達が欲しいわけじゃないし」
「だろうと思った」
私は芝草くんとは違う。
どうせ彼みたいなドラマーはすぐに仲間が出来て、バンドのひとつやふたつ、あっという間に組んでしまう。
こんなところで私と話して油を売る必要なんてないのだ。
「……私に構ってるヒマがあるんなら、その時間で芝草くんこそ友達を沢山作ればいい」
こういう捻くれた気持ちだけはすぐに言葉に出てくる。
そういうことを言うたび、人間として性根が曲がっているなと思い知らされて嫌になる。
「もう、そんなに拗ねたら美人が台無しだよ? 大丈夫大丈夫、奈良原さんならすぐにみんなに囲まれるようになるさ」
お世辞にしては下手くそすぎる。どうしてこう、彼は私がドギマギするような言い方をするのだろう。
「……やっぱり芝草くんには言葉が通じない」
「そう?日本語には自信あるほうなんだけど」
「そういう意味じゃない。……もういい、これ食べたら私は帰るから」
駄目だ駄目だ、芝草くんのノリに付き合ってしまったら、調子に乗ってしまいそうで怖い。
私はすみっこでコソコソやっているぐらいが丁度いいんだ。
そうやって芝草くんの話を流していると、彼は他の男子生徒から声をかけられた。
「なあそこの……、芝草っていったか?」
「ん?僕のこと?」
芝草くんに声をかけたのは、なんだか私とは正反対の世界に住んでいそうな人だった。確か、岩本くんって言っていたっけ。
顔が良くて、背が高くて、多分楽器も歌も上手いんだろう。その証拠に、自然と取り巻きのような人たちがすでに寄り付いている。
間違いない。彼は芝草くんをバンドに誘っているのだろう。
ドラマーは引っ張りだこだというから、さっさとこの人のバンドに加入してしまえばいいんだ。
「ウチのバンドに入って欲しいんだ。やっぱりドラム担当って少なくてさ」
「あーごめん、生憎先客がもういるんだよね」
私はこのとき改めて芝草くんがバカなのかと思った。
間違いなく『先客』というのは私のことだ。こんな私のために、岩本くんのバンドを断るのは流石に損得計算が出来ていない。
「なら掛け持ちでもいいから、俺とバンドを組んでくれ」
岩本くんは引き下がらない。
俺と組めば将来は保証してやると言いたげに、彼は芝草くんに加入を迫ってくる。
「悪いけど他を当たってくれよ。僕はその先客以外とやる気は無いんだ」
その時の芝草くんの顔は、何故か清々しくて気分が良さそうだった。
岩本くんに恨みでもあるのかと思ったけど、この二人は初対面のはずだからそれはない。
そんな芝草くんの表情に苛立ったのか、取り巻きのひとりが言いがかりをつける。
「お前、それ本気で言ってんのか?陽介のやつ、自分の歌をネットに上げてて超ヒットしてるんだぞ?こんな大物とバンドを組めるチャンスなんて二度とないかもなんだからな!」
「それは凄いね。将来有名バンドになること間違いなしだ」
「だろ?だからお前も陽介っていう勝馬に乗ったほうが絶対良いに決まっている」
わかりやすい勝馬だ。こんなものに乗らないほうがおかしい。
もし私が芝草くんの立場なら、悩む余地もなく彼らとバンドを組むだろう。
でも芝草くんはそうしない。それどころか、近くに立っていた私の肩をとって引き寄せるのだ。
「でもごめんよ、僕はそんな勝馬に乗るよりもっといい相棒を見つけたから。――ねえ、奈良原さん?」
ドキッとした。
あまりに突然だったので、久しぶりに驚いた顔をしてしまったかもしれない。
「ちょっ……、ちょっと芝草くん……?」
「僕、この子としかバンドを組む気ないから。そこんとこよろしく。……それじゃ行こうか、奈良原さん」
そう芝草くんが言うと、私の手を取って部屋の外へ連れ出された。
取り残された岩本くんたちは、豆鉄砲を食らったという表現が相応しいくらいキョトンとしていたと思う。
どうして……、芝草くんは彼らとバンドを組まないの?
「ちょ……、ちょっと芝草くん、どこに行くの?」
芝草くんに手を引かれている。なんだかんだでついていってしまっていた。
確かにあの空間にいるよりはマシだとは思う。でも、それ以上になにかに期待してしまっている自分がいた。
「うーん、とりあえず商店街に行こっか。セッションの続きをやろうよ」
「ほ、本当に私とバンドをやるつもりなの……?あんな誘いを断っても良かったの?」
「最初からそう言ってるじゃん。僕、もう奈良原さん以外とバンドをやるイメージが湧かないんだよね」
芝草くんはとびきりの笑顔で私の方を向いた。
そんなのずるすぎる。
何が彼をそこまでさせるのかわからないけど、私は彼のその言葉でついに満たされて溢れそうになっていた。
「だからさ、僕と一緒に青春をやり直さないかい?」
心の扉が少し開いた音がした。
その音を彼に聞かせるのは恥ずかしかったので、私は一言だけ呟いた。
「……意味分かんない」
彼と一緒なら、もしかしたら、私は今度こそ変われるのかもしれない。
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サブタイトル元ネタはチャットモンチーの『ヒラヒラヒラク秘密ノ扉』だったりします
カッコいいのでそちらもぜひ聴いてみてください