第11話 言葉にならない
◇奈良原時雨視点
軽音楽部の部室で出会った彼――芝草くんとは、もう二度と会うことなどないと思っていた。
あれほど明るい人だし、すぐに私のことなど忘れて他の人とバンドを組んでしまうのだろう。
そうしてくれた方が、彼のためでもある。
でもその思いとは裏腹に、芝草くんはまた私の目の前に現れた。
「いい曲だね」
いつも歌っている寂れた商店街の端っこ。
私が一曲歌い終えると、彼は率直にそう言う。
本当に、なんで私なんかの前に現れるのか意味がわからない。
「……何しに来たの?」
「ちょっとたまたま通りかかったら素敵な歌が聴こえてきたから」
すごく白々しい。多分たまたま通りかかったなんて嘘だ。
どこからか情報収集をして、私がここにいることを突き止めたのだと思う。
芝草くんはもう、私のちょっとしたストーカーといってもいいかもしれない。
「用がないなら帰って」
「頑固だなあ……、歌を聴きに来ただけなのに」
「私の歌を聴きたがる人なんか……、誰もいない」
「いるじゃん、ここに」
芝草くんは自分自身を指差した。
彼が私の歌を聴きたがる理由は一体何なのだろう。
今までもこの歌のせいで人を傷つけたり、和を乱したりしてきた。
どう考えたって人に受け入れられるようなものではないのに、どうして。
「……本気で言ってるの?それ」
「もちろん。僕はいつでも本気だよ」
彼は屈託のない笑顔を浮かべてそう言う。
そこまで自分の歌声を他人から求められたことのなかった私は、どういう顔をしたらいいのか整理ができなかった。
でも不思議と、彼にそう言われて嫌な気持ちにはならなかった。
少なくとも芝草くんは、私の歌声に関して一切の否定をしてこないからだろうか。
いや違う。
私、本当は自分の歌を聴いて欲しいんだ。
でも、否定される恐怖から自分を守ろうとする力が強すぎて、こんな悪態を彼についている。私は最低だ。
それに気がついたことを彼に悟られたくなかった私は、ギターを片付けて帰り支度を始める。
「今日はもう遅いから終わり。また……」
驚くほど自然に「また」と言ってしまった。そんなことを言えば、芝草くんは絶対に来る。
もう私のことなど放っておいて欲しいのに、どこか心の奥でまた来てほしいと思ってしまっているのだ。
「また……?」
「……なっ、なんでもないっ!とにかく私は帰る!」
私は恥ずかしさのあまり、逃げるようにそこから立ち去ってしまった。
◆
次に芝草くんが現れたとき、彼はカホンを背負っていた。
どうやら私の歌を聴きたいだけでなく、自らもセッションに加わりたいのだと。
断っても諦めはしないだろうから、私は勝手にすればいいとだけ言う。
本当は喜ぶべきなのに、一緒に演奏することで彼に幻滅されたらどうしようとか、嫌な気持ちにしてしまったらどうしようとか、そんなことが矢継ぎ早に頭の中に浮かんだ。
まるで上手く行かなかったときの保険をかけるかのように、こういう突き放す言い方しか出来ない自分が嫌になる。
とにかく今は歌うことだけに集中しよう。
そうすれば嫌な気持ちも忘れられるし、何曲か歌えば芝草くんも満足して帰っていくだろう。
私はタイトルすらつけていない自分の持ち歌を歌い始める。
それにつられて、芝草くんもカホンを叩き始めた。
不思議なことに、ほとんど聴いたことないはずの私の曲に、芝草くんは完璧についてくる。
それも、自らが出しゃばることなどなく、私の歌を尊重するような叩き方だった。
歌っていてこんなに気持ちがいいのは生まれて初めてだったと思う。
誰かが自分の歌を支えていてくれるというだけで、こんなにも音楽は楽しくなるのだということを、芝草くんは私に身をもって教えてくれるのだ。
「なんだか今のすごくいい感じじゃなかった?……ねえ、早く次の曲やろうよ」
テンションが上がって興奮気味な芝草くんは、早く次の曲に行きたくてしょうがない感じだった。
私もそう思っている。けれども、心の中にはまだ素直になれない自分がいて、逃げに走ってしまう。
こんなに楽しい音楽を知ってしまったら、もう自分は後戻りできなくなるのではないかと、そんな恐怖感があったのだ。
「……やっぱり今日は帰る」
我ながら酷いことをしていると思った。こんなに寄り添ってくれる芝草くんの気持ちを踏みにじって逃げようとしているのだ。
いくら彼でももう次はないなと覚悟した。
もっと素直になっていれば、心から音楽を楽しむことができたはずなのに。私という人間は、どうしてこうも愚かなのだろうか。
「わかったよ。じゃあ、また今週末の金曜日、軽音楽部の新入生歓迎会で会おう」
芝草くんから返ってきたのは、意外な言葉だった。
これほど私は突き放してしまっているというのに、彼はまだ私のことを考えているのだ。
聞けばお菓子とかケーキが沢山出てくるのだとか。
とても卑怯かもしれないけど、私は好物のモンブランが目的だということにして、もう一度だけ彼に会ってみたいと思ってしまった。
これで最後にしよう。私に何も魅力的なところなど無いとわかってくれれば、彼は自然に興味をなくしてくれるに違いない。
そのほうが、二人にとって幸せであるはずなんだから。
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サブタイトル元ネタはグッドモーニングアメリカの『言葉にならない』だったりします
カッコいいのでそちらもぜひ聴いてみてください